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第一章 シンデレラの救出
第五話 物語はこれで終わり?
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お城の舞踏会がまばゆい光に包まれ、すべてが白く塗りつぶされた。その瞬間、僕たちは強烈な浮遊感に放り出される。ジェットコースターが急降下する時のような、お腹がふわっと浮くあの感覚だ。
次に目を開けたとき、鼻を突いたのは冷たい雨の匂いじゃない。古びた紙と埃が混ざり合った、いつもの図書館の匂いだった。
「……げほっ、げほっ! なに、今の……」
葵(あおい)が激しくむせ込みながら、石造りの床に膝をついた。彼女の指は、まだあの泥だらけのハサミを握りしめていた感触が残っているのか、幽霊を掴むように何度も開いたり閉じたりしている。
「戻った……のか? 本当に?」
僕は震える手でメガネをかけ直した。視界がはっきりすると、そこには僕たちがついさっきまで立っていた、あの『森の私設図書館』の光景が広がっていた。高い天井まで届く本棚、静かに舞う埃、そして窓から差し込む、少しオレンジ色がかった午後の光。
「……信じられない。あんなに雨に降られたのに、服が乾いてる」
奏太(そうた)が自分のパーカーの袖を引っ張って、不思議そうに呟いた。 確かにそうだ。シンデレラの絶望的な世界では、僕たちは泥にまみれ、激しい雨に打たれ、心身ともに疲れ果てていたはずだ。でも今、僕たちの体には濡れた感覚も、泥の汚れも、一切残っていない。まるで、あの数時間が「なかったこと」になったみたいだ。
「ねえ、ちょっと見てよこれ! おかしいって!」
葵がリュックの外ポケットからスマホをひったくるように取り出し、画面を僕たちの前に突きつけた。
「15時42分……。 私たちが本に吸い込まれたとき、僕が『もうすぐ15時45分だ』って言ったよね? あの時から、一分も進んでない!」
「そんなバカな……」
僕は自分の腕時計を確認した。秒針はチクタクと規則正しく動いているけど、時刻は葵のスマホと全く同じ、15時42分を指している。 僕たちはあの世界で、シンデレラを励まし、仕掛けだらけの屋敷を走り回り、お城で舞踏会を成功させるために、とんでもなく長い時間を過ごしたはずなのに。
「……GPSの記録も、ネットの時間も、僕たちが消えた瞬間から1秒も刻まれていない」
奏太がヘッドホンを首にかけ直し、スマホの画面をタップしながら冷静に分析する。 「どうやら、あの本の中にいる間、現実世界の時間は完全にストップしているみたいだ。僕たちが何時間あの中で過ごしても、こっちに戻ってくれば『たった今』に戻る。……そういうルールなんだよ、この図書館は」
僕は、足元にポツンと落ちていた一冊の本を拾い上げた。 それは、あの真っ黒だった『シンデレラ』の本だ。
でも、今のその本は、以前のような不気味な黒光りを失っていた。表紙には柔らかな光沢があり、タイトルロゴも温かみのある銀色に変わっている。 ドキドキしながらページをめくってみると、そこにはかつての「バッドエンド」の文章は一行も残っていなかった。
代わりに、僕たちが作り上げた新しい結末――王子とシンデレラが手を取り合い、光り輝くお城で踊る姿が、美しい挿絵と共に綴られていた。
「……僕たちがやったこと、ちゃんと消えないで残ってるんだ」
葵が少しだけ安心したように、そのページを指でそっとなぞった。 僕たちが流した汗も、奏太の計算も、葵のひらめきも。すべてはこの本の中に刻まれ、一つの「正しい物語」として生まれ変わった。
時間は進んでいない。 けれど、僕たちの心と体は確実に**「消耗」**していた。
「時間は経ってないかもしれないけど……私、もう一歩も動けないくらいお腹が空いたよ。足だってパンパンだし」
葵がその場に座り込んでしまった。 そうなのだ。時間の進みは止まっていても、脳を使いすぎた熱っぽさや、走り回った後の筋肉の疲れは、しっかりと僕たちの体の中に残っている。
「……皮肉だね。時間は止まっていても、僕たちの体力だけはリアルに削られていくなんて」
僕はリュックから水筒を取り出し、ぬるくなったお茶を飲み干した。 ふと、周囲の空気が再び重くなるのを感じ、僕は顔を上げた。
カタカタ……カタカタカタ……。
静まり返った図書館の奥から、不気味な震動音が響いてくる。 一冊の本を直せば終わりだと思っていた。でも、現実はもっと過酷なようだ。
「……見て。あっちの本棚」
奏太が指差した先。 『赤ずきん』、『ヘンゼルとグレーテル』、『人魚姫』……。 背表紙の並ぶ本棚のあちこちから、あの邪悪な**「銀色のしおり」**が、まるで毒ヘビの舌のようにチロチロと現れ始めていた。
一つの物語がハッピーエンドに綴じ直されたことで、図書館全体の「絶望」が刺激され、他の物語たちが一斉に目を覚まそうとしている。そんな嫌な予感が、僕の背中を駆け抜けた。
「冗談じゃないよ……。まだやるの? 宿題だってあるのに!」
葵が叫んだが、僕たちの前に、また新しい一冊の本が棚から勢いよく飛び出した。 地面に落ちたその本の表紙には、真っ赤な頭巾を被った少女の姿。 でも、その背景には巨大な狼の影が、今にも彼女を飲み込もうと口を開けていて――。
