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1. 人助け
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「さぁ、今日から暫くこのアレクシナツニーシ国の王都で、販路拡大に精を出しましょ!」
明るく快活に、後ろにいる二人に向かって話し掛けたのは、ナターシャ=テイラー、十五歳。黒色に少しだけ茶色が混じった色で、腰まで真っ直ぐのばした髪が、振り向いた際にふわりと靡いた。
ここアレクシナツニーシ国の隣の国から、実家の家業を更なる発展させる為、家族は散々渋ったのだが二人を連れてくるのを条件に、やってきたのだ。
二人、とはナターシャより五歳年上の侍従兼領地経営の手伝いのエドと、侍女のキャリー。
エドは、ナターシャの実家のテイラー侯爵家が営む絹を作る家業を主に手伝っている。
キャリーは、ナターシャより三歳年上のナターシャの侍女だ。
「ナターシャ様、本当に販路を拡大するおつもりですか?」
ナターシャは、テイラー侯爵家の上に、長男と長女がいる三番目の娘である。そのナターシャに、お目付役のキャリーが尋ねた。
「キャリー、ここまで来てまだ言ってるの?確かに、そんなに広めなくていいともお父様は言われていたけれど、うちの絹は他の製品より上質よ。これを世に広めなくてどうするの!?」
「そう言うけどよ、俺の父さんだって育てるのは大変だって言ってんだぜ。今以上に絹を販売する事になったら、育てる人数増やさないといけないんだぞ?」
エドの父親も、テイラー侯爵家の家業を手伝っているのだ。
「あら。そうなったらもっとウェーバー領が栄えるわね!人手が足りないなら、領民達にも手伝ってもらいましょう。餌となる桑を育ててもらってる所申し訳ないけれどね。子供達にだって出来る事もあると思うのよね。」
そのように、三人でアレクシナツニーシ国の王都の中心部に向かって歩きながら話していると、道端で馬車がぬかるんだ溝にはまって動けなくなっているのが見えた。
「あら、大変!」
それを見てナターシャは、声を上げる。
王都であるから石畳で舗装されている。それでも、石畳が削れていたのだろうか。水たまりが出来ていて、そこに馬車の後輪が埋まり、歳老いた御者が馬の前に立ち手綱を引っ張っていたのだ。
馬車はしっかりと屋根までついて、色味は無く派手派手しさはないが、装飾も細部まで行き届いているのでそれなりの身分の高い者が乗っているのだと推測される。
人はまばらに歩いてはいるのだが、この辺りの店の開店準備で忙しいのか、手伝う人はいなかった。
「エド、車輪の方をお願い。キャリー、私達は後ろから押しましょ。」
ナターシャがそう二人に言うと、エドとキャリーは頷いてそのように動いた。
「あの!一人では大変ですよね。お手伝い致しますわ。」
ナターシャが、御者に声を掛けると心底助かった!という顔をしてペコペコとお辞儀をしてきた。手も顔も皺だらけで、かなりの歳なのだろう。それでも、足腰はしっかりとしているようだ。
「いち、にの、さんで押しましょう。せーの!いち、にーの、さん!」
そうして力を合わせ、二度、三度と繰り返すとやっと車輪が水たまりから出る事が出来た。
「よかったですね!」
そう御者に再度声を掛けると、手で顔を擦ったのか顔中が泥だらけであった。
「あら…ふふ。あまり汚れていると前が見えないといけませんから、こちらをどうぞ。」
ナターシャは、手荷物から素早くハンカチを取り出して御者へと渡した。
「いいえ!滅相もございません!」
御者は助けてもらった上に、真っ白なハンカチまで汚してしまってはと遠慮したが、ナターシャは、御者の手にグイと半ば押し付けるように渡した。
「では、失礼しますね。」
そう言ってナターシャは、エドとキャリーとその場を去ろうとする。
「お待ちになって!」
ナターシャが歩き出すと、馬車の方から声がした。見ると、馬車の扉から顔を覗かせた、大きな帽子を被った貴婦人がこちらを見ていた。
「あなた達が助けて下さったの?本当に助かったわ。ここで長いこと立ち往生していたのよ。お礼がしたいわ。うちの御者にも優しい気遣いをして下さったみたいね。」
そう言われたが、ナターシャは、
「いいえ。とんでもないですわ。お礼…では、あなた様にも一つお渡しします。このハンカチを大切にお使い下さったら嬉しいです。」
そう言ってニコリと笑って、キャリーに目配せして持っていた荷物の中からハンカチを差し出した。
「あなた…それではお礼にはならないわよ。」
「いいえ、私の実家はその絹を作っているのです。もし気に入って下されば、購入して下さると嬉しいです。私はその為にこの国に来たのです。暫くこの王都に滞在しておりますから、その際はよろしくお願いしますね。」
