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家族の言葉

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「リューリ、ヴァルト=ノルドランデル辺境伯はご存じかい?」


 今は、久し振りに家族六人全員が揃って夕食を囲んでいる。
 帰ってきた挨拶を互いに軽く済ませるとすぐ、エリヤスはそうリューリへと優しく語り掛ける。
 その間、食卓には、執事のマウリをはじめ、使用人達がせわしなく食事を並べている。今夜はジャガイモをすり潰した冷製スープと、ヤマドリタケとサーモンのソテーに香草と溶け出したチーズがかかっている。それから焼きたてのライ麦パンの良い香りが皆の食欲をそそった。


「ええ、エリヤス兄様と同じ年齢の方なのでしょう?お顔は拝見した事ないから分からないけれど。」

「あぁ、そうだよ。僕と同じ二十一歳で東の辺境の地を纏め上げているんだからかなりのやり手で、素晴らしい奴だよ。」


 奴、と言った為、気易い仲なのかと思ったリューリは疑問を投げかける。


「エリヤス兄様と仲が宜しいの?」

「仲?うーん、でもまぁ、王立学院でも共に切磋琢磨したし、それなりかな。敵には絶対にしたくない奴だな。」

「ええ?」

「あ、いや…なんというか……情に熱い奴?だから、あいつならきっとリューリの良き夫となってくれるよ。」


 なんだか言葉を濁されたような気がするとは思ったリューリであったが、頷くに留めてそれ以上は突っ込まないようにした。エリヤスから聞いた所でそれはエリヤスの主観であって、リューリに対してもそうかどうかは分からないからだ。


「さぁ、食事の準備が揃ったようだ。皆、頂こうか。」


 キリの良い所で、アハティがそう言って食事に手を付け始める。それに倣って、他の皆も食べ始めながら皆、会話を続けた。


「けど、若い辺境伯様であれば、忙しいのではないですか?姉様が嫁いでも、仕事にかまけて相手にしないようでは姉様が不憫過ぎますが。」


 ウルマスは、小さな頃は姉様姉様、とリューリの後を追い、外へついて行きたいとよく駄々をこねたりしたとても可愛い弟であった。しかしいつの頃からか一番下の弟であるのにたまに年上ではないかと勘違いしてしまうような口振りと思考をしているとリューリは感じ始めていた。
 今もそうで、しかも的を射ているようだと思った。


「ウルマス、リューリを心配しているんだな?偉いよ。確かに辺境伯であるから、領地を守る為に忙しい。しかも、東はここ西よりも獰猛な野生動物もいると聞く。だが、あちらにも優秀な警備隊をしっかりと所有されている。だから、いつまでも放っておく事はないだろう。
それでね、リューリ。リューリが良ければ、ヴァルトに了承するがどうする?きっとあちら東の辺境も、こちら西の辺境のように経営に警備に忙しいといえば、社交には参加しなくていいはずさ。現に、ヴァルトもそういうのは煩わしいとして参加してないらしいからね。」


 その言葉は、リューリにとって素晴らしい誘い文句であった。テイヨも言ってくれていたが、同級生でそれなりに近しいという兄からそのように聞けてだんだんと気持ちが傾いてくる。だからリューリも、少し微笑んでからエリヤスに伝える。


