10 / 11
第三章 先輩に認めてもらうため
第十話 いざ試験
しおりを挟む
一週間の猛勉強を経て、ついに試験当日がやってきた。 会場となる「中央清掃局」は、窓ひとつない真っ白な巨塔だ。行き交う受験生たちは、感情を切り捨てたような無機質な表情をしており、その中でリイナの赤い髪と鮮やかな瞳だけが、浮き上がった「異物」のように見えた。
リイナは、付箋(ふせん)でパンパンに膨らんだ教本を抱きしめ、入り口の前で立ち止まった。
「……おい、フル カラー」
隣を歩いていたクロードが、いつも通りの静かな声で呼び止める。 リイナが振り返ると、彼はバイザー越しではない、鋭くもどこか落ち着いた瞳でリイナを見つめていた。
「試験は筆記からだ。時間は九十判(ぷん)。問題数は百。お前の脳に詰まった無駄な記憶の中から、必要な答えを正確に検索してこい」
「……はい、先輩。でも、もし頭が真っ白になっちゃったら……」
リイナが弱気な声を漏らすと、クロードは無言で彼女の肩にポンと手を置いた。いつものように首根っこを掴んで引きずるのではなく、それは「行け」と背中を押すような、一人の清掃員として認めるような重みだった。
「……お前の色は、そんなに簡単に消えはしない。……行ってこい、フル カラー」
「……っ、はい!」
リイナは大きく頷くと、教本をクロードに預け、白一色の廊下を一人で進んでいった。
試験会場は、ペンを走らせる音だけが響く異様な静寂に包まれていた。 リイナは配られた問題用紙を開き、一瞬、呼吸を忘れた。
(……難しい。教本に載っていない応用問題ばっかりだ……)
問32:バグの核(コア)が精神汚染率45%を超えた際、清掃員が優先すべき安全確保の手順を述べよ。
リイナの頭の中で、昨日までの記憶がぐるぐると回り出す。移動中のモノレール、首根っこを掴まれながら必死に暗唱した数式、クロードの低い声。
『……いいか、フル カラー。数字を見るな。その奥にある、相手との「同調」の波形をイメージしろ』
(そうだ……まずは自分自身の「色の固定」を確認して、汚染波形を反転させる……!)
リイナは夢中でペンを動かした。 一問、また一問と解いていくうちに、彼女の周囲には不思議な感覚が広がっていった。 白一色の教室の中で、自分の書く文字だけが鮮やかな色を持って浮かび上がってくるような感覚。それは、捨てたことのない膨大な過去の記憶を「力」に変える、フル・カラーにしかできない回答(こたえ)の出し方だった。
(絶対に受かる。受かって、先輩に「名前」で呼んでもらうんだから……!)
試験終了のチャイム
「そこまで。筆記用具を置いてください」
試験監督の冷たい声が響き、リイナは最後の一文字を書き終えて大きく息を吐いた。 指先はインクで汚れ、頭は知恵熱が出そうなほど熱い。けれど、胸の中には不思議なほどの爽快感があった。
会場を出ると、ロビーの柱に背を預けているクロードの姿が見えた。
「……終わりました、先輩」
フラフラと歩み寄るリイナの足取りは危なっかしい。クロードは呆れたように小さくため息をつき、彼女が倒れないよう、そっと腕を掴んで支えた。
「……どうだった、フル カラー。自分の名さえ書き忘れていないだろうな」
「失礼ですね! 全部、ちゃんと埋めてきましたよ。……先輩が出してくれた問題、三つも出たんです」
「フン。当然だ、出る場所しか教えていないからな」
クロードはそう言うと、預かっていた教本をリイナに返した。 その表紙には、クロードがいつの間にか貼ったのか、小さな銀色のシール――合格を祈願する清掃局のシンボルマークが、控えめに光っていた。
「さあ、帰るぞ。結果が出るのは明日だ。……それまでは、そのブカブカの服のまま、あと少しだけ付き合え。フル カラー」
「あ、今の合格祝いのつもりですか!? もっと素直に喜ばせてくださいよぉ!」
リイナは文句を言いながらも、クロードの隣を並んで歩き始めた。 もう、彼に首根っこを掴まれなくても、リイナは自分の足で、この真っ白な世界を鮮やかに踏みしめていた。
リイナは、付箋(ふせん)でパンパンに膨らんだ教本を抱きしめ、入り口の前で立ち止まった。
「……おい、フル カラー」
隣を歩いていたクロードが、いつも通りの静かな声で呼び止める。 リイナが振り返ると、彼はバイザー越しではない、鋭くもどこか落ち着いた瞳でリイナを見つめていた。
「試験は筆記からだ。時間は九十判(ぷん)。問題数は百。お前の脳に詰まった無駄な記憶の中から、必要な答えを正確に検索してこい」
「……はい、先輩。でも、もし頭が真っ白になっちゃったら……」
リイナが弱気な声を漏らすと、クロードは無言で彼女の肩にポンと手を置いた。いつものように首根っこを掴んで引きずるのではなく、それは「行け」と背中を押すような、一人の清掃員として認めるような重みだった。
「……お前の色は、そんなに簡単に消えはしない。……行ってこい、フル カラー」
「……っ、はい!」
リイナは大きく頷くと、教本をクロードに預け、白一色の廊下を一人で進んでいった。
試験会場は、ペンを走らせる音だけが響く異様な静寂に包まれていた。 リイナは配られた問題用紙を開き、一瞬、呼吸を忘れた。
(……難しい。教本に載っていない応用問題ばっかりだ……)
問32:バグの核(コア)が精神汚染率45%を超えた際、清掃員が優先すべき安全確保の手順を述べよ。
リイナの頭の中で、昨日までの記憶がぐるぐると回り出す。移動中のモノレール、首根っこを掴まれながら必死に暗唱した数式、クロードの低い声。
『……いいか、フル カラー。数字を見るな。その奥にある、相手との「同調」の波形をイメージしろ』
(そうだ……まずは自分自身の「色の固定」を確認して、汚染波形を反転させる……!)
