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1 突然の知らせ
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『あなたのその力はとても素晴らしいものよ。だから卑屈にならないでちょうだい?
人はね、自分とは違う人を嫌悪するものなの。けれどそれは、自分の品性を下げる事だからフレイチェはしないで?違う人がいても相手を認めるといいわ。
大丈夫、あなたは気味悪くなんか全くないのよ。』
フレイチェがうんと小さな頃。心ない事を母に言われ泣いていたフレイチェの手を取り優しく撫でた祖母に、掛けられた言葉を夢に見たフレイチェ。
(懐かしい…)
フレイチェの目には、涙が溢れていた。それは温かい言葉を思い出した懐かしさからなのか、生まれ育ったこの屋敷を出て行く寂しさなのか、それとも嬉しさなのかと考えながら目尻を押さえた。
コンコンコンコン
「フレイチェ様、失礼致しますよ。」
部屋の扉の外で控えめに声をあげて入ってきた侍女のフェベが、ベッドの上にいたフレイチェへと視線を向けて慈愛の込めた笑顔を見せた。
「…フレイチェ様、おはようございます。さぁ、アーレント様もお待ちですよ。朝食にしましょうか。」
フレイチェが幼い頃より侍女として傍にいたフェベには、フレイチェの目元が濡れている事には気づいたが口には出さずにベッドへと近づき、フレイチェの体を起こす手伝いをするふりをして頭を撫でた。
アーレントとは、フレイチェの三歳下の弟で昨日からこの別邸に来ている。
「フレイチェ様がこんなに大きくお綺麗になられて…!フェベはとても嬉しゅうございます。」
「フェベったら…今日までありがとう。今の私がいるのは、フェベとブレフトのおかげよ?」
「まぁ!そう言っていただけるとは、きっとブレフトも涙を流して喜びますよ!」
頭を撫でられるのはなんだか恥ずかしいとは思いながらも、家族にはそんな事された事も無いフレイチェは、嬉しくてされるがままになっていた。
コンコンコンコン
「ほれ、フェベ!フレイチェ様はまだ寝ているのか?
…フレイチェ様、おはようございます。さぁさ、遅くなってはいけませんよ。アーレント様もお待ちですし下へ下りてきて下さいね。」
しびれを切らしたのか、朝食の支度をしていた侍従のブレフトがフレイチェの部屋の開いている扉を叩き、そう声を掛けるとにこりと笑ってからまた下へと向かう。
ここは、ボーハールツ伯爵家の別邸である。
フレイチェは、両親から気味悪がられ共に屋敷で暮らす事を嫌がられた。
本邸から馬車で二時間程走らせた湖の畔のこの別邸で侍女のフェベと、フェベの夫で侍従のブレフトと三人でこの別邸で五歳の頃より暮らしている。
景色がとても良く、近くにはさまざまな草花が咲き、鳥もいろんな種類がやってくる。そんな自然豊かな場所で、時にどんな花が咲いているのかも学びながら過ごしていた。
フレイチェはそれを時に淋しくも思ったが、フェベとブレフトが使用人の枠を越えて愛情深く接してくれる為、それをおくびにも出さないようにして生活していた。
それも今日まで。
昨日、ここには滅多に訪れないフレイチェの父ヨリックと母のコルネリア、弟のアーレントがやって来て結婚が決まったと知らせに来たのだ。
「フレイチェ、お前に縁談の話がある。お前をもらってくれるとは、唯一無二で奇特なものよ!」
「あらあなた。そんな事言ってはいけませんわ!フレイチェを引き取ってくれるなんて本当に有難いお話なんですから!」
「まぁ確かにな。先方の気が変わらない内に、準備して向かえ。一人でな。
アーレントが見張るから、逃げるでないぞ!
あぁ、それから出戻りなんてのは許さないからな!お前の場所なんてここには無いのだからな!」
「そうね、フレイチェ。大人しくしているのよ?いい、分かったわね?
