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Ⅱ
ブラッドの怒り
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「僕は婚約者を迎えに来た」
「そ、それは、その……」
ブラッドの強い言葉と険しい表情に日頃私へは強気なハンナも一気にしどろもどろになっていくのが見えます。
「そ、そういうことでしたら一度奥方様を呼んできます」
「なぜだ。僕が呼んでいるのはキャロルだと言っているだろう?」
「す、すみません!」
ブラッドの勢いに押されたハンナは顔を青くしておろおろしながら屋敷の中へと戻っていきます。本当ならすぐに出ていくべきなのかもしれないと思いましたが、このまま見ていればブラッドはうちの家族にがつんと言ってくれるのではないでしょうか。
そんな期待が芽生えてきたので私はあえてその場を見守ることにします。
そこへ今度はハンナに呼ばれたエイダが強張った表情で現れます。こんなに緊張しているエイダの姿を見るのは初めてかもしれません。
彼女はブラッドの前に立つと精いっぱい虚勢を張って名乗ります。
「私はエイダ。ローウェル男爵夫人よ」
「僕は婚約者を迎えにきたのであって男爵夫人には用はないのですが」
そんな母上にも、ブラッドは毅然とした態度で接します。
母上は一瞬青ざめたが、すぐに言い返しました。
「あの子のことでしたらきちんと手紙で述べたはずです。本人が行きたくないと言っているので行かせません、と」
「それは本当に本人が言っているのですか? この前僕がそのことを直接キャロルに尋ねた時は構わないと言っていましたが。もしどうしても拒否すると言うのであれば本人の口から聞きたいのです」
ブラッドの言葉にエイダはちっ、と舌打ちしました。
「ハンナ、キャロルを呼んできなさい……分かってるわね?」
「は、はい」
エイダは強い口調で言うと、隣にいたハンナに目配せします。それを見てハンナは緊張した面持ちで頷きました。
あれはキャロルを連れてくるなら「行きたくない」と言わせるようにしなさい、ということでしょうか。無茶な命令をされたハンナは目をぱちぱちさせながら屋敷へ入っていきます。
傍から見ているのは少し楽しいですが、さすがにそろそろ頃合いかな、と思った私は物陰が玄関に現れます。
「呼びましたか、母上。あら、ブラッドさん、我が家まで来ていただきありがとうございます。大したおもてなしも出来ずに申し訳ありません」
私はわざとらしく彼に謝ってみせます。それを見てブラッドはほっとし、エイダの表情はみるみる真っ青になっていきました。
「ところでブラッドさん、私をアーノルド家に花嫁修業に呼ぶという話はどうなりました? 私ずっと待っているんですけど」
答えは分かっていることですが、私はあえてエイダの前でそう言ってみせます。
そんな私の言葉にエイダの表情はどんどん蒼白に、逆にブラッドの表情はどんどん真っ赤になっていくのが見えます。
「おかしいな、君の母上からの手紙では君が行きたくないと言っていたことになっていたんだが」
「そんなこと一言も言っていません。私はずっと準備が整うのを待っていたのですが」
「おい、これはどういうことだ?」
その瞬間、ブラッドの表情がさらに変化し、エイダに対してドスの利いた声で尋ねました。
「そ、それはえーっと……」
エイダは必死で言い訳を考えますが、ここまで明確に嘘がばれた以上、もはやこの場を取り繕う言い訳などあるはずありません。
「一体どういうつもりだ? 他人の意志を勝手に決めて僕の手紙に返事を出すなんて。ローウェル家はそういうことを平気でするような貴族だったのか。失望したね」
そう言ってブラッドはため息をつきます。
それを見てエイダとハンナの二人は蒼白な表情でがくがくと震えています。
「大体、今キャロルは下働きのような恰好をさせられているが、まさか彼女を働かせるために僕に嘘をついてまで家に居させていたのではないだろうね?」
「……」
それはその通りなのですが、もはや二人とも何も答えることは出来ません。
「普通婚約というのは家と家の結びつきを強めるために行われるはずなのに、我が家と貴家は余計に距離が遠くなったようだね。まあいいや、僕は元々キャロルにだけ用があった訳だし、彼女だけ連れていくよ」
「はい、ありがとうございます」
私はブラッドが差し出した手をとって彼の馬車に乗り込みます。
