言葉の壁を超えて 〜元外交官の異世界言語革命〜

焼肴のどみ

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第1章 - 新たな発見

「言葉の架け橋」

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リーシェとの交流を深め、少しずつ言葉の壁を乗り越えつつあった陸だが、異世界の言語は単なる単語の置き換えではなく、文化や価値観そのものに根ざしたものだと痛感する出来事が起こった。

「陸、これはどういう意味?」リーシェが指差したのは、陸が覚えた単語を並べて書いたメモだった。彼女は真剣な顔で紙を見つめている。陸は彼女の視線を追いながら、言葉を選ぶように口を開いた。

「これは…『約束』って意味に近い。でも、完全に同じではないかもしれない。」陸は慎重に説明した。日本語の「約束」と、この異世界の「リファーナ」は、似ているようで微妙に異なる意味を持つ。

リーシェはしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。「陸の世界では、約束を破るとどうなるの?」

「うーん、場合によるけど、信用を失うことが多いかな。」陸はそう答えながら、この世界での「リファーナ」という概念が単なる契約ではなく、より神聖な意味を持っていることを思い出した。

リーシェは目を伏せ、少し困ったような表情を浮かべた。「この国では、『リファーナ』を破ることは、神の祝福を失うことを意味するの。」

陸は驚いた。約束を守ることが社会的信用だけでなく、宗教的な意味でも重要な価値を持つのか。

「…そうだったんだ。」

「だから、私は陸に聞きたかったの。陸の世界では、約束はどこまで守られるものなのか。」

陸は言葉に詰まった。日本では約束を守ることは大切だが、それを破ったからといって神の罰が下るわけではない。しかし、この世界では違う。

「俺は、できる限り約束を守るよ。だけど…もしどうしても守れない状況になったら、その時は謝るしかない。」

リーシェはしばらく沈黙した後、微笑んだ。「それなら、陸との『リファーナ』は信じてもいいのね?」

「もちろん。」

リーシェは満足そうに頷いた。そして、陸の手をそっと握った。「なら、これからも教えてね。陸の言葉も、考え方も、もっと知りたいから。」

陸はその手の温かさを感じながら、言葉の壁を乗り越えることが単なる翻訳ではなく、価値観の共有なのだと改めて実感した。この世界の言葉を知ることで、彼はこの世界そのものを知っていくのだ。

その時、扉の向こうからノックの音がした。

「失礼します。」低い声とともに部屋に入ってきたのは、貴族の衣装を身にまとった男性だった。

リーシェは驚きながら立ち上がる。「どうされましたか、ユリウス殿?」

「陸殿にお話があります。」

陸は戸惑いながらも、しっかりとユリウスの目を見た。貴族である彼が、わざわざ自分に何の話をしに来たのか。

ユリウスは一歩前に出て、真剣な表情で陸を見つめた。「あなたの言語の知識が、国にとって重要な鍵となるかもしれません。」

陸は息をのんだ。言葉を学ぶことが、いつの間にか国を動かすものになっていたのかもしれない。

物語は新たな局面へと進み始めていた。

「近々、隣国との小規模な会合が予定されている。そこで君には、通訳としての役割を試してもらいたい」

陸は驚いて思わず聞き返した。「通訳…!? でも、僕はまだこの国の言葉も完璧じゃないし、隣国の言語なんて全く分かりませんよ!」

ユリウスは穏やかに微笑んだ。「だからこそ、まずは実践を経験してもらう。もちろん、最初から完璧を求めているわけではない。ただ、君の語学力がどこまで通用するかを知るためにも、実際の場に立ってみることが重要だ」

リーシェも心配そうな顔をした。「でも、いきなり外交の場に出すのは危険じゃありませんか?」

「正式な条約交渉ではなく、あくまで親善を目的とした会合だ。相手側も敵意を持っているわけではないし、万が一のときは我々がフォローする」

陸は不安を抱えながらも、同時に挑戦したいという気持ちもあった。確かに、学ぶだけでは実践の場で使えるかどうかは分からない。実際にやってみて、自分の力を試すことが大切なのかもしれない。

「分かりました。できる限りやってみます」

ユリウスは満足げに頷いた。「では、明日から君には集中して隣国の言語を学んでもらう。短期間ではあるが、実践に向けた特別な指導を行うつもりだ」

「短期間って…どれくらいですか?」

「一週間だ」

「一週間!? そんな短期間で新しい言語を覚えるなんて無理ですよ!」

ユリウスは苦笑しながら言った。「もちろん、完全に習得するのは不可能だ。しかし、基本的な単語や表現、そして相手の言葉を推測する力を鍛えることはできる。君にはその素質がある」

