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序章 追放

襲撃

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 すでに日は暮れていたが、俺は家を出て音のする方を見る。音は山の中ではなく、かなり下の方から響いていたので俺は見晴らしのいいところへ向かう。
 すると眼下に広がる荒野をたくさんの魔族の群れが王国の方へ走っていくのが見える。中にはトロールやジャイアントと呼ばれる体格が大きい種族も混ざっており、そのせいで地鳴りが伝わってきたのだろう。

 魔族の進軍先には対魔族最前線として構築されたザンド砦がある。数メートルの高さがある堅牢な石の城壁に囲まれており、中には多数の兵士も詰めている。今は篝火を燃やし、向かってくる魔族に盛んに矢を放っている。
 それを見て俺は体が緊張するのを感じた。ずっと王宮に勤めていた俺は遠目とはいえ魔族を見るのは初めてだ。暗がりの中ではあったが、砦に近づくにつれて篝火に照らされて彼らの狂暴な表情が浮き上がってくる。

 砦の石壁の上には弓を構えた兵士たちが立ち並び、近づいていく魔族は矢に当たりバタバタと倒れていく。しかし倒れるのはゴブリンと呼ばれる小型の魔物ばかりで、棍棒を振り回すトロールや地響きを立てて進んでいく三メートル以上もありそうなジャイアントたちは矢を腕で払いのけながら進んでいく。

「大丈夫なのか?」

 俺はごくりと唾をのみ込む。
 が、そんな俺の懸念を形にするように魔族は城壁に迫ると、トロールが棍棒で城壁を強打する。トロールはまるで子供がおもちゃの棒切れを振り回すように軽々と棍棒を振り回すが、そのたびにズシンズシン、という低い音は離れた山の中にまで響き渡ってくる。その箇所を見ると亀裂が入っていた。
 さらにジャイアントたちは一メートルほどもありそうな巨大な岩を拾い上げると砦の中に投げつける。岩が飛んでいったところから悲鳴と建物が崩れていく音が聞こえた。

「これはまずい」

 俺はエレナやクルトには恨みがあるし、王国には恨みがある。
 しかし魔族たちが城壁を越えた先にあるのは防御力などほとんどない小さな村ばかりだ。そこに住む村人たちは何の罪もないが、魔族がやってこればなすすべもなく蹂躙されるしかない。そう考えると俺の身体は自然と動いていた。
 俺は荒野に対して突き出すような形になっている高台まで歩いていくと、眼下を行進する魔族たちに意識を集中させる。

「アルケミー・ボム」

 俺は自分が使える中で最大の威力の魔法を唱える。
 俺が作り出した一メートルほどの赤い球が魔族たちの中心部へと飛んでいく。魔族たちは急に砦とは違う方向から使われた魔法に困惑したが、次の瞬間轟音とともに爆発した。思わず俺ですら自分の魔法のすさまじい爆発音と閃光に目と耳を塞いでしまったほどだ。

 再び目を開くと、小型の魔族はほとんど倒れており、残っていたトロールやジャイアントも重症を負っている。突然の攻撃に、生き残った魔族もしばしの間砦への攻撃の手を緩める。
 本当は十分な素材や時間があればさらに威力が高い魔道具を錬成することも出来るのだが、これが即時に使える最強の魔法だ。

 その隙に砦の兵士たちは城壁の上部にカタパルトを設置し、巨大な岩の塊を発射し始める。細い矢と違い、カタパルトから発射された岩が当たるとトロールたちは痛そうに悲鳴を上げた。それでもトロールたちは諦めずに進み、すでに亀裂の入っていた城壁を破壊しようとする。

「まずい、さっきの俺の魔法、城壁にもダメージが入っているな」

 威力を重視したせいで制御が甘くなってしまったな。
 仕方なく俺は山を駆けおり、城壁に近づく。そこでは巨大魔族とカタパルトによる激戦が行われていたが、城壁の亀裂は刻一刻と大きくなっていく。このままでは城壁が破壊されるのも時間の問題だ。
 俺はどうにか山の麓の木立に隠れながら魔法が届く距離まで近づく。

「リカバリー」

 俺は残った魔力を全て使って城壁に魔法をかける。
 するとそこかしこにひびが入っていた城壁がみるみるうちに修復されていく。その様子はまるで時を巻き戻すかのようで、亀裂は消滅し、欠けていた部分は埋まっていく。あまりにきれいに城壁が直って様に思わず両軍は動きを止めてその場面を見守ったほどった。そして、城壁は開戦前よりもきれいな状態に戻る。

 それを見るとさすがの好戦的な魔族たちも度肝を抜かれたようで、やむなく去っていき、その後ろにカタパルトから放たれた岩が降り注ぐ。
 こうして、結果的に戦いは王国側の勝利で幕を下ろした。

「ふう、危ないところだった」

 その光景を見て俺はほっとする。もし一か所でも城壁が破壊され、突破されていれば今頃大変なことになっていただろう。とはいえ魔力のほとんどを使ってしまったので全身から力が抜け、その場に座り込んでしまう。

 すると、そんな俺の元に一人の王国兵士が走ってくる。

「も、もしやあなたが今の大魔法を使ってくださったのですか!?」
「そうだ」
「本当にありがとうございました! 今回の襲撃は今までの襲撃よりも規模が大きく、城壁が突破される寸前まで追いつめられていたところでした! あなたの魔法がなければ今頃どうなっていたことか……」

 兵士は興奮冷めやらぬといった雰囲気でまくしたてる。見た感じ二十前後の若者だ。大方、今の魔法の原因を探るよう言われてきたのだろう。

「まあたまたま近くにいたからな」
「まさかあなたのような凄腕の魔術師が近くにいるなんて……というかこんなところで何をしてらっしゃるのですか?」

 そこで兵士は真顔になる。自分で言うのもなんだが、普通俺のような凄腕の魔術師は国境の外を一人でうろうろしていることはない。兵士はそのおかしい状況に気づいたようだった。俺は少し迷ったが、正直に説明することにする。

「実は、俺は国を追放されたんだ」
「へ、追放ですか?」

 それを聞いた兵士は首をかしげる。

「俺の名はアルス。つい昨日、王宮を追放されてここに来たばかりだ」
「アルスと言えば、宮廷錬金術師の方ですか!? そんな方がなぜここに!?」

 俺の名前を聞いて兵士は再度驚く。どうも中央で起こった事件の知らせはここまで届いていなかったらしい。正直事件の顛末を自分で説明するのも嫌だったので俺は言葉を濁す。

「まあ色々あるんだ、そのうちこの辺にも知らせが届くだろう。お前たちも魔族の襲撃と戦うのは大変だと思うが頑張ってくれ」
「そ、そんな……せめて何かお礼をさせてください」

 兵士は悲痛な声を上げた。

「悪いが、俺は国境を越えることは出来ないんだ。じゃあな」

 ザンド砦は王国の領地内にあり、俺は王国に足を踏み入れてはならない。
 ここで砦内に招かれれば、砦の者たちが難癖をつけられるかもしれない。もう面倒なことはこりごりだったこともあり、俺は無理やり会話を打ち切ると山の中に戻っていった。

 そんな俺を兵士は呆然とした表情で見送るのだった。
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