「そうなのですね。このお話、お受けしようかしら。」

「そう?じゃあこの話は一旦ここまで。せっかく帰ってきたんだ。うちの美味しい食事に専念するとしよう。」


 そう言って、エリヤスはジャガイモのスープを優雅に啜った。









☆★

 食事を終え、皆が談話室に入った。食事の後も、忙しくなければいつもこうやって僅かな時間ではあるが家族で過ごしているのだ。

 ウルマスは、学院で覚えたようでボードゲームをやろうと誘っている。


「しかし、どうしてノルドランデル辺境伯殿がリューリを…?」


 リューリは社交の場にほとんど参加していない。それはつまりリューリに関する情報がほとんど無いという事だからだ。


「それはまぁ…いろいろとね。」

「あれだろ?どうせ、兄さんが『うちの妹は可愛い』とかポロッと言ってしまったんだろ?」


 ウルマスの相手をしようとボードゲームの準備をしながら、ヨーナスが口を挟む。


「…うるさいぞ、ヨーナス。」

「まぁ!
でも、確かに言いたくなる気持ちは分かるわ!!リューリはとっても可愛いものね!そのせいなのか私にも、お友達から打診は未だにくるもの。」


 明らかにふて腐れたようなエリヤスを見て、サイラが頷きながらさらりととんでもない事を言う。


「サイラ!?私の元辺境伯宛に来るのはまだ早いからと理由をつけて断っておるのに、サイラの方にまで話を向ける奴がいるのか!?」


 食後のウイスキーを水割りで酔わない程度に飲んでいたアハティは飲み込むのに失敗したのか、むせながらそう言った。
 アハティは、リューリを嫁に欲しいという釣書が山のように届くが、それこそ丁重にお断りしている。可愛い娘の将来を託すのに釣書に書かれた程度では測りきれない為だ。最も、まだ嫁に出したくないというのが本音でもあった。


「しつこいわよねぇ?でも私はちゃんとお断りしているわ。私だってリューリと一緒にお茶会に出たり、夜会に出たりしたかったのだけれど大きくなってからはしていないのよ?それで察してくれるお友達もいるけれど、空気の読めないお友達は何度もね。まぁ、あまりしつこい方は、お誘いしないようにしたけれど……」


 サイラは顎に手をあててため息を吐きながらそのように言っている。サイラのお友達とは大抵が高位貴族のご婦人達である。商家へと嫁いだ友達もいたが、サイラが主催の茶会には毎回誘いの手紙を出しており、時間のある時には参加してくれる庶民となった友人もいる。
 そして、貴族とは優秀な人物ほど人付き合いも上手く世渡りも上手い。周りの空気も読むし、良いか悪いかは別にして忖度もする。その為、サイラが嫌だと断っているのにもかかわらず何度もあなたの娘を嫁に欲しいと言ってくる者には、サイラは顔を歪めたりしているしそれを見た他の友人達は裏で手を回してその婦人とはそれとなく付き合いを希薄化させていっているのだ。
 だが、やはりどこにでも、それでも不屈の精神なのかしつこい輩もいる。


「そうか…まぁ、なにかあれば私が対処するよ、サイラ。だからやり辛いようなら言いなさい。」

「あら、ありがとうアハティ!その時は言うわ。」


 ウフフと笑うサイラに、アハティは見つめ合っている。それはいつもの事であるので、子供達は話を進めた。


「まぁ、オレはリューリが幸せになれるなら賛成だけどな。その、辺境伯様がリューリを幸せに出来ないなら帰ってこればいいしよ。そん時はここで暮らせばいいだろ?」

「ヨーナス、心配無用だよ。あいつならリューリをちゃんと幸せにしてくれるさ。」

「でも、エリヤス兄様。姉様の内面をみて下さいますか?」

「ん?」

「姉様は、少々淑女らしからぬ女性ですから。」

「もう…ウルマス、酷いわ!」

「ははっ!大丈夫だと思うよ。リューリにとっても、そこらの中央貴族よりは肩の荷を下ろして生活出来るんじゃないかとは思ってるよ。じゃなきゃ、大切な妹の未来を託そうとは思わないからね。」


 リューリへと視線を送り、優しく微笑むエリヤス。

 リューリは、兄弟とこの話をしながらだんだんと未だ見ぬ東の辺境へと思いを馳せ始めた。


(そうなのね。
確か…ここよりも寒い気候なのよね?朝晩はかなり冷え込むとか。日中も凍えるほど寒い日もあるのよね?どんな感じなのかしら?全く想像もつかないわ。
それに、寒い割に土地が肥えてるから、他の土地よりも植物も動物も早く大きく育つのよね?こことは全く違うなんて…なんだか楽しみね!)


 好奇心旺盛なリューリは、エリヤスの後押しもあって前向きに考えていた。
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