『ハッピーエンドを綴じ直す:絶望図書館の脱出ゲーム』

りい

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第一章 シンデレラの救出

第四話 いざ舞踏会へ

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光の尾を引いて走るカボチャの馬車を追いかけ、僕たちは息を切らして丘を駆け上がった。 やがて、巨大な城郭が姿を現した。しかし、それはおとぎ話に出てくるような煌びやかな城ではなかった。

「……うわ、お化け屋敷じゃん」 葵が足を止めて呟く。

城全体が、継母の屋敷で見たのと同じ、重苦しい「黒いモヤ」に包まれている。尖塔は鋭い牙のように夜空を突き刺し、窓からは一切の明かりが漏れていない。これが、絶望して国を閉ざした王子の城――。

馬車は城の正門前で立ち往生していた。巨大な鉄格子の門は固く閉ざされ、その前を濃密な霧が渦を巻いて塞いでいる。門番の兵士たちも、まるで石像のようにピクリとも動かない。

「シンデレラが来ても、門が開かない。……この霧、ただの霧じゃないね」 奏太がヘッドホンをずらし、霧の音を聴く。「……『拒絶』のノイズがすごい。物理的な力じゃ通れないよ」

馬車の窓から、不安そうなシンデレラの顔が覗く。 僕の手の中の本が、微かに熱を帯びた。

【最終防壁:絶望の霧を晴らし、王子の心を解き放て】

「やっぱり、最後は王子様自身がこの状況を打破しないといけないんだ」 僕はメガネを押し上げた。「でも、そのためにはまず、シンデレラをあの中に入れないと」

「どうするの? この霧、近づくだけで寒気がするんだけど」 葵が腕をさする。

「……音だ」 奏太がリュックから、小さなポータブルスピーカーを取り出した。普段、彼が音楽を聴くために持ち歩いている、高音質なやつだ。 「この霧、特定の周波数の『嫌な音』でできてる。だから、それを打ち消す『逆位相の音』をぶつければ、一時的に霧を晴らせるはず」

「逆位相……? よくわかんないけど、でかい音を出せばいいのね!?」 葵が自分のスマホを取り出し、奏太のスピーカーにBluetoothで接続した。 「創、何か景気のいい音楽ない!? 私のスマホ、カラオケアプリしか入ってない!」

「ええっ!? ……あ、いや、待って。僕のスマホに、吹奏楽部の応援歌のデータが入ってる!」 僕は慌てて自分のスマホを操作し、ファイルを葵のスマホへ転送した。

「いくよ、奏太!」 「……OK。ボリューム最大、指向性、正面の霧へ集中」

葵が再生ボタンを押した瞬間。 静まり返っていた城の前に、現代のパワフルな応援歌のファンファーレが、大音量で炸裂した。

パァァァァン!! ドンドンドン!!

空気を震わせる音の衝撃波が、渦巻く黒い霧に直撃する。霧は嫌がるように身をよじり、やがて耐えきれずに中央から裂けるように消散していった。

ギギギギ……と、錆びついた蝶番が悲鳴を上げ、巨大な鉄の門がゆっくりと開き始める。石像のようだった兵士たちが、ハッと我に返ったように道を空けた。

「開いた! 今だ、シンデレラ!」

馬車が再び動き出し、城の中へと滑り込んでいく。僕たちもその影に隠れるようにして、城内へと潜入した。

城の中は、外以上に異様だった。 舞踏会の広間には、着飾った大勢の貴族たちがいた。しかし、音楽は流れていない。彼らは無表情のまま、まるでぜんまい仕掛けの人形のように、無音の中で奇妙なダンスを繰り返している。

「……気持ち悪い。みんな、目が死んでる」

そして、広間の一番奥。一段高い玉座に、一人の青年が座っていた。 王子だ。しかし、その姿に覇気はなく、虚ろな目で宙を見つめている。彼の周囲には、特に濃い黒いモヤがまとわりつき、耳元で何かを囁き続けているようだった。

『……誰も信じるな……全ては幻だ……お前は孤独だ……』

その時、広間の扉が大きく開かれた。

黄金の光をまとい、純白のドレスに身を包んだシンデレラが、ゆっくりと姿を現した。 そのあまりの美しさに、人形のように踊っていた人々が動きを止め、ざわめきが広がる。

シンデレラは真っ直ぐに王子を見つめ、一歩ずつ階段を上っていく。

「……王子様」

彼女の声が響いた瞬間。 王子の目に、一瞬だけ光が戻った。彼はゆっくりと顔を上げ、シンデレラを見た。

「……君は……?」

その時だった。 王子の周りの黒いモヤが、危機感を覚えたように爆発的に膨れ上がった。モヤは巨大な影の壁となり、シンデレラと王子の間を遮断しようとする。

『見るな! それは偽物だ! お前を騙しに来た魔女だ!!』

モヤの声が響き渡り、王子は再び頭を抱えて苦しみ出した。 「うっ……、やめろ、僕に近づくな……!」

「まずい! このままじゃ、またバッドエンドに戻される!」 葵が叫ぶ。「創! あと一押し、王子様が『絶対に信じられる何か』が必要だよ!」

僕は必死に考えた。本来の物語で、王子がシンデレラを運命の人だと確信した決定打は? ……ガラスの靴だ。 でも、今は靴を履いてしまっている。じゃあ、他に何が?

僕の脳裏に、この図書館に来る前に読んでいた、本の「本来のあらすじ」が閃いた。

「……ダンスだ!」 僕は叫んだ。「本来の物語では、王子は彼女と踊ることで恋に落ちたんだ。この無音の奇妙な舞踏会じゃダメだ。本物の、『心躍るような音楽』が必要なんだ!」

「音楽!? 応援歌じゃダメでしょ!?」 「違う、もっとこう、ロマンチックなやつ!」

「……あるよ」 奏太が静かに言った。「僕のプレイヤーに、クラシックの名曲集が入ってる。ワルツもある」

「それだ!! 奏太、最大音量で流して! 葵、君は照明係だ!」

僕の指示が飛ぶ。 奏太が再びスピーカーを操作し、美しいワルツの調べが広間に流れ出した。優雅で、それでいて力強い旋律が、淀んだ空気を浄化していく。

そして、葵がスマホのライトを起動し、それを高く掲げた。 「主役は遅れて登場するってね! スポットライト、いっくよー!」

葵が操作するスマホの光が、黒いモヤを突き抜け、階段の上のシンデレラを鮮やかに照らし出した。

音楽と光。 その二つが揃った瞬間、王子の周囲のモヤが霧散した。 彼は立ち上がり、光の中に立つシンデレラを――今度こそ、はっきりと認識した。

「……ああ。僕は、君を待っていた気がする」

王子が階段を駆け下り、シンデレラの手を取る。 二人が見つめ合った瞬間、広間を埋め尽くしていた灰色が、鮮やかな色彩を取り戻した。止まっていた人々の時間に、再び血が通い始める。

僕の手の中の本が、まばゆい光を放ちながら浮かび上がった。 真っ白だった最後のページに、美しい挿絵と共に、結末の言葉が刻まれていく。

『王子はついに運命の姫君を見つけ出した。二人の愛の光は、国を覆っていた永き絶望の霧を晴らし、王国に真の幸福をもたらした。 ――第一章『シンデレラ』、修復完了(リペア・コンプリート)。』

世界が、光に包まれていく。 シンデレラが僕たちの方を振り返り、満面の笑みで「ありがとう」と口パクで言ったのが見えた。

次の瞬間、僕たちの体は浮遊感に包まれ、再びあの「図書館」へと転送されていた。
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