リイナは夢中でペンを動かした。 一問、また一問と解いていくうちに、彼女の周囲には不思議な感覚が広がっていった。 白一色の教室の中で、自分の書く文字だけが鮮やかな色を持って浮かび上がってくるような感覚。それは、捨てたことのない膨大な過去の記憶を「力」に変える、フル・カラーにしかできない回答(こたえ)の出し方だった。
(絶対に受かる。受かって、先輩に「名前」で呼んでもらうんだから……!)
試験終了のチャイム
「そこまで。筆記用具を置いてください」
試験監督の冷たい声が響き、リイナは最後の一文字を書き終えて大きく息を吐いた。 指先はインクで汚れ、頭は知恵熱が出そうなほど熱い。けれど、胸の中には不思議なほどの爽快感があった。
会場を出ると、ロビーの柱に背を預けているクロードの姿が見えた。
「……終わりました、先輩」
フラフラと歩み寄るリイナの足取りは危なっかしい。クロードは呆れたように小さくため息をつき、彼女が倒れないよう、そっと腕を掴んで支えた。
「……どうだった、フル カラー。自分の名さえ書き忘れていないだろうな」
「失礼ですね! 全部、ちゃんと埋めてきましたよ。……先輩が出してくれた問題、三つも出たんです」
「フン。当然だ、出る場所しか教えていないからな」
クロードはそう言うと、預かっていた教本をリイナに返した。 その表紙には、クロードがいつの間にか貼ったのか、小さな銀色のシール――合格を祈願する清掃局のシンボルマークが、控えめに光っていた。
「さあ、帰るぞ。結果が出るのは明日だ。……それまでは、そのブカブカの服のまま、あと少しだけ付き合え。フル カラー」
「あ、今の合格祝いのつもりですか!? もっと素直に喜ばせてくださいよぉ!」
リイナは文句を言いながらも、クロードの隣を並んで歩き始めた。 もう、彼に首根っこを掴まれなくても、リイナは自分の足で、この真っ白な世界を鮮やかに踏みしめていた。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
あの、初夜の延期はできますか?
木嶋うめ香
恋愛
「申し訳ないが、延期をお願いできないだろうか。その、いつまでとは今はいえないのだが」
私シュテフイーナ・バウワーは今日ギュスターヴ・エリンケスと結婚し、シュテフイーナ・エリンケスになった。
結婚祝の宴を終え、侍女とメイド達に準備された私は、ベッドの端に座り緊張しつつ夫のギュスターヴが来るのを待っていた。
けれど、夜も更け体が冷え切っても夫は寝室には姿を見せず、明け方朝告げ鶏が鳴く頃に漸く現れたと思ったら、私の前に跪き、彼は泣きそうな顔でそう言ったのだ。
「私と夫婦になるつもりが無いから永久に延期するということですか? それとも何か理由があり延期するだけでしょうか?」
なぜこの人私に求婚したのだろう。
困惑と悲しみを隠し尋ねる。
婚約期間は三ヶ月と短かったが、それでも頻繁に会っていたし、会えない時は手紙や花束が送られてきた。
関係は良好だと感じていたのは、私だけだったのだろうか。
ボツネタ供養の短編です。
十話程度で終わります。
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
あの素晴らしい愛をもう一度
仏白目
恋愛
伯爵夫人セレス・クリスティアーノは
33歳、愛する夫ジャレッド・クリスティアーノ伯爵との間には、可愛い子供が2人いる。
家同士のつながりで婚約した2人だが
婚約期間にはお互いに惹かれあい
好きだ!
私も大好き〜!
僕はもっと大好きだ!
私だって〜!
と人前でいちゃつく姿は有名であった
そんな情熱をもち結婚した2人は子宝にもめぐまれ爵位も継承し順風満帆であった
はず・・・
このお話は、作者の自分勝手な世界観でのフィクションです。
あしからず!
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる