言葉の壁を超えて 〜元外交官の異世界言語革命〜

焼肴のどみ

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異国の風

断絶された世界

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陸とグロムは静かになった路地を歩きながら、周囲の気配を探る。
「……追跡は振り切れたかもしれんが、油断はするな」
グロムが低く言い、警戒を解かない。
陸も頷きつつ、さっきの違和感を振り返る。言葉が一瞬通じなくなった感覚。そして、グロムが感じ取った妙な“臭い”。
(もしや、言語に何かしらの影響を及ぼす存在がいるのか?)
考えれば考えるほど、嫌な予感がする。言葉を学ぶことで人々と繋がることができるのがこの世界の魅力だった。だが、逆に言葉が分断されるようなことが起これば——。
「なあ、グロム」
「なんだ?」
「もしも、ある日突然、言葉が通じなくなったらどうする?」
グロムは怪訝そうに眉を寄せた。
「……それは、どういう意味だ?」
「例えば、今お前が話している言葉が、他の誰にも通じなくなるとしたら?」
「……」
グロムは少し考え込んだ。
「そりゃ、かなり面倒だな。まともな仕事もできんし、誰かに助けを求めることもできん」
「だよな……」
「だが、それが何の話につながる?」
陸は答えに詰まる。確証はないが、何かが起こりつつあるのは確かだ。しかし、今はまだその正体が見えない。
「……いや、ちょっと考えすぎかもしれない」
「お前がそこまで言うなら、何か気になることがあるんだろう?」
グロムは真剣な眼差しを向ける。
陸は微かに笑いながら首を振った。
「もし、俺が変なことを言い出したら、お前が止めてくれ」
「……それはお前次第だが、できる限りはな」
二人はふっと息をつくと、また歩き出した。
その背後、誰もいないはずの路地の奥で、微かなざわめきが広がっていた。まるで、言葉にならない声が風に溶けていくように——。

二人はしばらく無言のまま歩き続けた。通りに出ると、夜の市場がまだ賑わいを見せている。異種族の商人たちが並べる品々が、異国の香りを運んでくる。
「……腹、減ったな」
グロムがふと呟く。陸も確かに小腹が空いていた。
「じゃあ、何か買って食べるか」
二人は屋台を見て回る。異世界の屋台飯には、陸にも馴染み深いものから見たことのない料理まで揃っていた。
「お兄さん、旅の人かい?」
店の主人が声をかけてきた。陸は軽く頷き、簡単なあいさつを返す。
「だったら、こいつを試してみるといい。異国の言葉を話す奴らも、みんな気に入る味だ」
渡されたのは、香ばしく焼かれた平たいパンに、甘辛いソースを塗ったものだった。
「これは……?」
「《カリオ・ナム》っていうんだ。言葉は違えど、食えば通じる味さ」
店主はにやりと笑う。
陸は一口かじってみた。スパイスの香りが広がり、甘さと塩気が絶妙に絡み合う。
「うまい……」
「だろ? 言葉は違えど、旨いもんは旨いんだ」
グロムも隣で同じものを食べながら、ぼそりと呟いた。
「……言葉が通じなくなったらどうするかって話、お前がさっきしてただろう?」
「ああ」
「こういうもんを食いながら身振り手振りで通じるなら、まだマシかもしれねえな」
陸は苦笑しながら頷いた。
「それができる余裕があれば、な」
「まあな」
二人はしばし無言で食事を続ける。

しかし、その背後でふと、不自然な沈黙が生まれた。
市場の喧騒が、何かに遮られたように一瞬だけ途切れる。
「……?」
陸が顔を上げると、隣の屋台の客たちが困惑した表情で互いを見つめていた。
「……なにか、変じゃないか?」
グロムも警戒を強める。
「おい、あんた……何を言ってる?」
突然、誰かが怒ったような声を上げた。
「は? お前こそ、何を言ってるんだ?」
「いや、だから……」
男たちは戸惑った様子で顔を見合わせる。

(まさか……)
陸の脳裏に、さっきの違和感がよぎる。
——言葉が、一瞬通じなくなった?
「おい、グロム。聞こえてるか?」
「ああ……俺にはお前の言葉は普通に聞こえてるが……」
周囲を見渡せば、他の人々も同じように混乱している。
言葉が通じる者と、通じない者がいる。
「……まずいな」
グロムが低く呟いた。
「何かが起こっている」
陸の胸の奥に、じわりと不安が広がっていく。