ナターシャは、今度こそ後ろを向かずに歩き出した。
明るく快活に、後ろにいる二人に向かって話し掛けたのは、ナターシャ=テイラー、十五歳。黒色に少しだけ茶色が混じった色で、腰まで真っ直ぐのばした髪が、振り向いた際にふわりと靡いた。
ここアレクシナツニーシ国の隣の国から、実家の家業を更なる発展させる為、家族は散々渋ったのだが二人を連れてくるのを条件に、やってきたのだ。
二人、とはナターシャより五歳年上の侍従兼領地経営の手伝いのエドと、侍女のキャリー。
エドは、ナターシャの実家のテイラー侯爵家が営む絹を作る家業を主に手伝っている。
キャリーは、ナターシャより三歳年上のナターシャの侍女だ。
「ナターシャ様、本当に販路を拡大するおつもりですか?」
ナターシャは、テイラー侯爵家の上に、長男と長女がいる三番目の娘である。そのナターシャに、お目付役のキャリーが尋ねた。
「キャリー、ここまで来てまだ言ってるの?確かに、そんなに広めなくていいともお父様は言われていたけれど、うちの絹は他の製品より上質よ。これを世に広めなくてどうするの!?」
「そう言うけどよ、俺の父さんだって育てるのは大変だって言ってんだぜ。今以上に絹を販売する事になったら、育てる人数増やさないといけないんだぞ?」
エドの父親も、テイラー侯爵家の家業を手伝っているのだ。
「あら。そうなったらもっとウェーバー領が栄えるわね!人手が足りないなら、領民達にも手伝ってもらいましょう。餌となる桑を育ててもらってる所申し訳ないけれどね。子供達にだって出来る事もあると思うのよね。」
そのように、三人でアレクシナツニーシ国の王都の中心部に向かって歩きながら話していると、道端で馬車がぬかるんだ溝にはまって動けなくなっているのが見えた。
「あら、大変!」
それを見てナターシャは、声を上げる。
王都であるから石畳で舗装されている。それでも、石畳が削れていたのだろうか。水たまりが出来ていて、そこに馬車の後輪が埋まり、歳老いた御者が馬の前に立ち手綱を引っ張っていたのだ。
馬車はしっかりと屋根までついて、色味は無く派手派手しさはないが、装飾も細部まで行き届いているのでそれなりの身分の高い者が乗っているのだと推測される。
人はまばらに歩いてはいるのだが、この辺りの店の開店準備で忙しいのか、手伝う人はいなかった。
「エド、車輪の方をお願い。キャリー、私達は後ろから押しましょ。」
ナターシャがそう二人に言うと、エドとキャリーは頷いてそのように動いた。
「あの!一人では大変ですよね。お手伝い致しますわ。」
ナターシャが、御者に声を掛けると心底助かった!という顔をしてペコペコとお辞儀をしてきた。手も顔も皺だらけで、かなりの歳なのだろう。それでも、足腰はしっかりとしているようだ。
「いち、にの、さんで押しましょう。せーの!いち、にーの、さん!」
そうして力を合わせ、二度、三度と繰り返すとやっと車輪が水たまりから出る事が出来た。
「よかったですね!」
そう御者に再度声を掛けると、手で顔を擦ったのか顔中が泥だらけであった。
「あら…ふふ。あまり汚れていると前が見えないといけませんから、こちらをどうぞ。」
ナターシャは、手荷物から素早くハンカチを取り出して御者へと渡した。
「いいえ!滅相もございません!」
御者は助けてもらった上に、真っ白なハンカチまで汚してしまってはと遠慮したが、ナターシャは、御者の手にグイと半ば押し付けるように渡した。
「では、失礼しますね。」
そう言ってナターシャは、エドとキャリーとその場を去ろうとする。
「お待ちになって!」
ナターシャが歩き出すと、馬車の方から声がした。見ると、馬車の扉から顔を覗かせた、大きな帽子を被った貴婦人がこちらを見ていた。
「あなた達が助けて下さったの?本当に助かったわ。ここで長いこと立ち往生していたのよ。お礼がしたいわ。うちの御者にも優しい気遣いをして下さったみたいね。」
そう言われたが、ナターシャは、
「いいえ。とんでもないですわ。お礼…では、あなた様にも一つお渡しします。このハンカチを大切にお使い下さったら嬉しいです。」
そう言ってニコリと笑って、キャリーに目配せして持っていた荷物の中からハンカチを差し出した。
「あなた…それではお礼にはならないわよ。」
「いいえ、私の実家はその絹を作っているのです。もし気に入って下されば、購入して下さると嬉しいです。私はその為にこの国に来たのです。暫くこの王都に滞在しておりますから、その際はよろしくお願いしますね。」
ナターシャは、今度こそ後ろを向かずに歩き出した。
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