言葉の壁を超えて 〜元外交官の異世界言語革命〜

焼肴のどみ

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影の囁き

王宮に潜む影

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坑道の奥から湧き上がる影の波に、陸たちは慎重に後退した。

「……戦うのは最終手段にしよう。敵の目的を探るのが先だ」

陸の言葉に、リリアナとユリウスも頷く。

影の中から現れたのは、黒いフードを深く被った男だった。彼の足元には影が蠢き、まるで意思を持っているかのように揺らめいている。

(シャドウワーカー……影を操る者たちの下っ端か)

陸は警戒を解かず、相手の出方を伺った。

「……お前たち、ここで何をしている?」

ユリウスが探るように問いかける。

「……我らはただ、影の声に従うのみ」

フードの男が低く呟くと、その足元の影が波打った。

「影の声……?」

リリアナが眉をひそめた。

「貴様らが何者かは知らんが、この地には近づかぬ方が身のためだ」

男はそう言い残すと、闇の中へと消えようとした。

(逃がすわけにはいかない)

陸はすかさず、影を踏むように足を伸ばした。

すると――

「……ッ!」

フードの男が動きを止める。

(やはり、影を操る者は、自分の影にも縛られる)

陸は冷静に続ける。

「この鉱山で何が起きている?」

男は答えなかったが、その沈黙がかえって確信へとつながった。

(何かを隠している……影の声とは、何なのか?)

すると、坑道の奥から微かな囁きが聞こえた。

「……影は……影を喰らう……」

陸は一瞬息を呑んだ。

(この声……一体?)

その隙を突き、フードの男は影の中に溶け込むように消えた。

「しまった……!」

ユリウスが剣を抜くが、すでにその姿はどこにもない。

「とにかく、情報は手に入ったわね。『影の声』……それがこの異変の鍵かもしれない」

リリアナの言葉に、陸は深く頷いた。

「もう少し調査を進めよう。次は――」

影に飲み込まれた者たちの行方を探ることが、次の目的となる。

影の脅威は、確実に広がっていた――。

坑道の奥から聞こえた囁きが、陸たちの耳に残響のように響いていた。

「……影は……影を喰らう……」

闇の中に消えたシャドウワーカーの姿はもうない。だが、この坑道にはまだ“何か”が潜んでいる。

「……ここには、ただの影じゃないものがいるみたいね」

リリアナが慎重に辺りを見回す。

「一度引くか?」

ユリウスが低く問いかけるが、陸は静かに首を横に振った。

「いや、まだ調べられることがある。失踪した人たちの影が残されていたって話だったな……なら、その痕跡がどこかにあるはずだ」

陸たちは慎重に足を進めながら、坑道の壁や床に目を凝らした。

そして、坑道の奥へ向かう途中で、異様なものを見つけた。

人の形をした“影”が、壁にへばりつくように残されていたのだ。

「……これは……」

「人間の影……? まるで焼き付いたみたい……」

リリアナが神妙な表情で壁を指差す。影は不自然に歪みながら、いくつも点在していた。

(影だけを残して、人が消えた……その証拠か)

陸は影にそっと手を伸ばし、指先で触れた。

すると――

「……ッ!」

突然、指先に冷たい感覚が走り、影の中からかすかな声が漏れた。

「……たす……け……」

「……!」

陸はすぐに手を引く。

「今、声がした……!」

「影の中に……? まさか、消えた人たちの……?」

ユリウスとリリアナも警戒しながら影を見つめる。

「試してみる」

陸は慎重にもう一度影に手を触れ、今度は意識を集中させた。

(もし、この影が人間の痕跡だとしたら……俺の言語スキルで“意思”を読み取れるかもしれない)

すると――

「……逃げて……あの影は……人を……」

そこまで言いかけた瞬間、坑道全体が微かに揺れた。

ズズ……ン……

「……まずい、何かが来る」

ユリウスが剣を構え、リリアナも杖を握る。

坑道の奥から、再び影が波のように広がった。

陸たちは即座に退く。

「これ以上深入りするのは危険だな。一度戻ろう」

陸の判断に、二人も頷く。

(影の中にはまだ意識がある……つまり、消えた人たちは完全に死んでいるわけじゃない?)

