『ハッピーエンドを綴じ直す:絶望図書館の脱出ゲーム』

りい

文字の大きさ
1 / 7
第一章 シンデレラの救出

第一話 絶望図書館と灰色のシンデレラ

しおりを挟む
セミの鳴き声が、耳の奥を突き刺すように響いている。アスファルトの照り返しはないものの、森の湿った熱気は肌にまとわりつき、中学生の僕たちから体力を容赦なく奪っていった。

「ねえ、本当にこっちなの? さっきから同じような木しか見てないんだけど!」

先頭を歩く葵(あおい)が、制服のポロシャツの襟元をパタパタと仰ぎながら振り返った。ショートカットの髪は汗で張り付いているが、その瞳にはまだエネルギーが宿っている。

「地図によれば、この先だよ。……ほら、奏太もスマホばっかり見てないで、足元注意して」

僕、創(はじめ)はメガネを指で押し上げながら、後ろを歩く奏太(そうた)に声をかけた。奏太は大きなヘッドホンを首にかけ、携帯ゲーム機のような端末を操作しながら、危なげない足取りで倒木をひょいと飛び越えた。

「……GPS、不安定。でも、この先に巨大な構造物があるのは確かだよ」

奏太は顔を上げずにそれだけ言った。 僕たちがこんな人気のいない森の奥にいるのは、理不尽な夏休みの宿題のせいだ。「地域の歴史遺産を一つ選び、詳細なレポートを作成せよ」。適当にネットで調べて済ませようとした葵が、偶然見つけたのが『森の私設図書館』という古い記述だった。

「だいたいさ、課題多すぎなんだよ! 数学のプリントだってまだ半分残ってるのに、なんでこんな山登りまでしなきゃいけないわけ?」

「文句を言っても終わらないよ、葵。さっさと調査して、写真を撮って帰ろう。僕だって早く涼しい部屋で読書がしたい」

「創はここに来ても本を読むつもりでしょ。あ、見えた!」

葵が指差した先。木々の隙間から、周囲の風景に溶け込むように建つ石造りの建物が現れた。 それは図書館というより、小さな砦のようだった。壁一面を太い蔦が這い回り、窓は高い位置に数えるほどしかない。

「……不気味だね。誰かいるのかな」

奏太が初めて顔を上げ、無機質な建物を凝視した。 入り口の重い鉄の扉は、鍵がかかっていないのか少しだけ隙間が開いている。僕たちは顔を見合わせ、吸い込まれるように中へと足を踏み入れた。
室内は、外の暑さが嘘のようにひんやりとしていた。 天井まで届く高い本棚には、背表紙の文字が掠れた古い本が隙間なく並んでいる。窓から差し込む細い光の筋の中に、無数の埃がダンスを踊るように舞っていた。

「うわ……すごい。ここ、全部本なの?」

葵の声が、高い天井に反響して戻ってくる。 僕は吸い寄せられるように、一番近くの本棚へ歩み寄った。歴史、科学、哲学……。見たこともない装丁の本ばかりだ。しかし、どの本もどこか「暗い」色を帯びている気がした。
その時、奏太が足元にあるものを見つけた。

「……落ちてる。これ」

通路の中央に、一冊の本がぽつんと落ちていた。表紙は真っ黒で、タイトルだけが銀色の細い文字で刻まれている。

『シンデレラ』

「なんだ、シンデレラか。それなら私でも知ってるよ。カボチャの馬車が出てきて、最後は王子様と結婚してハッピーエンド、でしょ?」

葵がひょいと本を拾い上げた。だが、本を開いた彼女の顔から、すぐに余裕が消えた。

「……ねえ、これ、変だよ」

僕と奏太は、葵の両脇から本を覗き込んだ。 そこには、僕たちが知っている美しい童話とは似ても似つきない、残酷な文章が並んでいた。

『シンデレラは地下室で、割れたガラスの靴の破片を見つめていた。 魔法使いは現れなかった。舞踏会へ行くためのドレスは、継母の手によってずたずたに切り裂かれ、灰の中に埋もれている。 12時の鐘が鳴る。それは祝福の合図ではなく、絶望の完成を告げる弔鐘だった。 王子は別の娘と結婚し、シンデレラは一生、日の当たらない地下室で灰を数え続ける運命を受け入れた。 ――物語は、永遠の闇の中で幕を閉じる。』

