『ハッピーエンドを綴じ直す:絶望図書館の脱出ゲーム』

りい

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第一章 シンデレラの救出

第二話 灰かぶりの少女

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冷たい雨が、容赦なく僕たちの体温を奪っていく。 葵が泥の中に膝をつき、震える少女――シンデレラの肩にそっと手を置いた。

「ねえ、大丈夫……? 何があったのか、教えてくれる?」

シンデレラはゆっくりと顔を上げた。その瞳には、かつて物語で語られたような輝きは微塵もない。ただ、深い絶望と、諦めの色だけが沈んでいた。

「……もう、終わりなの。お母様の形見のドレスは引き裂かれ、魔法使い様も……私を見捨ててしまった。お城の舞踏会では、今頃王子様が運命の人を選んでいるわ。私には、この冷たい灰と雨しか残されていないの……」

「魔法使いが、見捨てた?」 僕はシンデレラの言葉に引っかかった。 「本来なら、ここでカボチャが馬車に、ネズミが馬に変わるはずだよね。……奏太、何か気づくことはある?」

奏太はすでに、少し離れた場所に転がっている「カボチャの成れの果て」を調べていた。首のヘッドホンをずらし、何かを聴き取るように耳を澄ませている。

「……これ、ただの野菜じゃない。何かが『詰まってる』」

奏太が指差したのは、腐りかけのカボチャのヘタの部分だった。そこには、不自然に銀色の細い糸が巻き付いている。それは、僕たちをこの世界に引きずり込んだ「しおりの紐」と同じ輝きを放っていた。

「バッドエンドの原因はこれか……!」 僕は確信した。「本来の魔法の発動を、この銀色の紐――『絶望の呪い』が邪魔してるんだ」

「じゃあ、それを解けばいいのね!」 葵が立ち上がり、自分のリュックを探った。「待って、確かこれがあったはず……」

葵が取り出したのは、学校の家庭科で使っている**「裁縫セットの小さなハサミ」**だった。

「これでその紐を切ってみる! 奏太、押さえてて!」

葵と奏太が協力して、カボチャに絡みついた銀色の紐にハサミを入れようとした、その時だった。

『……誰だ、物語の結末を邪魔する者は』

頭上から、低く、地を這うような声が響いた。 見上げると、雨の夜空に巨大な「黒いモヤ」が渦巻いている。それは次第に形を成し、巨大な**「時計の針」**のような姿に変わった。

「あれが……このバッドエンドを監視してるやつなの!?」

真っ白な本が、僕の手の中で激しく熱を帯びた。 ページが勝手にめくれ、新しい文字が刻まれる。

【クエスト発生:魔法の障壁を排除せよ】 制限時間:5分(12時の鐘が鳴り終わるまで) 失敗時:リトライ(物語の最初へ)

「5分しかない!? 創、どうすればいい!?」

葵の叫び声と同時に、お城の方からボーン、と重苦しい鐘の音が響き渡った。 一回目の、鐘の音。 ハッピーエンドへのタイムリミットが、動き出したんだ。

「……もう、無理よ。魔法なんて、最初からなかったのよ……」

泥にまみれたドレスを抱え、シンデレラが力なく首を振る。その声は、降りしきる雨の音にかき消されそうだった。 葵は彼女の隣にしゃがみ込み、何か声をかけようとして、ふと泥の中に**「異質な輝き」**を見つけた。

「ねえ、これ……。シンデレラのドレスを切り裂いたやつじゃない?」

葵が泥の中から拾い上げたのは、真っ黒に錆びついた巨大なハサミだった。 ただの道具ではない。持ち手の部分は歪にねじれ、刃先からは「悪意」が滲み出ているような、見る者に生理的な嫌悪感を抱かせる不気味なハサミだ。継母が彼女の希望を切り裂くために使い、そのまま投げ捨てたものだろう。

