婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃

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決着

大団円

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 アドラント王国での披露宴が終わった後、殿下は一足先にマナライト王国に戻った。第一王子だけあって長い間国を空けることは出来ないらしい。本来であればこういう形でうちの国に来たことの方が異例だった。
 私もすぐに後を追いたかったけど、さすがに隣国の第一王子と結婚するとなれば前のように身一つで出ていくという訳にもいかない。

 そして何より、私には重要な役目があった。精霊についての知識を余すことなく王国に残すことである。そもそも王国にろくに精霊の知識が残っていないため、まず何の知識を残せばいいのかが分からないところから始まった。

 そしてある程度知識を精霊から聞き取ったところで、次の問題が発生した。
 私が嫁ぐと精霊たちもついてきてしまうということである。現状マナライト王国は精霊の加護なしでもどうにかやっていけているが、アドラント王国では加護なしでは成り立たない。
 が、精霊たちはおそらく国という線引き自体を理解していないのだろう、私がいなくなってもこちらに残って欲しいというお願いは理解されなかった。

 そのため私は必死に精霊と対話出来る人物を探した。私の代わりに精霊とコミュニケーションする人がいれば精霊たちもこちらに残ってくれそうだったからだ。
 とはいえ、そもそも精霊と対話出来ないのか、対話出来る能力はあるけど精霊が周りにいないだけなのかが判別できないため、私は精霊たちを引き連れて国中を歩き回る羽目になった。
 そして苦労の末、辺境の村から一人の娘を発見して彼女に精霊とのコミュニケーション係を任せた。本当に一介の村娘だった彼女は戸惑っていたが、私は半ば強引に押し付けた。普段は精霊の話し相手をして精霊たちの歓心を得るにはどうすればいいのかを探るのが主な役目である。地水火風に関係する異常な災害が起きたときには現地に赴いてどうにかしないといけないけど。

 そんなこんなを全て終えるころにはすでに一年が経過していた。その間、私と殿下が一回ずつ相手側に訪問した際以外は会えていなかった。
 一年後、私は父上が率いる公爵家の行列と祝辞を述べに来た他の貴族の者たちとともにマナライト王国に入った。大層な大行列になっており、一年前に追放されて逃げるように国境を超えたときとは雲泥の差である。

 途中に寄った街の王国民たちも行列に手を振って祝福してくれた。
 王都に向かう途中、ある宿で私は気になる物を見つけた。それを見つけたのは私が何の気なしに尋ねたときのことである。

「この近くには牧場がないのに香辛料が利いてない肉料理が出ているのはなぜ?」

 周囲にはわずかな農地しかなく、畜産している様子がない街でも肉料理が出たので不思議に思った私は尋ねた。一応高価な香辛料を使うことで腐りづらくすることは出来るが、そういう味でもない。
 すると私の問いに宿の主人は嬉しそうにしながら青色に淡く光る石を見せてくれた。どこかで見覚えがある。

「この魔道具の石は冷気を発するので保冷機能のある箱に肉と一緒に入れると運ぶことが出来るんですよ」
「それってもしかしてヴァーグナー伯爵が作ったもの?」

 言われてみればアマーリエと一緒に作った試作品に似ている気がしなくもない。

「はい、よくご存じですね! 試作品は一年ぐらい前に作られたらしいんですが、ここ最近ようやく我々でも買えるぐらいの値段になったんです。これのおかげでどの街でも新鮮な肉や野菜が食べられるようになりましたし、肉や野菜を作っている村では売れ行きが上がったんです!」

 宿の主人は我が事のように語った。一年前に私がちょっとだけ手伝った魔道具の研究を、その後彼女がここまで発展させたというのは感慨深い。

 その後私たちの一行は王都に到着した。

「お久しぶりです、シルア様。お元気でした?」
「うん。アンナはどうだった?」

 王宮に入ると、最近は全然会えていなかったアンナが部屋へ案内してくれた。身分を隠していた一年前とは違い、今回は最上級の客間に通される。
 ここ一年で色々と変わったアドラントに比べて、こちらの国はそこまで大きな変化はなかった。ただ、アンナの王宮菜園だけは一年前に比べて種類が増えていた。風よけや小屋のようなものが作られて栽培される作物の種類が増えている。

「シルア様が教えてくださった方法を応用して異国の野菜や果物を他にも育ててみたんです。そしたら場所が足りなかったので、周辺の草地にも場所を広げてみました」
「本当だ、広くなってる」

 よく見ると前の二倍ぐらいになっていないだろうか。それでも作物の種類が増えたからか、少し狭く見えるぐらいだ。

 翌朝、私は実家から着いてきたメイドではなくアンナに手伝ってもらってウェディングドレスを着つけてもらった。
 去年は多少不慣れなところがあったアンナだったが、この一年でそういう経験を積むことも増えたのだろう、うちのメイドに遜色ない手際の良さだった。

「うまくなったね」
「はい、シルア様が輿入れされると聞いて実は練習していたんです」
「え、私のために?」

 そもそもアンナは王宮付きのメイドであり私付きになるかどうかも分からなかったのに、と驚く。私の意外そうな顔を見て、

「実は作物の育て方について相談に乗ってくれる方はあまりいなかったのです。同僚は料理や掃除は得意な方が多いのですが……そのためシルア様にはすごく感謝してたんです。まさか公爵家の方だとまでは思いませんでしたが」

 とアンナは答えてくれた。
 確かにこの国はあまり農業は盛んではない。だから詳しい人もいないのだろう。そこにたまたま私が来て、精霊の力を借りて手助けしたから感謝されたのか。

「そっか。でも私にはもう精霊はいないから……でも、分からないことがあれば本で調べる手伝いは出来るかも」
「本当ですか!? ここの書庫、暗くてじめじめしているし、昔の本は言葉が難しいのであまり好きじゃなかったんです」

 アンナがぱっと表情を輝かせる。
 そんなことを話している間にドレスの着付けが終わる。

「終わりました、鏡を見てみてください」
「うわあ……これが私!?」

 鏡に映った自分の姿を見て思わず私はうっとりとしてしまう。いや、自分の容姿がきれいだからとかではなく、自分がきれいなウエディングドレスを纏っているということに感動しているのだ。

「どうでしょうか?」

 アンナが不安そうに尋ねてくる。

「ありがとう、私アンナに着つけてもらって良かった」
「それなら良かったです。では向かいましょうか」

 その後私たちは式場に向かった。そこにはすでにマナライト王国の貴族たちとアルトランド王国から参列した者たちが所せましと並んでいた。その中にはオスカー殿下やアマーリエ、そして参列者ではなく警備責任者としてではあるがゲルハルトの姿もあった。

 そこへ王族の正装に身を包んだ殿下が現れる。何度かその姿は見たことがはあったが、式の直前ということもあって妙に鼓動が速くなってしまう。

「シルア、今日は一段ときれいだな」
「は、はい、殿下こそ」

 気の利いた言葉を返そうと思ったが、感極まってしまっているせいかうまい言葉が出てこない。

「ではお二方の入場です」

 司会をしている貴族の言葉に従って私と殿下は腕を組んで入っていく。割れんばかりの拍手が私たちを包み込んだ。
 そこから両国の様々な人が祝辞を述べてくれたり、届いている手紙が読み上げられたりした。正直他人の結婚式に参加しているときはこの時間は長くて退屈だなと思っていたが、自分の式だとなかなか悪くないものだなと思った。

「……ではいよいよお二方に誓いの言葉を述べていただこうと思います」

 いよいよ祝辞の時間も終了し、私と殿下は一歩ずつ前へ出る。
 そしてお互い向かい合った。
 一年前のアドラント王国での時も緊張したが、その時に比べると参列者は二倍以上いるので、緊張もその比ではない。

「我、マナライト王国第一王子アルツリヒトはシルア・アルュシオンを永遠に愛し、幸せにすることを誓おう」
「私、シルア・アルュシオンはアルツリヒト殿下を生涯の伴侶とし、その愛に応えることを誓います」

 そして殿下は私に歩み寄ると、背中に腕を回して顔を近づけ唇を塞ぐ。私の体の中にじんわりと温かいものが満ちていく。

 思えば、貴族として生まれた時から結婚相手は家のため、国のために選ばれるものだと教育されて育った。だから物語の恋愛なんて自分には関係のないことだと思っていたし、憧れても辛くなるだけと思って出来るだけ遠ざけてきた。だからクリストフとの婚約を告げられた時も何も思わなかった。

 そんな私がまさか好きな人と結婚できるなんて。しかもこんなに周囲の祝福を受けて。私は絶対にこの幸福を手放さないようにしよう、と心に決めたのだった。
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