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誘い
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クラウディオは、必要な人だ、とミュリエルから言われ、衝撃が走った。今まで、アルサイドばかりが必要な人間だと言われていた為、クラウディオは自分はいても居なくても一緒なのだと思っていたから。実際、両親も家の事をやっている時にはクラウディオを褒めてくれたが、それ以外は相手にしてくれなかったのだ。
「…ねぇ、聞いてるの!?」
「え?…うわぁ!」
ミュリエルにいきなり顔を覗き込まれ、クラウディオは後ろに仰け反りながら声を上げる。
「もう!そんなに逃げなくてもいいじゃない!!
ねぇ、私じゃ説明出来る自信が無いから、お父様に進言して貰えないかしら?」
「…君の父親程の人なら、なんとなくでも言えば理解してくれるのでは?」
「そんなの分からないもの。
ねぇ、クラウディオはうちに来るのが嫌なのかしら?」
「嫌と言うか…そもそも、僕のような者が気軽に行っていい家ではないんじゃないかと…。」
「そんな!卑下しないでちょうだい!
…あなたは昨日も言ったけれど、私の恩人だもの。お願い、お願いします!」
「確かに、ミュリエルの言葉だけでは旦那様は理解出来ないかもしれないな。
大丈夫、身分や身なりなんかを気にしているなら、気にする方ではないさ。」
ミュリエルが必死になって言うものだから、バスコも加えて言うと、オデットもうんうんと頷きながら加勢した。
「そうですね、旦那様はとても素晴らしい方ですし、ミュリエル様がこうおっしゃっていますから、遠慮せずどうぞお願いします。」
三人に言われたクラウディオは迷ったが、確かに進言するだけならと渋々承諾する事とした。
「…分かった。進言だけなら。」
そう答えると、ミュリエルは飛び跳ねるように手を叩く。
「本当!?良かったわ!ありがとう!じゃあ早速行きましょ。」
ミュリエルが答えるやクラウディオの腕を取り、引っ張るように歩き出す。
「ち、ちょっと!僕、歩けるから!」
クラウディオが慌てて腕を振り払おうとすると、ミュリエルが振り返り見上げるように目線を移動させると、口を尖らせながら言った。
「えー…そうでしょうけれど、いいじゃない…」
「よ、良くないよ!あ、歩きにくくなるからさ!」
クラウディオは顔を少し赤くしながら返事をする。腕を思い切り振り払わないのは、緊張はするがミュリエルに乱暴な事は出来ないと思っているからだ。それに、良くないと言っているが、嫌だとは思っていない為振り払えないのが正直な気持ちだったのだ。
ーーー
ーー
ー
屋敷は、クラウディオから見てとても大きく、広いものであった。
いろいろな村や街も行ったが、領主の家には行った事が無かった為、口をあんぐりと開けてしまうほどだった。
「どうしたの?」
屋敷の前で足を止めたクラウディオを訝し気に見るミュリエルは、首を傾げていてとても可愛く見えたクラウディオ。頭を二度ほど横に振ってから、なんでもないと返事をして、再び歩みを進めた。
外門は開いたままとなっており、そこに人はおらず素通りしてスタスタと中へと入って行く。領主の家とはいえ、田舎であるし裕福でもない為門番などは特にいないのだ。それだけ、治安がいいともいえる。
すぐ目の前は庭となっていて、芝生の中に真っ直ぐ建物へと続く石畳がひいてある。そこを、ミュリエルは腕を取ってクラウディオと進んで行った。
「お父様は居る?」
ミュリエルは、屋敷に入ってすぐ出迎えた執事にそう聞いた。
「はい、執務室に居られます。」
「行ってもいいかしら?」
「大丈夫ですよ。…こちら様は?」
愛する娘ミュリエルなら、いつ会いに来てもいいと執事には普段から言ってある。ミュリエルは、用も無いのに会いに来ようとする子ではないので、仕事の邪魔にもならないと分かっているのだ。
だが、見知らぬ素性も分からぬ男と帰って来て共に執務室に入るとなったら別なのではないかと思い念の為ミュリエルに確認する。
「彼、私の命の恩人なの。お父様に一緒に会うわ。」
「は?あ、えーと、昨日ずぶ濡れでかえって来た事とご関係が?」
執事はいつにもなく頭を巡らせ、そのように答えると、止めようかと思ったのを留めた。後ろにいた二人が首を振ってはいなかったからだ。
ミュリエルが想像しない事をするのは日常茶飯事であったから、使用人同士でも互いに気を配っているのだ。
「ええ。」
そうミュリエルが言うと、正面の階段を戸惑いもなく上っていく。
「ちょっと、僕も行っていいの?僕は家族でもないし、執務室って入っていいのか?下で待たせてもらうけど。」
ミュリエルにそう問い掛けたクラウディオに、弾かれるように執事が下から声を掛ける。
「でしたら、応接室でお待ち下さい。私が呼んで参りますから。
ミュリエル様も、命の恩人とはいえお客様を突然屋敷内を連れ回したら気後れされますよ。まずはゆっくりなさって下さい。」
その声にミュリエルはピタリと足を止め、クラウディオの顔を見てばつが悪そうに笑って謝った。
「ごめんなさい。自分の家だからつい…そうね、クラウディオが驚くわね。」
そして、また階段を降りて応接室へと向かった。
ーーー
ーー
ー
紅茶を用意され、クラウディオは恐縮しながらもそれを一口飲むとミュリエルが笑った。
「どう?お口に合うかしら?