陸はため息をついた。「かなり無茶振りな気がしますけど…やるしかないですね」

リーシェが優しく微笑みながら言った。「私も手伝うわ。少しでも役に立てるように」

「ありがとう、リーシェ。それなら少しは心強いかも」

こうして、陸の初めての実践に向けた特訓が始まった。ユリウスが用意したのは、王国にいる隣国出身の商人や学者たちだった。彼らと会話しながら、実際の発音や表現を学んでいく。

最初は全く分からず、聞き取るだけでも一苦労だった。しかし、陸はこれまでの経験を活かし、必死に学び続けた。文法の違い、発音の特徴、簡単な会話のパターンを頭に叩き込み、少しずつ言葉のリズムを掴んでいった。

リーシェも一緒に勉強し、陸と共に実践練習を繰り返した。そのおかげで、陸は日に日に成長していった。

そして、一週間後──

ついに、隣国との会合の日がやってきた。

会場は王城の一室。大きなテーブルを挟んで、王国側と隣国側の代表者たちが向かい合う形で座っていた。

陸は緊張しながらも、ユリウスの隣に座った。王国側の代表は王の側近であるダリウス卿、そして隣国側の代表は貴族の一人らしい。

「では、始めよう」ユリウスが開会を告げた。

陸は深呼吸をし、初めての通訳の仕事に挑む準備を整えた。

陸は書類の山に囲まれながら、リーシェとともに机に向かっていた。異世界に来てからというもの、言語の違いに苦戦しながらも、少しずつ意思疎通ができるようになってきた。しかし、それはあくまで会話のレベルであり、正式な書類や契約書の翻訳となると、まだまだ課題が多かった。

「ここ、やっぱり意味が曖昧ね」リーシェが指差したのは、先日まとめた外交文書の一部だった。陸がこの国の言葉を習得してから、それを使って他国との交渉の準備を進めていたが、リーシェの指摘の通り、単語の微妙なニュアンスが誤解を生む可能性があった。

「うーん、確かに……ここは別の表現に変えたほうがいいな」陸はペンを取り、慎重に言葉を選びながら修正を加える。異世界の言語には日本語にはない概念が多く、それを正確に訳すのは容易ではなかった。それでも、リーシェの協力のおかげで、着実に改善が進んでいる。

「でも、すごいわね。陸がここまでこの国の言葉を理解できるようになるなんて」リーシェが感心したように言う。

「いや、まだまだだよ。言葉を知っているだけじゃダメで、文化の背景も理解しないと誤解を生む」陸は苦笑しながら答えた。

「ふふっ、それでも立派よ」リーシェが微笑むと、陸は少し照れくさくなった。

その時、部屋の扉がノックされ、文官の一人が入ってきた。「陸殿、国王陛下がお呼びです」

陸とリーシェは顔を見合わせた。「わかった、すぐ行く」

王宮の広間へ向かう途中、陸はこれまでの成果を思い返していた。異世界に来た当初は言葉も通じず、何もできなかったが、今では国王に直接呼ばれるほどの立場になった。それが誇らしくもあり、同時に大きな責任を感じる。

王宮に入ると、国王が玉座に座っていた。周囲には大臣や貴族たちが並んでおり、明らかに重要な話があることがわかる。

「陸、お前の働きには感謝している」国王は厳かな声で言った。「おかげで我々の外交交渉が円滑に進んでいる。しかし、さらに大きな問題が浮上した」

陸は緊張しながら続きを待った。

「隣国との条約締結にあたり、通訳を介さずに直接交渉を進めたいのだ。そのために、お前に正式な外交官としての役割を任せたい」

陸は驚いた。これまではあくまで補助的な立場だったが、今度は正式に外交官として認められるということか。

「光栄です、陛下」陸は深く頭を下げた。「ですが、そのためにはさらに言語を学び、文化も深く理解する必要があります」

国王はうなずいた。「その通りだ。そこで、お前には数ヶ月間、隣国で生活しながら学んでもらいたい」

陸は息をのんだ。異世界での生活にも慣れてきたが、さらに別の国で暮らすとなると、また一からの挑戦になる。しかし、それは同時に成長の機会でもある。

「承知しました。全力で務めさせていただきます」

国王は満足そうにうなずいた。「よい返事だ。準備が整い次第、出発してもらう」

陸が部屋を出ると、リーシェが心配そうな顔をしていた。「本当に行くの?」

「行くよ。これが俺のやるべきことだから」陸は笑ってみせた。「でも、しばらく会えなくなるな」

リーシェは少し寂しそうに俯いたが、すぐに顔を上げた。「大丈夫。私ももっと勉強して、陸が戻ってきたときに驚かせるくらい成長してみせるわ」

陸は彼女の言葉に励まされながら、新たな挑戦へと向かう決意を固めた。
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