あなた、行きましょう?」
「あぁ、そうだな。コルネリア、帰るぞ!
おい、アーレント。明日の朝見送るまでがお前の仕事だ。いいか、しっかり見張るんだぞ。」
「分かっております。お二人共早くお帰り下さい。」
嵐のように自分達の言いたい事だけ告げてフレイチェの言葉も聞かず早々に帰って行った両親に、アーレントは睨むように視線を向けた。
そして、フレイチェへと視線を向けた時には、困ったような顔をして言葉を掛ける。
「姉上、お久しぶりです。僕、姉上の為に今まで何も出来ずにすみませんでした。」
深々と腰を曲げ、謝罪の言葉を述べたアーレントに、フレイチェは慌てて頭を上げてと言葉を掛ける。
フレイチェは銀色の細い髪を腰まで伸ばし、出掛ける事が少ないからか肌は白いが黒い瞳には吸い込まれそうなそんな神秘的な雰囲気が漂っている。
アーレントは両親にそっくりな茶色の髪色で瞳も黒。だからなのか、両親は常にアーレントを可愛がり、いずれはボーハールツ家を継ぐ嫡男として口癖のように『現実を見ろ』『しっかりしろ』などと言われていた。しかし、姉の事を一度口に出せばなぜか母はヒステリックに叫び、父も恫喝とも取れるような声を出すのでアーレントはおろか本邸の使用人もフレイチェは居ない者として生活をしていた。
「アーレント、大きくなりましたね。アーレントはいつもよくやってくれているわよ。ボーハールツ伯爵家をよろしくね。」
「いえ、僕なんて…はい。早く僕が爵位を継げるように努力はしています。父と母には辟易していますから。」
「そんな事…」
「いいえ、なぜ姉上がこんな別邸で一人住まないといけなかったのでしょう!両親のする事は、血の通う人間とは思いません!同じ血が流れていると思うと吐き気がします!!」
「アーレント、ここだけの話にしておくのよ?人には皆、良い面と悪い面があるわ。」
「姉上だって許せないでしょう!?こんな所に追いやられて!」
「…フェベとブレフトがいて、素敵な景色があるもの。こんな所、ではないわ。」
「姉上…」
「そうだわ!ブレフトが作るクッキー好きだったでしょう?あとで作ってもらいましょうね。
アーレント、湖でまた釣りでもする?」
「…そうですね、せっかく来たのですから。」
「うふふ。学院生活が忙しいから久しぶりでしょう?アーレントの腕前、落ちたりしていないかしら?」
「そんな事ありませんよ!」
「フェベ、準備お願い出来る?」
「はい、ただいま!では参りましょうね。」
「フレイチェ様、私めは美味しい物をお作りしておきます。アーレント様も楽しみにしていて下さい。」
「ブレフト、ありがとう。お願いね。」
「あぁ、ブレフト。よろしく頼む。」
そう言って、残りの時間を普段と変わらず過ごそうとフレイチェはアーレントを目の前に広がる湖へ誘った。
アーレントは十五歳。このテルアール国の王都にある王立学院は十三歳から十六歳までの貴族や商家の子供が通い、貴族としての必要な事や、商家の子供として必要な事を学んだり交友関係を広げたりする場としてほとんどの子が通う。アーレントも伯爵家の嫡男として十三歳から通っているが、お金も掛かる為かフレイチェは通ってはいなかった。
(アーレントは私を慕ってくれるわ。ちょっと両親への当たりが強いけれど、きっと両親の前ではうまくやっているのよね。あの子なりに、大変なのかもしれないわ。私なんて、両親が会いに来なければ罵声も浴びせられなくて済むのだから一緒に暮らしてなくて良かったのよ。)
アーレントが言うように、許せないと思うわけではなかった。幼い頃は淋しさが勝っていたが今となってはこの別邸の静かさがフレイチェにとって心穏やかに過ごせる場所となっているので、結婚といってもここのように穏やかに過ごせるのか、それだけが気掛かりだった。