さっきはごめんなさい。焦って、お父様にすぐ会おうとして。クラウディオはしっかり常識も持っているのね。」
「いや僕は…山あいの小さな村で生まれ育ったから、常識知らずだよ。教えてくれる人もいなかったからね。」
クラウディオは、紅茶が口に合うか、と言われたのには答えずそう自分の事を伝えるに留める。紅茶は、普段飲んではいない。高価であるし、旅人であるクラウディオにとって必要だと思う物は他にあるからだ。だからといって口に合わないはずはない。香り高く芳醇で、自分が普段口に出来ない分味わおうとしていた。
「そんな事ないわ!クラウディオは私にとって必要だって良く分かったもの!」
「何がかな?ミュリエル。」
「お父様!」
「!」
部屋に、ミュリエルの髪色によく似た三、四十代の男性が入ってきた。目はミュリエルとは違い、キリリと細くまるで睨んでいるようにさえ思う。
クラウディオは席を立ち上がり、頭を下げる。
「ん?仰々しい事はいいよ、とにかく席に座ってくれるかな、我が娘の命の恩人とやら。」
ミュリエルの父がそう言った事で、クラウディオは畏まりながらも再度頭を下げながらまた元の席へと座る。元々は一般庶民の、しかも小さな山あいの村の出身である。挨拶くらいは生きていて普通に出来るが、貴族階級の人達との挨拶の仕方なんて学ぶ機会も無かったクラウディオ。だが、村を出てからさまざまな町などへ行き、自然と身につけた礼儀作法でなんとか応対していた。
「ありがとうございます、失礼致します。」
「もう!クラウディオ、そんな他人行儀な事はいいのよ?お父様も、少し圧をかけ過ぎなんじゃないの?」
「お?済まん済まん!そんな積もりはないよ。だが、ミュリエル、先ほど何か言って無かったかな?」
ミュリエルの父は愛娘が男を屋敷に連れて来たとあって少し目を光らせたのだ。ミュリエルには優しい口調で話すが、目が笑っていなかった。
「あぁ、それは…でもそれよりも、クラウディオの話を先に聞いてもらってもいい?その為に早く帰ってきたのよ。」
「おおそうか。では聞こうか。」
ミュリエルの父もソファへと腰を下ろした。
「…ねぇ、聞いてるの!?」
「え?…うわぁ!」
ミュリエルにいきなり顔を覗き込まれ、クラウディオは後ろに仰け反りながら声を上げる。
「もう!そんなに逃げなくてもいいじゃない!!
ねぇ、私じゃ説明出来る自信が無いから、お父様に進言して貰えないかしら?」
「…君の父親程の人なら、なんとなくでも言えば理解してくれるのでは?」
「そんなの分からないもの。
ねぇ、クラウディオはうちに来るのが嫌なのかしら?」
「嫌と言うか…そもそも、僕のような者が気軽に行っていい家ではないんじゃないかと…。」
「そんな!卑下しないでちょうだい!
…あなたは昨日も言ったけれど、私の恩人だもの。お願い、お願いします!」
「確かに、ミュリエルの言葉だけでは旦那様は理解出来ないかもしれないな。
大丈夫、身分や身なりなんかを気にしているなら、気にする方ではないさ。」
ミュリエルが必死になって言うものだから、バスコも加えて言うと、オデットもうんうんと頷きながら加勢した。
「そうですね、旦那様はとても素晴らしい方ですし、ミュリエル様がこうおっしゃっていますから、遠慮せずどうぞお願いします。」
三人に言われたクラウディオは迷ったが、確かに進言するだけならと渋々承諾する事とした。
「…分かった。進言だけなら。」
そう答えると、ミュリエルは飛び跳ねるように手を叩く。
「本当!?良かったわ!ありがとう!じゃあ早速行きましょ。」
ミュリエルが答えるやクラウディオの腕を取り、引っ張るように歩き出す。
「ち、ちょっと!僕、歩けるから!」
クラウディオが慌てて腕を振り払おうとすると、ミュリエルが振り返り見上げるように目線を移動させると、口を尖らせながら言った。
「えー…そうでしょうけれど、いいじゃない…」
「よ、良くないよ!あ、歩きにくくなるからさ!」
クラウディオは顔を少し赤くしながら返事をする。腕を思い切り振り払わないのは、緊張はするがミュリエルに乱暴な事は出来ないと思っているからだ。それに、良くないと言っているが、嫌だとは思っていない為振り払えないのが正直な気持ちだったのだ。
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屋敷は、クラウディオから見てとても大きく、広いものであった。
いろいろな村や街も行ったが、領主の家には行った事が無かった為、口をあんぐりと開けてしまうほどだった。
「どうしたの?」
屋敷の前で足を止めたクラウディオを訝し気に見るミュリエルは、首を傾げていてとても可愛く見えたクラウディオ。頭を二度ほど横に振ってから、なんでもないと返事をして、再び歩みを進めた。
