偽りの聖女として捧げられた修道女、魔王と呼ばれる神官様のお手伝いさんとして幸せを掴む

今晩葉ミチル

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気づいてほしい

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 メリッサは戸惑った。
 エリックが口を半開きにして、何も言わなくなった。彼の周りだけ時が止まったかのように微動だにしない。瞬きすらしない。人形になったかのように思える。
 メリッサは恐る恐る尋ねる。

「あの……私はおかしな事を言いましたか?」

「……そうだな。何から指摘すればいいのか分からない」

 エリックの口調は淡々としているが、視線が泳いでいる。あまり表に出さないようにしているが、動揺しているのだろう。
 メリッサはダークに向き直る。
「エリック様の代わりに、私の何がおかしかったのか指摘してくださいませんか?」
「全部だろ」
 ダークは呆れ顔を浮かべていた。

「俺の補佐をやるのに、ここで何を学ぶんだ? てめぇをエリックに知ってもらうために来たんだろ?」

「た、たしかにそうですが……学べる事があれば学びたいのです」

 メリッサは、しどろもどろになりながら言葉を振り絞った。
 ダークはキッパリと言い放つ。
「エリックも言っていたが、学ぶ事なんてねぇよ。サンライト王国の住民がどんな扱いを受けているか知るくらいだろ」
「……そうですね、そうかもしれません」
 メリッサは戸惑いながら、周囲を見渡す。
 土や汗まみれの人々が呆けている。みずぼらしい服装だ。奴隷にされているのだろう。
 エリックは溜め息を吐く。紫色の瞳をギラつかせる。
「サボるな」
 冷たい口調だった。
 人々は慌てて掘削作業や採掘を再開する。人々の表情から、絶望と疲労が見て取れる。
 メリッサはエリックに話し掛ける。

「働かせすぎると、作業の効率が落ちると思います。休ませてはいかがでしょうか?」

「指図をするな」

 エリックの口調が一段と険しくなる。眼光が鋭い。
 メリッサの背筋が冷たくなる。全身に嫌な汗が滲む。心が恐怖で支配されそうだ。
 しかし、メリッサは真っ直ぐにエリックを見つめる。
「本当は優しいあなたなら分かっているはずです。今のあなたは酷い事をしていると」
「何を言っている?」
 エリックは片眉をピクリと上げた。
 メリッサは続ける。
「詳細を伏せますが、あなたは人を助けた事があります。その人はあなたに深く感謝しています」
「知らないな」
 エリックはせせら笑う。
 ダークは頭をポリポリとかいた。
「せめて誰の事か言ったらどうだ?」
「その……ダークの前では言いづらいです。エリック様、私と二人きりでお話する事は可能でしょうか?」
「よく分からないが、俺がいない方がいいのか」
 ダークは両目を白黒させた。
 メリッサはリリーの事を話したかった。
 リリーはダークが好きで、ダークとお近づきになれるとカインに騙されて、人質にされてしまった。彼女にとって、きっと秘密にしたい事だろう。
 メリッサは頷いた。
「申し訳ないのですが、今はエリック様と二人でお話をしたいのです」
「エリック、てめぇはどうだ? 奴隷の見張りなら引き受けてやるぜ」
 ダークがエリックに視線を向ける。
 エリックは露骨に舌打ちをした。

「初対面の人間と秘密を作るつもりはない」

「そうですよね……」

 メリッサは俯いた。
「リリーさんの事と言って分かりますか?」
「ああ、便利なブローチを作った女だな」
 エリックの口調はそっけないが、視線はメリッサを向いている。興味を引く事に成功している。
 メリッサは顔を上げた。
「リリーさんはかつて人質にされた時に、エリック様に助け出された事を深く感謝しています」
「そんな事をなんであんたが俺に言う?」
 エリックの指摘に、メリッサは一瞬だけどもる。
 リリーがメリッサだけに話した事がある。彼女は、ダークと親しくなれるという甘言に騙されて捕まった。そのせいでダークは追い込まれたが、エリックがリリーを助けたおかげで犠牲者は出なかったという。

 リリーはエリックに感謝している。

 しかしメリッサは、リリーの感謝をエリックに伝えるように頼まれていない。筋違いの発言をしていると言われれば、その通りだ。
 それでもメリッサは毅然と口にする。

「あなた自身の優しさに気づいてもらいたいのです」

「優しい? 俺が?」

 エリックは嘲笑した。両の手のひらを上に向けて首を横に振る。
「話にならない」
「あなたは気づいていないだけだと思います」
「おい、ダーク。この女を連れて帰ってくれ」
 エリックがダークに話を振る。
 ダークは眉をひそめた。
「メリッサはそんなに毛嫌いされるような事を言ったか?」
「言った。あんたは分からなくていい」
 エリックにピシャリと言われて、ダークはわずかに首を傾げる。
「俺にも言えねぇのか。まあ、無理に聞く必要はねぇな」
 メリッサは深々と礼をした。
「不愉快にさせたのなら申し訳ありません」
「それだけ分かったなら充分だ。俺の前から消えろ」
 エリックは舌打ちをした。
 メリッサの瞳は揺れる。
「二度とあなたを不愉快にさせないために、何が悪かったのか聞きたいのですが……」
「俺に二度と会わなければいいだけだ」
 エリックの口調は冷淡だ。
 その様子を見ていた屈強な男たちが鞭を振るう。
「さっきからエリック様に気安く話しかけやがって」
「エリック様が不愉快に感じたんだ。さっさと消えろ!」
 男たちの非難を受けて、メリッサはまた深々と礼をした。
「ご迷惑をお掛けしました」
「中央部担当者の女だから容赦するけどよ、二度と来んな!」
 男が怒鳴った。
 メリッサとダークは顔を見合わせた。
「中央部担当者とはダークの事ですよね?」
「おいエリック、いつの間にメリッサが俺の女に?」
 ダークが問いかけると、エリックは両目をしばたたかせた。
「違うのか?」
「メリッサは補佐だ。デマは誰から聞いた?」
「俺の仲間は全員言っていた」
 ダークは鞭を持つ男たちを睨む。
「エリックに変な事を吹き込むな」
「そ、そんな……ほうぼうから噂が流れてくるから、てっきり……」
 男の歯切れが悪い。
 ダークは切れ長の瞳をぎらつかせる。

「軍部の幹部がデマを真に受けているのは大問題だぜ。出所を調査させてもらう。しばらく居座る。いいな?」

「あ、ああ……分かった」

 エリックは曖昧に頷いた。
 ダークが居座るなら、帰る手段のないメリッサも居る事になる。
 奴隷たちは呟く。
「俺たち、鞭を打たれずにすんだな。エリックの眼中から外れたおかげで」
「ダークとメリッサがいてくれると、助かるかもな」
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