人はね、自分とは違う人を嫌悪するものなの。けれどそれは、自分の品性を下げる事だからフレイチェはしないで?違う人がいても相手を認めるといいわ。
大丈夫、あなたは気味悪くなんか全くないのよ。』
フレイチェがうんと小さな頃。心ない事を母に言われ泣いていたフレイチェの手を取り優しく撫でた祖母に、掛けられた言葉を夢に見たフレイチェ。
(懐かしい…)
フレイチェの目には、涙が溢れていた。それは温かい言葉を思い出した懐かしさからなのか、生まれ育ったこの屋敷を出て行く寂しさなのか、それとも嬉しさなのかと考えながら目尻を押さえた。
コンコンコンコン
「フレイチェ様、失礼致しますよ。」
部屋の扉の外で控えめに声をあげて入ってきた侍女のフェベが、ベッドの上にいたフレイチェへと視線を向けて慈愛の込めた笑顔を見せた。
「…フレイチェ様、おはようございます。さぁ、アーレント様もお待ちですよ。朝食にしましょうか。」
フレイチェが幼い頃より侍女として傍にいたフェベには、フレイチェの目元が濡れている事には気づいたが口には出さずにベッドへと近づき、フレイチェの体を起こす手伝いをするふりをして頭を撫でた。
アーレントとは、フレイチェの三歳下の弟で昨日からこの別邸に来ている。
「フレイチェ様がこんなに大きくお綺麗になられて…!フェベはとても嬉しゅうございます。」
「フェベったら…今日までありがとう。今の私がいるのは、フェベとブレフトのおかげよ?」
「まぁ!そう言っていただけるとは、きっとブレフトも涙を流して喜びますよ!」
頭を撫でられるのはなんだか恥ずかしいとは思いながらも、家族にはそんな事された事も無いフレイチェは、嬉しくてされるがままになっていた。
コンコンコンコン
「ほれ、フェベ!フレイチェ様はまだ寝ているのか?
…フレイチェ様、おはようございます。さぁさ、遅くなってはいけませんよ。アーレント様もお待ちですし下へ下りてきて下さいね。」
しびれを切らしたのか、朝食の支度をしていた侍従のブレフトがフレイチェの部屋の開いている扉を叩き、そう声を掛けるとにこりと笑ってからまた下へと向かう。
ここは、ボーハールツ伯爵家の別邸である。
フレイチェは、両親から気味悪がられ共に屋敷で暮らす事を嫌がられた。
本邸から馬車で二時間程走らせた湖の畔のこの別邸で侍女のフェベと、フェベの夫で侍従のブレフトと三人でこの別邸で五歳の頃より暮らしている。
景色がとても良く、近くにはさまざまな草花が咲き、鳥もいろんな種類がやってくる。そんな自然豊かな場所で、時にどんな花が咲いているのかも学びながら過ごしていた。
フレイチェはそれを時に淋しくも思ったが、フェベとブレフトが使用人の枠を越えて愛情深く接してくれる為、それをおくびにも出さないようにして生活していた。
それも今日まで。
昨日、ここには滅多に訪れないフレイチェの父ヨリックと母のコルネリア、弟のアーレントがやって来て結婚が決まったと知らせに来たのだ。
「フレイチェ、お前に縁談の話がある。お前をもらってくれるとは、唯一無二で奇特なものよ!」
「あらあなた。そんな事言ってはいけませんわ!フレイチェを引き取ってくれるなんて本当に有難いお話なんですから!」
「まぁ確かにな。先方の気が変わらない内に、準備して向かえ。一人でな。
アーレントが見張るから、逃げるでないぞ!
あぁ、それから出戻りなんてのは許さないからな!お前の場所なんてここには無いのだからな!」
「そうね、フレイチェ。大人しくしているのよ?いい、分かったわね?
あなた、行きましょう?」
「あぁ、そうだな。コルネリア、帰るぞ!