外門は開いたままとなっており、そこに人はおらず素通りしてスタスタと中へと入って行く。領主の家とはいえ、田舎であるし裕福でもない為門番などは特にいないのだ。それだけ、治安がいいともいえる。
すぐ目の前は庭となっていて、芝生の中に真っ直ぐ建物へと続く石畳がひいてある。そこを、ミュリエルは腕を取ってクラウディオと進んで行った。
「お父様は居る?」
ミュリエルは、屋敷に入ってすぐ出迎えた執事にそう聞いた。
「はい、執務室に居られます。」
「行ってもいいかしら?」
「大丈夫ですよ。…こちら様は?」
愛する娘ミュリエルなら、いつ会いに来てもいいと執事には普段から言ってある。ミュリエルは、用も無いのに会いに来ようとする子ではないので、仕事の邪魔にもならないと分かっているのだ。
だが、見知らぬ素性も分からぬ男と帰って来て共に執務室に入るとなったら別なのではないかと思い念の為ミュリエルに確認する。
「彼、私の命の恩人なの。お父様に一緒に会うわ。」
「は?あ、えーと、昨日ずぶ濡れでかえって来た事とご関係が?」
執事はいつにもなく頭を巡らせ、そのように答えると、止めようかと思ったのを留めた。後ろにいた二人が首を振ってはいなかったからだ。
ミュリエルが想像しない事をするのは日常茶飯事であったから、使用人同士でも互いに気を配っているのだ。
「ええ。」
そうミュリエルが言うと、正面の階段を戸惑いもなく上っていく。
「ちょっと、僕も行っていいの?僕は家族でもないし、執務室って入っていいのか?下で待たせてもらうけど。」
ミュリエルにそう問い掛けたクラウディオに、弾かれるように執事が下から声を掛ける。
「でしたら、応接室でお待ち下さい。私が呼んで参りますから。
ミュリエル様も、命の恩人とはいえお客様を突然屋敷内を連れ回したら気後れされますよ。まずはゆっくりなさって下さい。」
その声にミュリエルはピタリと足を止め、クラウディオの顔を見てばつが悪そうに笑って謝った。
「ごめんなさい。自分の家だからつい…そうね、クラウディオが驚くわね。」
そして、また階段を降りて応接室へと向かった。
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紅茶を用意され、クラウディオは恐縮しながらもそれを一口飲むとミュリエルが笑った。
「どう?お口に合うかしら?
さっきはごめんなさい。焦って、お父様にすぐ会おうとして。クラウディオはしっかり常識も持っているのね。」
「いや僕は…山あいの小さな村で生まれ育ったから、常識知らずだよ。教えてくれる人もいなかったからね。」
クラウディオは、紅茶が口に合うか、と言われたのには答えずそう自分の事を伝えるに留める。紅茶は、普段飲んではいない。高価であるし、旅人であるクラウディオにとって必要だと思う物は他にあるからだ。だからといって口に合わないはずはない。香り高く芳醇で、自分が普段口に出来ない分味わおうとしていた。
「そんな事ないわ!クラウディオは私にとって必要だって良く分かったもの!」
「何がかな?ミュリエル。」
「お父様!」
「!」
部屋に、ミュリエルの髪色によく似た三、四十代の男性が入ってきた。目はミュリエルとは違い、キリリと細くまるで睨んでいるようにさえ思う。
クラウディオは席を立ち上がり、頭を下げる。
「ん?仰々しい事はいいよ、とにかく席に座ってくれるかな、我が娘の命の恩人とやら。」
ミュリエルの父がそう言った事で、クラウディオは畏まりながらも再度頭を下げながらまた元の席へと座る。元々は一般庶民の、しかも小さな山あいの村の出身である。挨拶くらいは生きていて普通に出来るが、貴族階級の人達との挨拶の仕方なんて学ぶ機会も無かったクラウディオ。だが、村を出てからさまざまな町などへ行き、自然と身につけた礼儀作法でなんとか応対していた。
「ありがとうございます、失礼致します。」
「もう!クラウディオ、そんな他人行儀な事はいいのよ?お父様も、少し圧をかけ過ぎなんじゃないの?」
「お?済まん済まん!そんな積もりはないよ。だが、ミュリエル、先ほど何か言って無かったかな?」
ミュリエルの父は愛娘が男を屋敷に連れて来たとあって少し目を光らせたのだ。ミュリエルには優しい口調で話すが、目が笑っていなかった。
「あぁ、それは…でもそれよりも、クラウディオの話を先に聞いてもらってもいい?その為に早く帰ってきたのよ。」
「おおそうか。では聞こうか。」
ミュリエルの父もソファへと腰を下ろした。
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