「……バッドエンド。全部、救いがない」

奏太の呟きが、冷たい空気の中に落ちる。 僕の知っているシンデレラじゃない。こんな悲しい結末、あっていいはずがない。

「どういうこと? 書きかけの同人誌か何かかな……。あ、これ」

葵が、本のページに挟まっていたものに気づいた。 それは、銀色の輝きを放つ、不思議なほど長い**「しおりの紐」**だった。 シルクのような光沢があり、本から外へ、誘うように垂れ下がっている。

「これ、なあに? しおり? 引っ張ってみてもいいかな」

「待て、葵! 何か嫌な予感がする」

僕の制止よりも早く、葵の指が銀色の紐を強く引いた。
カチリ、と。 世界中の時計が同時に止まったような、奇妙な音が響いた。
次の瞬間、足元の床が黒いインクのように溶け出した。 本から溢れ出した銀色の光が、猛烈な勢いで僕たちを包み込んでいく。

「きゃあああ!?」

 「うわっ、なんだこれ!?」

 「……うわああ……!」

重力が消え、視界がぐにゃりと歪む。 図書室の埃っぽい匂いは消え、代わりにツンと鼻を突く「冷たい雨」と「焦げた灰」の匂いが立ち込めた。
どん、と硬い地面に叩きつけられる衝撃。 恐る恐る目を開けると、そこはもう、あの静かな図書館ではなかった。
空はどんよりとした鉛色に覆われ、冷たい雨が降り頻っている。 目の前には、半分崩れ落ちたカボチャのような形の荷車と、泥にまみれたボロボロのドレスを抱えて、虚空を見つめる一人の少女が座り込んでいた。

「……ここ、どこだよ」

葵が呆然と立ち上がる。彼女の手には、まだあの真っ黒な本が握られていた。 ただ、表紙のタイトルが、不気味な光を放ちながら書き換わっている。

『第一章:灰を被ったままの少女(脱出不能)』

「……何これ、中が真っ白になってる!」

葵の叫び声に、僕と奏太は顔を寄せた。 さっきまで、あの絶望的なバッドエンドが綴られていたはずのページは、今や雪原のように何ひとつ書かれていない空白へと変わっていた。

「さっき読んだ文章はどこに行っちゃったの? 読み間違いだったなんて言わせないよ、あんなに怖かったんだから」

葵が焦ったようにページをめくる。だが、どれだけめくっても白、白、白。 その時、奏太の鋭い指先が、真っ白な紙の中央を指した。

「……あ、出てきた」

空白の真ん中に、ぽつりとインクの染みが浮かび上がった。 それは生き物のように蠢きながら、複雑な網目状に広がり、やがて整然とした「文字」へと姿を変えていく。それはまるで、この世界そのものが僕たちに語りかけているようだった。
【絶望図書館:修復規約】

一、修復対象: 第一章『灰を被ったままの少女』

二、勝利条件: 絶望の連鎖を断ち切り、物語を『真のハッピーエンド』へと導くこと。

三、離脱条件: 勝利条件の達成。それ以外の方法による現実世界への帰還は不可能とする。

四、再試行(リトライ): 物語がバッドエンドで確定した場合、時間は「この物語に入った瞬間」まで巻き戻る。

「……やり直しができるんだ」 奏太が少しホッとしたように呟いた。

「消失とか怖いこと書いてなくて良かった……。でも、ハッピーエンドにできるまで、私たちはこの雨の中を何度もループするってこと?」

葵が不安げに周囲を見渡す。冷たい雨は止まず、シンデレラは泥の中で動かないままだ。

「そうだね。死ぬことはないみたいだけど、正解を見つけるまでここから出られない。まさに『リアル脱出ゲーム』だ。……でも、逆に言えば、失敗してもその経験を次に活かせるってことだよ」

僕はメガネを押し上げ、自分自身を落ち着かせるように言った。 一度目で失敗して情報を集め、二度目で仕掛けを解く。僕たち3人の得意分野を合わせれば、絶対に攻略できるはずだ。

「よし! そうと決まれば、まずは情報収集だよ。あの子に話しかけてみよう!」

葵が駆け出し、僕と奏太もそれに続いた。 僕たちの手にある真っ白な本。今はまだ一文字も書かれていないけれど、ここにはこれから僕たちが作り出す「最高の逆転劇」が刻まれていくはずだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...