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Ⅱ
本音
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それから数日後のことです。いつもは遊び歩くことが多いエイダやジェーンですが、今日は珍しく一緒に夕食のテーブルを囲んでいます。今日は料理はカレンさんが作りましたが、私は当然のように屋敷の掃除をさせられました。
以前は時々だった私の家事はこのところ毎日になってしまっていました。
夕食が終わった後、父上がおもむろに口を開きます。
「先ほどキャロルの婚約先であるブラッド家の方から提案があった。何でも、アーノルド家には独特の風習やしきたりが多いから、結婚前に向こうの屋敷で花嫁修業をさせたいとのことだ」
それを聞いて私は内心喜びました。きっとブラッドがもっともらしい理由をつけて私をこの家から出そうとしてくれたのでしょう。
本来結婚前の女性が嫁ぎ先の家に数日以上滞在することはないですが、独特な風習やしきたりがあるという嘘の理由を作ってくれたのだと思います。
それを聞いてエイダ、ジェーン、そしてハンナは顔を見合わせます。
「正直キャロルが向こうの家に行くならうちの出費も減るし、悪い話ではないと思うが」
父上が興味なさそうに言います。
ごく普通に私のことを娘ではなく出費が嵩む対象としてしか認識していないのが酷いですし、そもそもこれは家族全体で相談する話でもないと思います。エイダやジェーン、ましてやハンナにこの件について口を挟まれるいわれはありません。
「確かにお姉様のみすぼらしい姿を見なくてすむならほっとしますわ」
そう言ってジェーンは私を嘲笑します。見すぼらしい姿を見たくないのであれば私にもジェーン並みの服を買ってくれればいいのですが。
が、いつもはすぐに同調するエイダとハンナは微妙な表情で顔を見合わせます。
脳内がお花畑のジェーンと違って、二人は私がいなくなるとこの家の家事が回らなくなると分かっているのでしょう。まあ、ハンナが私と同じくらい働いて、エイダがちょっと手伝えば全然回るんですけどね。
「ちょっとジェーン、あなたには関係ないでしょう」
「え?」
味方だと思っていたエイダに裏切られてジェーンは困惑します。
するとエイダは唐突に猫なで声で私に話しかけます。
「ねえ、キャロルはもうしばらくうちにいたいわよね? 女性は嫁いだ先では姑や小姑にしごかれて花嫁修業と称して酷い嫌がらせを受けることが多いの。結婚後はしょうがないけど、しばらくはうちにいたら?」
そしてしきりにハンナに目配せします。エイダの意図をくみ取ったハンナも珍しく私に優し気な声をかけてきます。
「キャロルお嬢様、まだ正式に結婚してもない女性を呼び出そうなどときっとろくでもない家に違いありませんわ。向こうに行けばきっと酷い嫌がらせを受けるでしょう。そうだわ、もし辛そうなら結婚後もうちからアーノルド家に通い妻をしてもいいのよ?」
が、二人のあまりに自分勝手な言葉を聞いて私の中の何かがぷつん、と音を立てて切れました。先ほどから黙って聞いていれば適当なことをぺらぺらぺらぺらと。これまでは言われるがままでしたが、出ていけると分かった以上我慢する理由もありません。
がちゃり。
気が付くと音を立てて私は立ち上がっていました。
「いい加減にしてください! 姑や小姑にしごかれて花嫁修業と称して嫌がらせを受ける? それはあなたたちがやっていることでしょう! ろくでもない家? それはうちです! 母上はうちの財政が大変なのに毎日パーティーばかり! ハンナは家事が面倒な時は全部私に任せてさぼればいいと思っている! ジェーンにとって私は姉ではなくただのサンドバッグか何かなんでしょう! そして父上も私のことを駒か人形としか思っていない! こんな家にいるくらいなら、アーノルド家の花嫁修業でしごかれた方がよっぽどましです! それにこの前ブラッド殿たちに会ってきましたが、あなた方とは比べるのも失礼なほどいい方たちでした!」
私が言い終えると、先ほどまでやかましかった夕食の席は一気に静まり返りました。
これまではどれだけ思っていても言えなかったことを、私は一息に言い終えます。
一瞬だけしまった、と思いましたが言い終えると不思議な爽快感が体を突き抜けていくのを感じます。そうです、こんな風に彼女らの言いなりになり続ける必要はどこにもないのです。
「ええん、ぐすっ、ひっく、お姉様が怖いですわあああああああああ!」
一拍して、不意にジェーンが声を立てて泣き出します。今まで怒らない私が怒ったのが怖かったからか、嘘泣きなのかは分かりません。
「ふん、こっちが優しくすれば我が儘言って! そんなに言うならどこへなりとも行けばいいわ!」
