背番号なしの戦いー元プロ野球選手が書いたリアルストーリー

第十一話 見えなくなったもの

「これが最後のチャンスかもしれないんだ。」

悠真は、自分にそう言い聞かせるように呟いた。

二年目のジンクス——それを打ち破るために、悠真は結果を出すことに執着し始めていた。

仕事が終わっても、デスクに残り資料を読み込み、クライアントのニーズを分析し、成功事例を研究する。

週末も、家にいても、仕事のことばかり考えていた。

「悠真くん、ご飯できたよ。」

妻が優しく声をかけても、悠真は「あとで」とPCから目を離さない。

「今日は検診だったんだけど…」

「どうだった？」

「うん、順調だよ。でも——」

「それならよかった！」

悠真は妻の言葉を遮り、また仕事に戻った。

（今はとにかく、もっと成果を上げないと。）

責任感が強くなればなるほど、悠真の視界は仕事だけに狭まっていった。

積み重なるすれ違い

「悠真くん、最近ずっと忙しいね。」

「大事な時期だからな。」

「それは分かるけど…」

「家族を守るために頑張ってるんだよ。」

「でも…私たちの時間は？」

「今は仕方ないだろ。」

そう言ってしまった瞬間、妻の表情が曇るのが分かった。

「……そっか。」

それでも、妻は何も言わなかった。

ただ、悠真は気づいていなかった——

妻の「そっか」という一言の裏にある、寂しさと不安に。

仕事の成功、そして——

それから数週間後。

悠真はついに、大きな契約を決めた。

「さすが橘！今年も絶好調だな！」

「さっそく社内表彰が決まったらしいぞ！」

同僚たちの称賛の声が響く。

悠真の努力が、形になった瞬間だった。

（よし…これで俺は、もっと上へ行ける。）

そう思った時、スマホが震えた。

「悠真くん、病院に来てください。」

妻からのメッセージだった。

病院のベッドで気づいたこと

慌てて病院へ向かうと、妻はベッドの上にいた。

「大丈夫なのか？」

「…うん。でも、ちょっと無理しすぎちゃったみたい。」

医者の話によると、ストレスと疲労が重なり、体調を崩してしまったらしい。

「もっと早く気づいてあげられたらよかったのにね。」

妻は笑顔を見せたが、その言葉が悠真の胸を締め付けた。

（俺は…何をやっていたんだ？）

大切なものを守るために頑張っていたはずなのに、一番大切な人を傷つけていた。

悠真は、ようやく気づいた。

（結果を出すことに必死になって、俺は…大切な人の声を聞いていなかった。）

仕事の成功だけが、人生の成功じゃない。

守るべきものは、もっと近くにあった。

悠真は、妻の手をそっと握った。

「これからは、もっと一緒にいるよ。」

「…約束ね。」

その時、悠真はようやく、本当に大切なものを思い出したのだった。