「……やるしかないんだね。全部の本を直すまで」
僕はメガネを押し上げ、新しく現れた『赤ずきん』の本を手に取った。 中学生3人の、終わらない不思議な夏休みは、まだ始まったばかりだった。
次に目を開けたとき、鼻を突いたのは冷たい雨の匂いじゃない。古びた紙と埃が混ざり合った、いつもの図書館の匂いだった。
「……げほっ、げほっ! なに、今の……」
葵(あおい)が激しくむせ込みながら、石造りの床に膝をついた。彼女の指は、まだあの泥だらけのハサミを握りしめていた感触が残っているのか、幽霊を掴むように何度も開いたり閉じたりしている。
「戻った……のか? 本当に?」
僕は震える手でメガネをかけ直した。視界がはっきりすると、そこには僕たちがついさっきまで立っていた、あの『森の私設図書館』の光景が広がっていた。高い天井まで届く本棚、静かに舞う埃、そして窓から差し込む、少しオレンジ色がかった午後の光。
「……信じられない。あんなに雨に降られたのに、服が乾いてる」
奏太(そうた)が自分のパーカーの袖を引っ張って、不思議そうに呟いた。 確かにそうだ。シンデレラの絶望的な世界では、僕たちは泥にまみれ、激しい雨に打たれ、心身ともに疲れ果てていたはずだ。でも今、僕たちの体には濡れた感覚も、泥の汚れも、一切残っていない。まるで、あの数時間が「なかったこと」になったみたいだ。
「ねえ、ちょっと見てよこれ! おかしいって!」
葵がリュックの外ポケットからスマホをひったくるように取り出し、画面を僕たちの前に突きつけた。
「15時42分……。 私たちが本に吸い込まれたとき、僕が『もうすぐ15時45分だ』って言ったよね? あの時から、一分も進んでない!」
「そんなバカな……」
僕は自分の腕時計を確認した。秒針はチクタクと規則正しく動いているけど、時刻は葵のスマホと全く同じ、15時42分を指している。 僕たちはあの世界で、シンデレラを励まし、仕掛けだらけの屋敷を走り回り、お城で舞踏会を成功させるために、とんでもなく長い時間を過ごしたはずなのに。
「……GPSの記録も、ネットの時間も、僕たちが消えた瞬間から1秒も刻まれていない」
奏太がヘッドホンを首にかけ直し、スマホの画面をタップしながら冷静に分析する。 「どうやら、あの本の中にいる間、現実世界の時間は完全にストップしているみたいだ。僕たちが何時間あの中で過ごしても、こっちに戻ってくれば『たった今』に戻る。……そういうルールなんだよ、この図書館は」
僕は、足元にポツンと落ちていた一冊の本を拾い上げた。 それは、あの真っ黒だった『シンデレラ』の本だ。
でも、今のその本は、以前のような不気味な黒光りを失っていた。表紙には柔らかな光沢があり、タイトルロゴも温かみのある銀色に変わっている。 ドキドキしながらページをめくってみると、そこにはかつての「バッドエンド」の文章は一行も残っていなかった。
代わりに、僕たちが作り上げた新しい結末――王子とシンデレラが手を取り合い、光り輝くお城で踊る姿が、美しい挿絵と共に綴られていた。
「……僕たちがやったこと、ちゃんと消えないで残ってるんだ」
葵が少しだけ安心したように、そのページを指でそっとなぞった。 僕たちが流した汗も、奏太の計算も、葵のひらめきも。すべてはこの本の中に刻まれ、一つの「正しい物語」として生まれ変わった。
時間は進んでいない。 けれど、僕たちの心と体は確実に**「消耗」**していた。
「時間は経ってないかもしれないけど……私、もう一歩も動けないくらいお腹が空いたよ。足だってパンパンだし」
葵がその場に座り込んでしまった。 そうなのだ。時間の進みは止まっていても、脳を使いすぎた熱っぽさや、走り回った後の筋肉の疲れは、しっかりと僕たちの体の中に残っている。
「……皮肉だね。時間は止まっていても、僕たちの体力だけはリアルに削られていくなんて」
僕はリュックから水筒を取り出し、ぬるくなったお茶を飲み干した。 ふと、周囲の空気が再び重くなるのを感じ、僕は顔を上げた。
カタカタ……カタカタカタ……。
静まり返った図書館の奥から、不気味な震動音が響いてくる。 一冊の本を直せば終わりだと思っていた。でも、現実はもっと過酷なようだ。
「……見て。あっちの本棚」
奏太が指差した先。 『赤ずきん』、『ヘンゼルとグレーテル』、『人魚姫』……。 背表紙の並ぶ本棚のあちこちから、あの邪悪な**「銀色のしおり」**が、まるで毒ヘビの舌のようにチロチロと現れ始めていた。
一つの物語がハッピーエンドに綴じ直されたことで、図書館全体の「絶望」が刺激され、他の物語たちが一斉に目を覚まそうとしている。そんな嫌な予感が、僕の背中を駆け抜けた。
「冗談じゃないよ……。まだやるの? 宿題だってあるのに!」
葵が叫んだが、僕たちの前に、また新しい一冊の本が棚から勢いよく飛び出した。 地面に落ちたその本の表紙には、真っ赤な頭巾を被った少女の姿。 でも、その背景には巨大な狼の影が、今にも彼女を飲み込もうと口を開けていて――。
「……やるしかないんだね。全部の本を直すまで」
僕はメガネを押し上げ、新しく現れた『赤ずきん』の本を手に取った。 中学生3人の、終わらない不思議な夏休みは、まだ始まったばかりだった。
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