陸の頭の中で、いくつもの推測が交錯した。

影の正体、影の声の意味、そして“影を操る者たち”の目的――。

「とにかく、王宮に戻って報告しよう。そして次の手を考える」

陸たちは急いで坑道を後にした。

坑道の奥で、なおも影は蠢いていた。

闇の中で、誰かの囁く声とともに――。

大地の国テラヴァス編 第5章 ― 闇に囚われた者たち

王宮へ戻った陸たちは、すぐにレオナート王子の元を訪れた。

「影の中に、消えた人たちの意識が残っている可能性があります」

陸の言葉に、レオナートは眉をひそめる。

「……意識が残っている? つまり、失踪した者たちは死んではいないと?」

「断定はできませんが、坑道で影に触れたとき、助けを求める声が聞こえました」

リリアナとユリウスも頷く。

「ただの現象じゃない。何者かが意図的に影を利用しているのは間違いないわ」

「影を操る者たちの仕業だろう。だが、やつらの目的はまだ分からない」

レオナートは険しい表情で腕を組んだ。

「このまま放置はできないな……」

すると、そのとき扉が開き、王宮の騎士が慌てた様子で駆け込んできた。

「王子! 王宮内で奇妙な影の目撃情報が増えています!」

「なに?」

レオナートが顔を上げる。

「詳細を話せ」

「はい! ここ数日、王宮の廊下や庭園で、不審な影が目撃されています。特に夜になると、誰もいないはずの場所で影が揺らめいたり、壁に張り付くように残る影があるとの報告が……」

陸たちは顔を見合わせる。

「……王宮の中にも影の影響が及んでいるのか」

ユリウスが低く呟く。

「影の異変が、坑道から王宮にまで広がってきている?」

リリアナが不安そうに言う。

「もしくは、王宮の中に“敵”がいる可能性もあるな」

陸は考え込んだ。

(影を操る者たちの目的はなんだ? なぜ、影に人の意識を閉じ込めるようなことを……)

「とにかく、今夜は警戒を強めた方がよさそうですね」

陸がそう提案すると、レオナートは力強く頷いた。

「分かった。王宮内の警備を強化する。君たちも気をつけてくれ」

◆◇◆

夜――

陸たちは王宮内を警戒しながら巡回していた。

「……妙に静かね」

リリアナが辺りを見回す。

「いや、静かすぎる」

ユリウスが警戒を強めたそのとき――

カツ……カツ……

廊下の奥から、誰かの足音が聞こえた。

「……誰かいるのか?」

陸が声をかけると、影の中から人影がゆっくりと姿を現した。

「……!」

そこに立っていたのは――

セレナだった。

「……セレナ?」

リリアナが驚きの声を上げる。

「どうして、こんな時間に?」

セレナは静かに微笑み、優雅に頭を下げた。

「こんばんは。王宮を見回っていたのです」

「……影の異変が広がっている。あなたも気をつけてください」

陸がそう言うと、セレナは微かに目を細めた。

「ええ、もちろん。影の脅威……恐ろしいですね」

「……」

陸はセレナをじっと見つめた。

(……何かが、おかしい)

彼女の話し方も、佇まいも、以前と変わらない。だが、どこか違和感がある。

(影を操る者たちが、彼女に何かしたのか……?)

「陸?」

リリアナが小声で問いかける。

陸は軽く首を振り、「問題ない」とジェスチャーで伝えた。

「セレナさん、もう遅いです。お部屋へ戻られた方がよろしいかと」

ユリウスがそう促すと、セレナは微笑みを崩さず頷いた。

「ええ、では……おやすみなさい」

彼女は静かに廊下を歩いていく。

「……どう思う?」

ユリウスが小声で聞いた。

「分からない。でも……」

陸は彼女の消えた廊下の奥をじっと見つめた。

「……しばらく、彼女を注意しておいた方がいい」

◆◇◆

夜の闇の中、王宮の一角。

セレナは一人、静かに窓辺に立っていた。

「……フフ」

彼女の背後――そこには、不気味に揺らめく“影”があった。

影は音もなく蠢きながら、彼女に寄り添うように形を変える。

「……準備は、整っています」

闇の中に、誰かの囁く声が響いた。

そして、影はゆっくりと彼女に溶け込むように消えていった――。
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