弟子に”賢者の石”発明の手柄を奪われ追放された錬金術師、田舎で工房を開きスローライフする~今更石の使い方が分からないと言われても知らない~

今川幸乃

文字の大きさ
11 / 56
精霊姫ミリア

王都にて コールの悲劇

しおりを挟む
「何? ミリア殿下が戻って来た? 思いのほか早かったな」

 ミリアが戻って来たという報告を受けてコールは少し驚いた。彼女が王都を出てから約二十日ほど。そこそこの時間が経っていたが、エレナからは「戻ってこられる訳がない」と聞いていたので意外だった。それとも石の解析に失敗したと音をあげるのだろうか。

 とはいえ、この二十日ほどでエレナ一派はおおむね王宮内への根回しを終えた。現国王ガンドⅢ世は少し前から病床におり、政務をとれない。代わりに国政を動かしている大臣のムムーシュは己の栄達と引き換えにエレナと手を結ぶことを確約。王太子ケインは今年で十三歳になるが、覇気がなく早々にエレナに屈した。
 そして王宮内の要職にはエレナに味方しそうな貴族を配置。もはやミリアが戻って来たところで大した影響はないだろう。

 コールは部下を引き連れて、ミリアが住んでいた森の離宮に向かう。離宮とは言いつつも母の生まれが低いミリアには小さな家が一軒与えられただけで、彼女は実質放置されて育っていた。いい加減アルスの件をつつくのはやめて大人しくしていればいいのに、とコールは思う。
 コールが離宮の前に着くと、ドアが開いてミリアが出迎える。

「ミリア殿下、お帰りなさいませ。ご苦労でございます」

 そう言ってコールは慇懃に頭を下げる。

「精霊石の問題は解決しました。お渡ししますので、元のように厳重に保管しておいてください」

 ミリアは石が入った小箱を差し出す。解決したと聞いてコールは驚いたが、石がどのようなものかはエレナに聞いていないので案外すごいんだな、と思っただけだった。
 コールがちらっと中身を確認すると、渡した時はきらきらと輝いていた石は今は鈍く暗い光を発していた。正直コールに魔法の知識は全くないので、それが何を意味するのかは全く分からなかった。

 とはいえ、下手な小細工で誤魔化そうとしてもエレナであればすぐに見抜くだろう、とコールは思い直す。

「ありがとうございます。殿下のおかげで王国の平和は守られました。長旅お疲れ様でした、ゆっくりお休みなさいませ」
「そうですね、結構疲れたのでしばらくお休みをいただきたいです」

 ミリアは少し疲れた表情で言った。

「もちろんでございます、私からエレナ殿下に申し上げておきましょう」
「ありがとうございます」

 休みをいただくも何も、エレナはミリアに王族としての職務を割り振ることはほぼないだろう。自分から王宮の外へフェードアウトしてくれたようで手間が省けた、とコールはほくそ笑む。


 そして石の入った小箱を持ってエレナの元に向かおうとする。が、途中で使用人がこちらに歩いて来るのが見えた。

「ご主人様、ムムーシュ大臣から領地特産のいい酒が入ったので酒宴を催すとのお知らせでございます」
「何!? それは是非とも参加させていただかなければ」

 国王の病気がこのまま治らなければ当面の権力者はムムーシュになるだろう。エレナは第一王女であるが、基本的に表で政治を動かすのはムムーシュである。コールとしてはムムーシュとも仲良くなっておきたかった。

 ムムーシュは大臣であるため王宮内の敷地内に執務室を兼ねた屋敷をもらっている。アルスの追放が起こってからはエレナ派の貴族たちを集めて毎晩のように酒宴を繰り返していた。
 コールが屋敷に向かうと、すでに顔を赤くした貴族たちが大勢酒を飲んでいた。

「おお、コールではないか。遅かったな」

 そんなコールを見て声をかけてきたのは四十ほどの着飾った男だった。彼がムムーシュである。

「ムムーシュ様、本日はお招きいただきありがとうございます」
「うむ、そなたもエレナ殿下のために頑張っていると聞いてねぎらってやらねばと思ってな。今宵は存分に飲むと良いぞ」

 最近のムムーシュはいつもこのような感じで、国政よりも自派閥の貴族のねぎらいに精を出している。

「はい、ありがとうございます」
「時にミリア殿下の方はいかがであったかな?」
「すっかり政争に関わる気持ちはなくなったようにございます」
「そうか。面倒な奴らが沈黙し、これで大分快適になったな。これからは我らでたくさんいい思いをしようではないか」
「はい、殿下ともども一生ついていきます」

 コールが頭を下げるとムムーシュは満足げな笑みを浮かべた。
 その後コールは他の貴族たちに挨拶をしつつ酒を飲むのだった。



「ふぅ、今宵は少し飲み過ぎてしまったな」

 ずっと気になっていたミリアの一件が片付いたことに安堵したコールはついつい羽目を外し過ぎてしまった。
 ふと、もしミリアから精霊石を回収した場合はすぐにエレナの元に返すよう言われていたことを思い出す。しかし今のコールは完全にただの酔っ払いである。とても王女の前に姿を現せる状態ではない。

「まあ自室に鍵をかけて厳重に保管しておけば大丈夫だろう。明日朝いちばんに持っていけば問題あるまい」

 そして自室に戻ると倒れるように寝込んでしまった。



「うっ……苦しい」

 翌朝目を覚ましたコールは頭が割れるように痛むのを感じた。さらに全身から嫌な汗が噴き出し、悪寒が走る。布団を被っているはずなのに震えが止まらない。一体何の病気だ、と考えようとしたが頭痛がひどすぎて思考もままならない。

