記憶の掃除屋

りい

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第三章 先輩に認めてもらうため

第十話 いざ試験

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一週間の猛勉強を経て、ついに試験当日がやってきた。 会場となる「中央清掃局」は、窓ひとつない真っ白な巨塔だ。行き交う受験生たちは、感情を切り捨てたような無機質な表情をしており、その中でリイナの赤い髪と鮮やかな瞳だけが、浮き上がった「異物」のように見えた。

リイナは、付箋(ふせん)でパンパンに膨らんだ教本を抱きしめ、入り口の前で立ち止まった。

「……おい、フル カラー」

隣を歩いていたクロードが、いつも通りの静かな声で呼び止める。 リイナが振り返ると、彼はバイザー越しではない、鋭くもどこか落ち着いた瞳でリイナを見つめていた。

「試験は筆記からだ。時間は九十判(ぷん)。問題数は百。お前の脳に詰まった無駄な記憶の中から、必要な答えを正確に検索してこい」

「……はい、先輩。でも、もし頭が真っ白になっちゃったら……」

リイナが弱気な声を漏らすと、クロードは無言で彼女の肩にポンと手を置いた。いつものように首根っこを掴んで引きずるのではなく、それは「行け」と背中を押すような、一人の清掃員として認めるような重みだった。

「……お前の色は、そんなに簡単に消えはしない。……行ってこい、フル カラー」

「……っ、はい!」

リイナは大きく頷くと、教本をクロードに預け、白一色の廊下を一人で進んでいった。


試験会場は、ペンを走らせる音だけが響く異様な静寂に包まれていた。 リイナは配られた問題用紙を開き、一瞬、呼吸を忘れた。

(……難しい。教本に載っていない応用問題ばっかりだ……)

問32:バグの核(コア)が精神汚染率45%を超えた際、清掃員が優先すべき安全確保の手順を述べよ。

リイナの頭の中で、昨日までの記憶がぐるぐると回り出す。移動中のモノレール、首根っこを掴まれながら必死に暗唱した数式、クロードの低い声。

『……いいか、フル カラー。数字を見るな。その奥にある、相手との「同調」の波形をイメージしろ』

(そうだ……まずは自分自身の「色の固定」を確認して、汚染波形を反転させる……!)

リイナは夢中でペンを動かした。 一問、また一問と解いていくうちに、彼女の周囲には不思議な感覚が広がっていった。 白一色の教室の中で、自分の書く文字だけが鮮やかな色を持って浮かび上がってくるような感覚。それは、捨てたことのない膨大な過去の記憶を「力」に変える、フル・カラーにしかできない回答(こたえ)の出し方だった。

(絶対に受かる。受かって、先輩に「名前」で呼んでもらうんだから……!)

試験終了のチャイム

「そこまで。筆記用具を置いてください」

試験監督の冷たい声が響き、リイナは最後の一文字を書き終えて大きく息を吐いた。 指先はインクで汚れ、頭は知恵熱が出そうなほど熱い。けれど、胸の中には不思議なほどの爽快感があった。

会場を出ると、ロビーの柱に背を預けているクロードの姿が見えた。

「……終わりました、先輩」

フラフラと歩み寄るリイナの足取りは危なっかしい。クロードは呆れたように小さくため息をつき、彼女が倒れないよう、そっと腕を掴んで支えた。

「……どうだった、フル カラー。自分の名さえ書き忘れていないだろうな」

「失礼ですね! 全部、ちゃんと埋めてきましたよ。……先輩が出してくれた問題、三つも出たんです」

「フン。当然だ、出る場所しか教えていないからな」

クロードはそう言うと、預かっていた教本をリイナに返した。 その表紙には、クロードがいつの間にか貼ったのか、小さな銀色のシール――合格を祈願する清掃局のシンボルマークが、控えめに光っていた。

「さあ、帰るぞ。結果が出るのは明日だ。……それまでは、そのブカブカの服のまま、あと少しだけ付き合え。フル カラー」

「あ、今の合格祝いのつもりですか!? もっと素直に喜ばせてくださいよぉ!」

リイナは文句を言いながらも、クロードの隣を並んで歩き始めた。 もう、彼に首根っこを掴まれなくても、リイナは自分の足で、この真っ白な世界を鮮やかに踏みしめていた。
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