エイダの逆ギレの声が聞こえてきましたが、私は踵を返してさっさと自室に戻るのでした。
その夜、私は久し振りに自分の家で熟睡することが出来たのでした。
以前は時々だった私の家事はこのところ毎日になってしまっていました。
夕食が終わった後、父上がおもむろに口を開きます。
「先ほどキャロルの婚約先であるブラッド家の方から提案があった。何でも、アーノルド家には独特の風習やしきたりが多いから、結婚前に向こうの屋敷で花嫁修業をさせたいとのことだ」
それを聞いて私は内心喜びました。きっとブラッドがもっともらしい理由をつけて私をこの家から出そうとしてくれたのでしょう。
本来結婚前の女性が嫁ぎ先の家に数日以上滞在することはないですが、独特な風習やしきたりがあるという嘘の理由を作ってくれたのだと思います。
それを聞いてエイダ、ジェーン、そしてハンナは顔を見合わせます。
「正直キャロルが向こうの家に行くならうちの出費も減るし、悪い話ではないと思うが」
父上が興味なさそうに言います。
ごく普通に私のことを娘ではなく出費が嵩む対象としてしか認識していないのが酷いですし、そもそもこれは家族全体で相談する話でもないと思います。エイダやジェーン、ましてやハンナにこの件について口を挟まれるいわれはありません。
「確かにお姉様のみすぼらしい姿を見なくてすむならほっとしますわ」
そう言ってジェーンは私を嘲笑します。見すぼらしい姿を見たくないのであれば私にもジェーン並みの服を買ってくれればいいのですが。
が、いつもはすぐに同調するエイダとハンナは微妙な表情で顔を見合わせます。
脳内がお花畑のジェーンと違って、二人は私がいなくなるとこの家の家事が回らなくなると分かっているのでしょう。まあ、ハンナが私と同じくらい働いて、エイダがちょっと手伝えば全然回るんですけどね。
「ちょっとジェーン、あなたには関係ないでしょう」
「え?」
味方だと思っていたエイダに裏切られてジェーンは困惑します。
するとエイダは唐突に猫なで声で私に話しかけます。
「ねえ、キャロルはもうしばらくうちにいたいわよね? 女性は嫁いだ先では姑や小姑にしごかれて花嫁修業と称して酷い嫌がらせを受けることが多いの。結婚後はしょうがないけど、しばらくはうちにいたら?」
そしてしきりにハンナに目配せします。エイダの意図をくみ取ったハンナも珍しく私に優し気な声をかけてきます。
「キャロルお嬢様、まだ正式に結婚してもない女性を呼び出そうなどときっとろくでもない家に違いありませんわ。向こうに行けばきっと酷い嫌がらせを受けるでしょう。そうだわ、もし辛そうなら結婚後もうちからアーノルド家に通い妻をしてもいいのよ?」
が、二人のあまりに自分勝手な言葉を聞いて私の中の何かがぷつん、と音を立てて切れました。先ほどから黙って聞いていれば適当なことをぺらぺらぺらぺらと。これまでは言われるがままでしたが、出ていけると分かった以上我慢する理由もありません。
がちゃり。
気が付くと音を立てて私は立ち上がっていました。
「いい加減にしてください! 姑や小姑にしごかれて花嫁修業と称して嫌がらせを受ける? それはあなたたちがやっていることでしょう! ろくでもない家? それはうちです! 母上はうちの財政が大変なのに毎日パーティーばかり! ハンナは家事が面倒な時は全部私に任せてさぼればいいと思っている! ジェーンにとって私は姉ではなくただのサンドバッグか何かなんでしょう! そして父上も私のことを駒か人形としか思っていない! こんな家にいるくらいなら、アーノルド家の花嫁修業でしごかれた方がよっぽどましです! それにこの前ブラッド殿たちに会ってきましたが、あなた方とは比べるのも失礼なほどいい方たちでした!」
私が言い終えると、先ほどまでやかましかった夕食の席は一気に静まり返りました。
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一瞬だけしまった、と思いましたが言い終えると不思議な爽快感が体を突き抜けていくのを感じます。そうです、こんな風に彼女らの言いなりになり続ける必要はどこにもないのです。
「ええん、ぐすっ、ひっく、お姉様が怖いですわあああああああああ!」
一拍して、不意にジェーンが声を立てて泣き出します。今まで怒らない私が怒ったのが怖かったからか、嘘泣きなのかは分かりません。
「ふん、こっちが優しくすれば我が儘言って! そんなに言うならどこへなりとも行けばいいわ!」
エイダの逆ギレの声が聞こえてきましたが、私は踵を返してさっさと自室に戻るのでした。
その夜、私は久し振りに自分の家で熟睡することが出来たのでした。
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