日頃はあんなに威勢のいい態度をとるエイダもハンナももはや一言も発することは出来ないのでした。
「そ、それは、その……」
ブラッドの強い言葉と険しい表情に日頃私へは強気なハンナも一気にしどろもどろになっていくのが見えます。
「そ、そういうことでしたら一度奥方様を呼んできます」
「なぜだ。僕が呼んでいるのはキャロルだと言っているだろう?」
「す、すみません!」
ブラッドの勢いに押されたハンナは顔を青くしておろおろしながら屋敷の中へと戻っていきます。本当ならすぐに出ていくべきなのかもしれないと思いましたが、このまま見ていればブラッドはうちの家族にがつんと言ってくれるのではないでしょうか。
そんな期待が芽生えてきたので私はあえてその場を見守ることにします。
そこへ今度はハンナに呼ばれたエイダが強張った表情で現れます。こんなに緊張しているエイダの姿を見るのは初めてかもしれません。
彼女はブラッドの前に立つと精いっぱい虚勢を張って名乗ります。
「私はエイダ。ローウェル男爵夫人よ」
「僕は婚約者を迎えにきたのであって男爵夫人には用はないのですが」
そんな母上にも、ブラッドは毅然とした態度で接します。
母上は一瞬青ざめたが、すぐに言い返しました。
「あの子のことでしたらきちんと手紙で述べたはずです。本人が行きたくないと言っているので行かせません、と」
「それは本当に本人が言っているのですか? この前僕がそのことを直接キャロルに尋ねた時は構わないと言っていましたが。もしどうしても拒否すると言うのであれば本人の口から聞きたいのです」
ブラッドの言葉にエイダはちっ、と舌打ちしました。
「ハンナ、キャロルを呼んできなさい……分かってるわね?」
「は、はい」
エイダは強い口調で言うと、隣にいたハンナに目配せします。それを見てハンナは緊張した面持ちで頷きました。
あれはキャロルを連れてくるなら「行きたくない」と言わせるようにしなさい、ということでしょうか。無茶な命令をされたハンナは目をぱちぱちさせながら屋敷へ入っていきます。
傍から見ているのは少し楽しいですが、さすがにそろそろ頃合いかな、と思った私は物陰が玄関に現れます。
「呼びましたか、母上。あら、ブラッドさん、我が家まで来ていただきありがとうございます。大したおもてなしも出来ずに申し訳ありません」
私はわざとらしく彼に謝ってみせます。それを見てブラッドはほっとし、エイダの表情はみるみる真っ青になっていきました。
「ところでブラッドさん、私をアーノルド家に花嫁修業に呼ぶという話はどうなりました? 私ずっと待っているんですけど」
答えは分かっていることですが、私はあえてエイダの前でそう言ってみせます。
そんな私の言葉にエイダの表情はどんどん蒼白に、逆にブラッドの表情はどんどん真っ赤になっていくのが見えます。
「おかしいな、君の母上からの手紙では君が行きたくないと言っていたことになっていたんだが」
「そんなこと一言も言っていません。私はずっと準備が整うのを待っていたのですが」
「おい、これはどういうことだ?」
その瞬間、ブラッドの表情がさらに変化し、エイダに対してドスの利いた声で尋ねました。
「そ、それはえーっと……」
エイダは必死で言い訳を考えますが、ここまで明確に嘘がばれた以上、もはやこの場を取り繕う言い訳などあるはずありません。
「一体どういうつもりだ? 他人の意志を勝手に決めて僕の手紙に返事を出すなんて。ローウェル家はそういうことを平気でするような貴族だったのか。失望したね」
そう言ってブラッドはため息をつきます。
それを見てエイダとハンナの二人は蒼白な表情でがくがくと震えています。
「大体、今キャロルは下働きのような恰好をさせられているが、まさか彼女を働かせるために僕に嘘をついてまで家に居させていたのではないだろうね?」
「……」
それはその通りなのですが、もはや二人とも何も答えることは出来ません。
「普通婚約というのは家と家の結びつきを強めるために行われるはずなのに、我が家と貴家は余計に距離が遠くなったようだね。まあいいや、僕は元々キャロルにだけ用があった訳だし、彼女だけ連れていくよ」
「はい、ありがとうございます」
私はブラッドが差し出した手をとって彼の馬車に乗り込みます。
日頃はあんなに威勢のいい態度をとるエイダもハンナももはや一言も発することは出来ないのでした。
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