「う、薬……」

 そう言ってコールは布団から出て立ち上がろうとする。が、足を床についても力が入らない。そのままバランスを崩して頭から床にたたきつけられる。

「ぐあっ!」

 目がくらむような痛みとともにコールは気を失った。



「コールのやつ、遅いわね」

 一方、エレナは自室にて執務をしながらコールがいつまでたっても出仕しないことをいぶかしんでいた。
 有能な人物ではないが他人のご機嫌とりだけでのし上がったコールは基本的にエレナの不興をかうようなことはしたことがないので珍しいことだ。

「コールが昨日何していたか知る者はいない?」
「そうですね、確か帰還したミリア殿下から精霊石を受け取り、その後ムムーシュ大臣の酒宴に参加したと聞いておりますが」
「何だって!?」

 家臣の一人が何気なく答えると、ガタッと椅子を蹴ってエレナは立ち上がる。

「あいつ、石を受け取ったらすぐに渡しなさいとあれほど言っておいたのに酒にうつつを抜かしやがって……」

 そう言ってエレナは急いでコールの部屋へと向かう。
 突然のエレナの豹変に部下たちは慌てた。

「い、一体どちらに行かれるのですか!?」
「コールの部屋に決まっているでしょう。ついでに兵士を呼んで彼の部屋には誰も入れないようにしなさい!」
「は、はい」

 エレナの言葉の意味が全く分からないながらも家臣たちは言われるがままにする。




「間に合うといいけど……」

 エレナは到着するなりドアを開ける。そして中の光景を見て嘆息した。
 部屋の真ん中で倒れたコールは白目をむいて息絶え、全身は闇の魔力に侵食されて黒ずんでいる。精霊石、もとい闇呪石の影響であることは石を渡したエレナにはすぐに分かった。

「ミリアの呪殺に失敗したばかりかこんなことになるなんて」

 エレナは小さく舌打ちする。部屋の隅の引き出しから闇の魔力が漏れ出ているのがエレナにはすぐに分かった。エレナは引き出しの鍵を破壊して石を回収する。

「ファイア」

 エレナは部屋の隅にある暖炉に火をつける。第一王女の家臣が呪いにより死んでいたことが分かれば大騒ぎになり、最悪自分がミリアを呪殺しようとしていたことが露見する。やむなくエレナは証拠を全部隠滅することにした。

 宮中で起こった火事騒ぎとコールの死はエレナによる情報統制により大事件に発展することはなかった。しかしこれをきっかけに盤石と思われたエレナの権力は揺らいでいく。
 そしてこの事件に紛れるようにミリアは再び王宮から姿を消したが、誰もそれを気に掛ける者はいなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

最強付与術師の成長革命 追放元パーティから魔力回収して自由に暮らします。え、勇者降ろされた? 知らんがな

月ノ@最強付与術師の成長革命/発売中
ファンタジー
旧題:最強付与術師の成長革命~レベルの無い世界で俺だけレベルアップ!あ、追放元パーティーから魔力回収しますね?え?勇者降ろされた?知らんがな ・成長チート特盛の追放ざまぁファンタジー! 【ファンタジー小説大賞の投票お待ちしております!】  付与術のアレンはある日「お前だけ成長が遅い」と追放されてしまう。  だが、仲間たちが成長していたのは、ほかならぬアレンのおかげだったことに、まだ誰も気づいていない。  なんとアレンの付与術は世界で唯一の《永久持続バフ》だったのだ!  《永久持続バフ》によってステータス強化付与がスタックすることに気づいたアレンは、それを利用して無限の魔力を手に入れる。  そして莫大な魔力を利用して、付与術を研究したアレンは【レベル付与】の能力に目覚める!  ステータス無限付与とレベルシステムによる最強チートの組み合わせで、アレンは無制限に強くなり、規格外の存在に成り上がる!  一方でアレンを追放したナメップは、大事な勇者就任式典でへまをして、王様に大恥をかかせてしまう大失態!  彼はアレンの能力を無能だと決めつけ、なにも努力しないで戦いを舐めきっていた。  アレンの努力が報われる一方で、ナメップはそのツケを払わされるはめになる。  アレンを追放したことによってすべてを失った元パーティは、次第に空中分解していくことになる。 カクヨムにも掲載 なろう 日間2位 月間6位 なろうブクマ6500 カクヨム3000 ★最強付与術師の成長革命~レベルの概念が無い世界で俺だけレベルが上がります。知らずに永久バフ掛けてたけど、魔力が必要になったので追放した元パーティーから回収しますね。えっ?勇者降ろされた?知らんがな…

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

お前には才能が無いと言われて公爵家から追放された俺は、前世が最強職【奪盗術師】だったことを思い出す ~今さら謝られても、もう遅い~

志鷹 志紀
ファンタジー
「お前には才能がない」 この俺アルカは、父にそう言われて、公爵家から追放された。 父からは無能と蔑まれ、兄からは酷いいじめを受ける日々。 ようやくそんな日々と別れられ、少しばかり嬉しいが……これからどうしようか。 今後の不安に悩んでいると、突如として俺の脳内に記憶が流れた。 その時、前世が最強の【奪盗術師】だったことを思い出したのだ。

処理中です...