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3. 食事と沸き湯

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 エレナは見たところ元気そうだと言う事で、アンとマダリーナと三人で下に降りた。朝食を摂る為であった。

 エレナは、廊下に出るとしっかりとした手すりがついている壁を見て、周りを見渡した。


(廊下の真ん中も絨毯が敷いてあるし、歩き易くなっているような?手すりもあるし、お年寄りは歩き易いかもしれない。
それに、壁には絵が飾られていたり、結構裕福な家なのかな?)


 そのようにエレナは思った。


 その案内された部屋に入ると、そこはどうやら調理場のようだとエレナは思った。
 すぐ手前の大きな食卓兼作業台の上に鍋が置いてあり、そこから自分達でお椀に注いで、皿に置いてあるパンをそれぞれに分け、机の反対側に背もたれのない木で簡単に作った一人用の椅子に横並びで座るようになっていた。


「ここは、素敵なお屋敷や、周りにいくつも人が住めるような建物はありましたが古いし、何でも揃っているわけでも無くて。
けれど、私達もただ黙って死ぬなんて勿体ないから、ある物で生活しているのですよ。」


 手作り感満載のここに並んでいる椅子は、違う建物に住んでいる人が作ってくれたのだと言う。
老いぼれとか言う割に、まだまだ元気そうだとエレナは思った。


「今日は野菜スープだよ。それにパンを焼いたんだ。お代わりもあるからね。
裏に畑がある。そこから野菜は自分達で作っているんだ。」


 そう言って笑ったマダリーナは、かつて飲食店を開いていたと教えてくれる。しかし、腰が悪くなり寝たきりになって、この〝ついの山〟に連れて来られ、捨て置かれたのだとエレナに言った。


「あぁ、そんな寂しそうな顔をしないでおくれ。今はこうやってピンピンしているんだよ。
ここでは、同じような年齢の年寄りしかいないけれど、案外楽しいんだからね。みんな時間もたっぷりとあるからそれぞれに好きな事をしているし。
さ、私が作ったんだ。食べておくれ。」


 自分達で作ったものを、多くはないが、質素に生活していっていると聞き、エレナは驚いた。
お年寄りだけしかいないとは言ったが、畑を耕し、生活できるだけの物を自分達で作っていくのはとても大変なのではないかと思ったのだ。


(ここの人達、皆は抱えていそうだけれどそれでも、生き生きとしているわ。それになんだか、肌つやが良さそう。お年寄りって言ってたけれど、皺があまりないわ。世界が違うから?それにさっき、腰が悪かったと言ったけれど、全然そんな風には見えなかったわ。姿勢もいいし。
和気あいあいとしているから、ストレスも無くて自然と治ったって事?)


 そう思いながら食事をいただくと、一口サイズのロールパンはちぎるとふわふわとして柔らかくて、口に入れるとほんのりと甘い味がして何個でも食べられそうだった。
スープに入った野菜は何種類も入っていて、そのどれもがほどよく柔らかく、味も具材にしっかりと染み込んでいてとても美味しかった。


「とっても美味しいです!」

「そうでしょう?マダリーナは、とっても腕のいい料理屋だったのですよ。
おかげで毎日、今はこんな美味しい食事がいただけて、私は幸せですの。」

「アン様…そう言ってもらえて嬉しい…!
私はこの歳まで、ずっと店で作り続けて来たからねぇ。それが生き甲斐であり、趣味でもあるのだよ。
私のレシピ通りに作っているから、店は私が居なくてもどうにかなっているだろうし。
…私の話よりも、エレナだね。食べたら沸き湯に行くといい。さっぱりとするからね。」

「沸き湯?」

「裏口から出てちょっと進むと、湯が地面から湧き出ている場所があるのさ。
いつでも入っていいよ。けれど、近い方にしなよ、もう少し山を登った先にも沸き湯がもう一つあるんだけどね、そっちは男用だから。
あ、野生動物には気をつけな。たまに、我が物顔で湯に浸かっているからね。
あとで案内してあげるよ。」


(それって、温泉?だったら、温泉がきっといいお湯なのね!
寝たきりじゃなくなったのも、肌つやがいいのもきっと温泉があるからかもしれないわね。)


 エレナは早速、そんな若返りのような効能がある沸き湯に入ってみたいと心を弾ませた。







☆★

 食事が終わったエレナは、まず着替えを選んだあと、マダリーナに沸き湯へと案内してもらう。
 着替えは、この家の一室にいろいろと置いてあった。その中でエレナは動き易いワンピースと下着を借りた。
 下着は新しいものがいいと、ここの住人が綿花で作っているそうだ。それにはエレナは驚いた。
 ワンピースや他の服は昔から置いてあったとエレナは聞いた。



「ここが着替え部屋だよ。一応、こっから入るけど、野生動物達はその辺りの隙間から入ってくる場合もあるから気をつけな。ま、入ってくる奴は凶暴ではないけれど、怒らせたら何してくるか分からないからね。
男性が住む地域は少し登った所にあって、普段はこっちに来ないから大丈夫とは思うけど、気になるなら鍵を掛けて入りな。」


 建物の裏手を進んだ先にあった小さな小屋に入るとそこは脱衣所であった。
そこで服を脱ぎ、逆側の扉を開けるとなるほど趣のある、結構な広さの露天風呂だった。学校にあった、二十五メートルプールほどもある沸き湯であった。
 一応、周りは丁寧に木の板を縦に並べて塀のようにして囲まれてはいるが、下が開いているし上もそこまで高いわけではない。目線が遮られるが、きっとここから動物が入ってくるのだろうと思った。


(うふふ。温泉に入れるなんて!)


 それでもエレナは、この広い大きな沸き湯を見て胸が高鳴っていた。
 家族で旅行に行った思い出は小学生の頃に数回あったきりで、それ以降は、学校の修学旅行くらいしか行ってなかった。だから、温泉に入れるのはかなり久しぶりの事でありとても嬉しかったのだ。


 体の汚れは外で落としてから湯船に入ってと教わったので、キョロキョロと辺りを見渡すと、奥に桶が並んでいて、その隣に固形石鹸が置いてあった。
石鹸を手に取ると、とてもいい香りがして、それだけで気分が上昇する。


(良く分からないけど、こんなリアルな夢なんてないだろうし。
私は死んだと思ったけれど、ここで生きて行くって事なのかなぁ。いわゆる転生、みたいな?
ま、前の私がいた世界にそんなに未練が有るわけでもないし、今を楽しめばいいか!)


 体を洗って泡を洗い落とし、湯船に入ったエレナは、体に染みわたる心地よい温度の湯が自分の体をほぐしていくのを感じながらそのように決心をしたのだった。






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