「……ひどい。こんな凶器みたいなもので、あんなに綺麗なドレスを……」

葵が怒りに震える手でハサミを握りしめた。その瞬間、奏太が「待って」と声を上げた。

「……そのハサミ。普通じゃない。見て、銀色の紐に反応してる」

奏太が指差した先。腐ったカボチャに絡みついている「絶望の紐」が、葵が持つハサミに呼応するように、ドクンドクンと脈打ち始めたのだ。

「なるほど……。毒を以て毒を制す、か」 僕はメガネを押し上げ、真っ白な本に目を落とした。 「この世界では、『絶望を作り出した道具』だけが、『絶望の呪い』を断ち切れるのかもしれない。葵、そのハサミなら、カボチャに巻き付いた紐を切れるはずだ!」

「やってみる!」

葵がハサミを構え、カボチャへ歩み寄る。しかし、物語はそれを許さなかった。

『……ハッピーエンドなど、許さない……』

空を割るような地響きとともに、二回目の鐘が鳴り響いた。 ボーン――。

それと同時に、僕たちの周囲の雨が「黒い針」へと姿を変え、意志を持っているかのように葵へ襲いかかった。

「きゃっ!?」

「葵、伏せて!」 奏太が瞬時に葵の腕を掴み、地面に引き倒す。葵の髪の毛数本が、黒い雨に削り取られて舞った。 見上げると、上空の黒いモヤが凝縮し、巨大な「時計の長針」のような姿をした監視者が、鋭い先端をこちらに向けて静止している。

「創! どうにかしてよ! 近寄れない!」 葵が泥まみれになりながら叫ぶ。

僕は必死に頭を回転させた。 時計の針は、僕たちがカボチャに触れようとするたびに攻撃してくる。闇雲に突っ込んでも、やり直し(リトライ)になるだけだ。

「奏太、あいつの動きを観察してくれ! 何か法則があるはずだ!」

「……わかってる。待って……」 奏太はヘッドホンを両耳に当て、世界から「音」を遮断して、黒い針の動きだけに集中した。 三回目の鐘が鳴る。ボーン――。

「……見えた。あいつ、鐘の音が鳴ってる間だけ、動きが止まる。正確には、音の振動で『ピント』がズレてるんだ」

「鐘の音の間だけ!? でも、一回の鐘の音なんて数秒だよ!?」

「十分だ。葵、次の鐘が鳴ったら走れ!」

僕は自分のリュックをひっくり返し、中から**「夏休みの工作用の反射テープ」と、「アルミホイル」**を引っ張り出した。

「葵、これでハサミの刃を巻いて! 監視者の『黒い視線』を反射させれば、数秒だけ位置を誤魔化せるはずだ。奏太、タイミングを計ってくれ!」

「了解……。来るよ。3、2、1……」

ボーン――! 四回目の鐘が、夜の静寂を震わせた。

「今だ、行け!!」

葵が弾かれたように泥を蹴った。 アルミホイルを巻き付けたハサミが、雨の中でギラリと光を反射する。 上空の監視者が狙いを定めようとするが、反射光に惑わされ、攻撃がコンマ数秒遅れた。

「おおおおお!!」

葵はカボチャに飛びつくと、その邪悪なハサミを、銀色の紐の「結び目」に突き立てた。

ギチィィィィッ!!

金属が軋むような悲鳴を上げて、銀色の紐が弾け飛ぶ。 その瞬間、腐っていたカボチャが、内側から溢れ出す圧倒的な黄金の光に包まれた。

「……あ……っ」

泥の中で動けずにいたシンデレラが、目を見開く。 光は彼女のドレスにも伝播し、引き裂かれた布地が、まるで逆再生のように繋ぎ合わされていった。灰色のドレスが、光り輝く純白の絹へと変わっていく。

「やった……のか?」

僕たちが息を呑んだその時。 シンデレラの足元に、光り輝く「ガラスの靴」が片方だけ出現した。 だが、もう片方の靴の場所は――まだ暗闇に包まれたままだ。

真っ白だった僕の本に、新たな一節が刻まれる。

『絶望は裂かれた。しかし、王子の心は依然として深い霧の中に閉ざされている。』

「まだ終わりじゃないみたいだね」 奏太が静かに言った。 「靴が片方足りない。……たぶん、これがお城へ行くための『入館証』になるんだ」
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