記憶の掃除屋

りい

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第二章 路地裏の宝石箱

第四話 路地裏の宝石箱

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「……わぁ……っ!」

路地に入った瞬間、リイナは思わず息を呑呑んだ。 ゴミ捨て場の隅や、湿った地面の割れ目、古びた配管の隙間――。いたるところに、宝石を散りばめたような「光の破片」が落ちていたからです。

それは、街の人々が捨てた「記憶のゴミ(メモリー・スクラップ)」。

あるものは夕焼けのような温かいオレンジ色に輝き、あるものは深い海の底のような静かな青を湛(たた)えています。それらが混ざり合い、薄暗い路地裏を幻想的な極彩色で彩っていた。

「綺麗……。これ、全部誰かの思い出なんですよね?」

リイナは夢中で駆け寄り、地面に落ちていた鮮やかなレモン色の破片に手を伸ばそうとしました。その破片からは、幼い子供が笑い転げるような、楽しげな感情がふわっと伝わってきます。
しかし、その指が光に触れる直前。

「……おい」

低い声が響くと同時に、リイナの視界がぐいっと持ち上がりました。

「ひゃあっ!?」

リイナの首根っこ(襟元)を、クロードが後ろから大きな手でガシッと掴み、そのまま、彼は足を止めることなく、リイナをズルズルと引きずりながら歩き始めた。

「ちょっと、先輩! 放してください! まだ今の記憶が……!」

「黙れ。さっきも言ったはずだ、フル・カラー。色に酔って足を止めるな」

クロードはバイザー越しに冷たい視線を向け、足元の光る破片を無造作に踏みつけて進みます。彼にとっては、どんなに美しい色も、ただの片付けるべき「汚れ」でしかありません。

「それはもう、誰かが『いらない』と判断して捨てたゴミだ。鮮度が落ちれば腐ってバグになる。感傷に浸っている暇があるなら、バキュームのスイッチを入れろ」

「でも、あんなに綺麗な色をしてるのに……。捨てた人は、本当に後悔してないんでしょうか」
首根っこを掴まれ、ジタバタと足を動かしながらも、リイナは後ろに遠ざかっていくレモン色の光をいつまでも見つめていました。

「……後悔するような奴は、最初からここへは来ない」

クロードはそう吐き捨てると、さらに路地の奥、ひときわ暗く、そして「毒々しい色」が渦巻いている場所へとリイナを引きずっていった。

「離してくださいってば、先輩! 自分で歩けますから!」

首根っこを掴まれ、空中で足をバタつかせるリイナを無視して、クロードは淡々と路地の奥へ進んでいく。 地面に散らばる美しい「記憶の破片」は、奥へ行くほどその輝きを失い、どろりとした嫌な色に変色していた。

「……おい、前を見ろ。あれが今日の片付け対象だ」

クロードがようやく手を離すと、リイナはよろけながらも、彼が指差す先を見た。 そこには、先ほどまでの宝石のような輝きは微塵もなかった。

数種類の記憶が無理やり混ざり合ったような、どす黒い赤紫色の塊。それは生き物のように不気味に脈打ち、時折、パチパチと火花のようなノイズを撒き散らしている。

「……うわっ、何ですかこれ。すごく、嫌な感じがします……」

「それが**『バグ』**だ。捨てられた記憶は、ただのデータじゃない。持ち主の強い感情がこびりついている。それを放置すれば、鮮度が落ちて腐敗し、ああやって周囲を侵食するバグに変貌する」

バグが震えるたびに、周囲の壁がボロボロと崩れ、景色が砂嵐のように歪んでいく。

「放っておけば、あのノイズはこの街の現実(リアル)を壊し始める。だから俺たちが、手遅れになる前にバキュームで回収して、処理場へ運ぶんだ。わかったか、フル・カラー」

クロードは腰のベルトから、円筒形のバキューム(回収ポッド)を抜き取った。

「いいか、まずはバイザーで中心核(コア)を見つけろ。一番色が濃くて、一番汚れている場所だ。そこにバキュームのノズルを固定して、一気に吸い込む」

クロードが流れるような動作で装置を構える。リイナも慌てて、自分のブカブカなバイザーを調整した。バイザー越しに見ると、バグの中心にはドロドロに溶けた「誰かの泣き顔」のようなイメージが張り付いているのが見えた。

「……っ、先輩! あのバグの中に、誰かが泣いている声が……!」

リイナが思わず駆け寄ろうとした瞬間。 バグから伸びた黒い触手のようなノイズが、リイナの足元を狙って鋭くしなった。

「しまっ――」

「バカ、突っ立ってんじゃねえ!」

横から伸びてきたクロードの腕が、再びリイナの襟元をガシッと掴んだ。 クロードはリイナを背後へ放り投げると同時に、バキュームのスイッチを入れた。

「(シュウゥゥゥゥッ!)」

激しい吸引音とともに、不気味な塊が銀色の筒の中へと飲み込まれていく。 やがて路地裏に静寂が戻り、歪んでいた壁も元の古びたレンガ造りに戻った。

クロードは肩で息をつきながら、地面にへたり込んでいるリイナを見下ろした。

「……今のを見たか。お前のように『色』に囚われて足を止める奴から、バグに飲み込まれて自分を失うんだ。他人の記憶に同情するな。俺たちの仕事は、あくまで『掃除』だ」

「……でも」

リイナは、空になったはずの地面を見つめた。 そこにはもう何もない。けれど、彼女の「フル・カラー」な心には、先ほどの泣き声の余韻が、消えない色となってこびりついていた。
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