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教会

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 それから三日が経った。相変わらず魔力が戻ってくる気配はなかったし、学園内ではアルフはこれまでと同じように目立たないようにしていた。しかしエマたちが私に絡んでくると偶然近くを通りかかった振りをしてさりげなく私を助けてくれたので、直接的な嫌がらせを受けることはなくなった。

 三日後の放課後、教室を出た私にアルフが話しかけてくる。

「遅くなってごめん。今教会で一番力を持っている司祭様が公務で出払っていたけど、代わりの聖女様が対応してくれることになった。行こう」
「ありがとう」

 こうして私たちは一緒に教会へ向かうことになった。
 王都の教会は白壁で作られた壮麗な建物に、いくつもの高い尖塔がそびえたっている。中に入ると数百人は入りそうな礼拝堂があり、お祈りの日にはそこが満員になる。そこまで信心深い訳でもない私は観光のために一回ふらっと来たことがあるぐらいだが、きらきらしたステンドグラスがいくつもあってきれいだ。

 神様は聖女や神官の祈りに応えて主に治癒や豊穣といった形で人々に恵みをもたらしてくれる。そのため、この国では国王から民に至るまで幅広くに信仰されていた。
 今日も特に行事がある訳でもないが、何人かの国民が祈りを捧げているのが見える。

 そんな礼拝堂を抜け、アルフは一般の人が入ってはいけなさそうなドアを開き、中にある一室に入る。
 そこに待っていたのは白いローブを纏った老人と、私と同じくらいの少女……というかクラスメートのミラであった。

「嘘、ミラ!? そう言えば教会で聖女見習いをしてるって聞いていたけど……」

 私はつい驚きの声をあげてしまう。ミラは私と同じように下級貴族の出身で、魔法に打ちこんでいた私と違い彼女は神殿で聖女見習いをしていると聞いていた。境遇は似ていたけど、私への嫌がらせが激しくなった時期に、彼女に迷惑をかけてはいけないと思って私の方から彼女を遠ざけてしまっていた。
 一方のミラの方も私を見て驚いている。

「え、呪いを受けた方というのはレミリアさんだったのですか!?」
「うん、と言ってもまだ本当に呪いなのかは分からないけど。ミラは?」

 すると私の問いに答えたのは白髭の老人であった。

「実は今司祭長様が不在でして、私が代理を務めているのですが最近老化により魔力の衰えが酷く、彼女に補佐を頼もうと思った次第です」
「うん、私では不安かもしれないけど司祭様もいらっしゃるので安心して」

 要約すると魔法が使えて経験も豊富な司祭長がいないので知識や経験が豊富な司祭と魔力があるミラが協力するということだろうか。

「でもミラってそんなに魔力があったんだ」
「うん、魔法の腕はまだまだだけど魔力はあるの」

 なるほど、そういうパターンだったのか。テストはあくまで魔法の実力を見るもので、魔力だけを測るということはないのでミラは目立たなかったのだろう。魔法が火をつけることだとすると、魔力というのは油みたいなもので、持っているだけでは何の役にも立たず、魔法として使用するにはある程度の技術が必要になる。

「一応念を押しておくが、このことは内密で頼む」
「はい、わかりました……ってあなたはアルフ君!?」

 ミラはようやくアルフがクラスメイトであることに気づいたようだった。そんな反応を見てアルフは苦笑する。

「ははっ、まあ一応そういうことだ」

 とはいえ驚くミラにアルフはそれ以上の説明はしなかった。アルフの秘密を私だけに打ち明けてくれたようで少し嬉しい。

「では始めましょう。お二人はどうぞおかけになって楽にしていてください」

 私たちは司祭に促されるままに向かい合わせに座る。
 すると司祭は私に向かって目を閉じて手をかざす。

「ミラ、魔力を頼む」
「はい」

 ミラが司祭に手をかざすと、彼女の魔力が司祭に流れていく。そして司祭の手から聖なる光が発されて私の体を包む。
 すると。
 私の体内の、胸のあたりにぼわっと禍々しい黒い光が浮かび上がるのが見えた。それを見て私とミラは驚きの表情に変わり、司祭とアルフは険しい表情を浮かべる。

「ふむ……これはれっきとした呪いですな」
「やはりそうか。どうにかなりそうか?」
「もちろん、これを解くことは出来る。だが、解いてしまえば証拠はなくなるだろう」

 司祭が険しい表情のまま答える。
 それを聞いて私は理解した。呪いを解くことは出来るが、呪いが消滅すればシルヴィアが私を陥れたという証拠は完全になくなってしまい、そこで事件は終わってしまう。侯爵令嬢である彼女を明確な証拠なく拘束することはほぼ不可能だろう。
 もちろんアルフは追加で調査を行うが、シルヴィアから新たな証拠が見つかるかは分からない。

「例えばこの呪いを消さずにどうにかすることは出来るか?」
「普通に解く場合に比べて複雑な手順が必要になりますが、呪いのみを取り出すことも可能です。ただ、それでも呪いを消滅させるまでは効果が持続します」

 するとアルフが真剣な眼差しで私の方を向いた。

「これはレミリアに掛けられた呪いだからレミリアの意志を尊重する。これをどうしたい? この場で解くか、もしくは呪いにかかったまま調査を継続するか。もちろん呪いが解けたからといって怪しいのはシルヴィアであることに変わりはないし、僕は彼女の調査を続ける」

 だが、私の考えは決まっていた。おそらくアルフは私が呪いをこの場で解く、という選択を選びやすいようにそう言ってくれたのだろう。
 一応今の魔力でも進級自体には合格しているし、このまま呪いを解いて元の生活に戻るということも出来なくはない。魔力さえ戻れば大っぴらな嫌がらせもなくなるだろう。

 しかしこんなことをしてきたシルヴィアを放っておくことは出来ないし、それをアルフ一人に任せることはしたくない。アルフの調査を疑う訳ではないが、明確な証拠が出なければ侯爵家の力でもみ消される可能性が高い。

 私は意を決して司祭に尋ねる。

「呪いを取り出した場合、いつでも解除できるようになるってことですか?」
「取り出した場合、呪いは石か何かになると思ってください。それを砕けば呪いは消え、魔力は戻るでしょう」
「分かった。じゃあ私はいったん呪いを取り出して、その事実をシルヴィアに告げて白状するように迫る。もしそれでも応じなければ、終業式で呪いを解除する」

 私がきっぱり言うと、アルフは少し驚いたが頷いてくれた。

 終業式には毎年、その年度で学年で一番成績が良かった人が魔法を披露するという場がある。そこでいきなり呪いを解除すれば、シルヴィアは全校生徒の前で恥を晒すことになり、私よりも大きな屈辱を受けることになる。
 だからそれを盾に脅せばシルヴィアも白状するかもしれない。
 もっとも、白状すれば、他人を呪いにかけたことで当然重罪になるだろうけど。

「なるほど。僕としてもシルヴィアが白状してくれるのが一番助かる」
「うん。私もシルヴィアをそのままで済ませたくはないから」

 私たちは視線を合わせて頷き合う。

「分かりました。でしたら解呪の説明をいたします」
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