市場の喧騒が、奇妙な静けさに包まれていく。

「おい、ふざけんなよ! さっきまで普通に話してたじゃねえか!」
「何言ってるかわからねえんだよ!」

怒号と戸惑いが入り混じり、次第に緊張が高まっていく。

「……まずいな」

グロムが警戒するように周囲を見渡す。陸も状況を整理しようとしたが、脳裏に浮かぶのは最悪の可能性だった。

(言葉が通じなくなる……まさか、ここから始まるのか?)

「おい、陸」

グロムが小さく呼びかけた。その視線の先には、異変に気づかず歩いてくる男がいた。

「おい、どうなってるんだ?」

男は市場の混乱を気にせず陸たちに話しかけてきた。

「……あんた、俺たちの言葉、わかるのか?」

陸が慎重に尋ねると、男は怪訝そうに眉をひそめた。

「なんだ? 当たり前だろ?」

「いや、さっきから言葉が通じなくなった奴らがいる。……お前は何もおかしいとは思わなかったのか?」

男は周囲を見回し、ようやく異変に気づいたようだった。

「……なんだこれは?」

彼の視線の先では、今まさに口論になりかけている者たちがいた。

「これ以上騒ぎになると、まずい」

陸はグロムと視線を交わし、すぐに行動を決めた。

「一度、情報を整理しよう。通じる言葉が変わっているかもしれない」

「具体的には?」

「俺たちの言葉を理解できる者と、できない者がいる。今はそれを確認するしかない」

二人は市場を歩きながら、言葉が通じる人間を探し、慎重に声をかけていく。しかし、状況は思っていたよりも深刻だった。

「おい、通じるか?」

「……は?」

「くそ……ダメか」

言葉が通じる者と通じない者が、まるで境界線を引かれたように分かれている。

(まるで、意図的に言語が断絶されたみたいだ……)
「おい、通じるか?」

「……は?」

「くそ……ダメか」

言葉が通じる者と通じない者が、まるで境界線を引かれたように分かれている。

(まるで、意図的に言語が断絶されたみたいだ……)

その時、ふと陸は周囲に耳をすませ、何か気配を感じた。だが、それはすぐに消えた。目の前の人々と声を交わしても、どこかしらぎこちなく、まるで壁にぶつかっているような感覚が漂っていた。

陸は深いため息をつきながら、隣のグロムに目を向けた。「これじゃ、何も進まないな。言葉が通じないのがこんなに厄介だとは思わなかった。」

グロムはうなずき、短く言った。「試してみるか?」

「試すって、どうやって?」

「単純だ。無理にでも意思を伝える方法を探す。言葉が使えないなら、他の手段で伝えるしかない。」

「……そうだな。」陸は少し考えてから、歩き出した。「まずは周りの状況を確認しよう。何か手がかりがあるはずだ。」

グロムは黙ってついていき、二人は一緒に街の中心部を歩きながら、周囲を観察し始めた。普段の風景と何かが違う気がして、陸の胸に不安が広がっていった。

(何かが、どこかで変わっている。)

彼の目には、いつもとは違う空気が漂っているように感じられた。人々の表情や言動が不自然に見える。言葉が通じないだけではなく、彼らの目にはどこか虚ろなものが映っているようだ。

「おい、グロム……なんか、変だ。」陸が声をかけると、グロムもすぐにその異変に気づいたようだった。

「……確かにな。」グロムは周囲を警戒しながら、ゆっくりと周囲を見渡す。「何かが起こっている。」

その瞬間、陸の足元に何かが触れた。振り返ると、足元には小さな紙が落ちていた。それは薄くて古びた紙で、手書きの文字が書かれていた。

陸はそれを拾い上げ、慎重に内容を確認した。そこに書かれていたのは、ただ一言。

「壁」

その一言に、陸は何かを感じ取った。

(これは、単なる偶然じゃない。誰かが……)

「グロム、こっちだ。」陸は紙を握りしめ、さらに進む決意を固めた。
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