おい、アーレント。明日の朝見送るまでがお前の仕事だ。いいか、しっかり見張るんだぞ。」
「分かっております。お二人共早くお帰り下さい。」
嵐のように自分達の言いたい事だけ告げてフレイチェの言葉も聞かず早々に帰って行った両親に、アーレントは睨むように視線を向けた。
そして、フレイチェへと視線を向けた時には、困ったような顔をして言葉を掛ける。
「姉上、お久しぶりです。僕、姉上の為に今まで何も出来ずにすみませんでした。」
深々と腰を曲げ、謝罪の言葉を述べたアーレントに、フレイチェは慌てて頭を上げてと言葉を掛ける。
フレイチェは銀色の細い髪を腰まで伸ばし、出掛ける事が少ないからか肌は白いが黒い瞳には吸い込まれそうなそんな神秘的な雰囲気が漂っている。
アーレントは両親にそっくりな茶色の髪色で瞳も黒。だからなのか、両親は常にアーレントを可愛がり、いずれはボーハールツ家を継ぐ嫡男として口癖のように『現実を見ろ』『しっかりしろ』などと言われていた。しかし、姉の事を一度口に出せばなぜか母はヒステリックに叫び、父も恫喝とも取れるような声を出すのでアーレントはおろか本邸の使用人もフレイチェは居ない者として生活をしていた。
「アーレント、大きくなりましたね。アーレントはいつもよくやってくれているわよ。ボーハールツ伯爵家をよろしくね。」
「いえ、僕なんて…はい。早く僕が爵位を継げるように努力はしています。父と母には辟易していますから。」
「そんな事…」
「いいえ、なぜ姉上がこんな別邸で一人住まないといけなかったのでしょう!両親のする事は、血の通う人間とは思いません!同じ血が流れていると思うと吐き気がします!!」
「アーレント、ここだけの話にしておくのよ?人には皆、良い面と悪い面があるわ。」
「姉上だって許せないでしょう!?こんな所に追いやられて!」
「…フェベとブレフトがいて、素敵な景色があるもの。こんな所、ではないわ。」
「姉上…」
「そうだわ!ブレフトが作るクッキー好きだったでしょう?あとで作ってもらいましょうね。
アーレント、湖でまた釣りでもする?」
「…そうですね、せっかく来たのですから。」
「うふふ。学院生活が忙しいから久しぶりでしょう?アーレントの腕前、落ちたりしていないかしら?」
「そんな事ありませんよ!」
「フェベ、準備お願い出来る?」
「はい、ただいま!では参りましょうね。」
「フレイチェ様、私めは美味しい物をお作りしておきます。アーレント様も楽しみにしていて下さい。」
「ブレフト、ありがとう。お願いね。」
「あぁ、ブレフト。よろしく頼む。」
そう言って、残りの時間を普段と変わらず過ごそうとフレイチェはアーレントを目の前に広がる湖へ誘った。
アーレントは十五歳。このテルアール国の王都にある王立学院は十三歳から十六歳までの貴族や商家の子供が通い、貴族としての必要な事や、商家の子供として必要な事を学んだり交友関係を広げたりする場としてほとんどの子が通う。アーレントも伯爵家の嫡男として十三歳から通っているが、お金も掛かる為かフレイチェは通ってはいなかった。
(アーレントは私を慕ってくれるわ。ちょっと両親への当たりが強いけれど、きっと両親の前ではうまくやっているのよね。あの子なりに、大変なのかもしれないわ。私なんて、両親が会いに来なければ罵声も浴びせられなくて済むのだから一緒に暮らしてなくて良かったのよ。)
アーレントが言うように、許せないと思うわけではなかった。幼い頃は淋しさが勝っていたが今となってはこの別邸の静かさがフレイチェにとって心穏やかに過ごせる場所となっているので、結婚といってもここのように穏やかに過ごせるのか、それだけが気掛かりだった。
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