復讐の甘い罠

藤木兎羽

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堅三郎と麻耶 あやうく吉本新喜劇

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「麻耶ちゃん…大胆すぎるて…」
コンスタンシアヴィラージュの客室廊下で、麻耶に強引に連れられてきた堅三郎がトホホ感満載で呟いた。
「事実掴もうって言ったのは堅三郎さんでしょ!瑠璃が用もないのにこんなとこに来るわけがないのよ!」
麻耶が鼻息荒く言った。
二人して瑠璃の後をつけてきて、エレベーターに消える瑠璃を見送り、それが13階に止まるのを確認して追っかけて上がる。

しかしそこからは手詰まりで、瑠璃がどの部屋に入ったかも解らず二人して宿泊客の振りしてウロチョロするのが精一杯で。
非常階段のところから長い廊下を見つめて途方に暮れた。

「部屋に入っちゃえばもうどこか解らんて?下に降りて待ったほうがええて」
堅三郎が情けない口調で言った。
「そんなこと言って!呼び出されてきたとしたら絶対拓馬なのよ!?拓馬は瑠璃には恨みを持ってるかもしれないのよ!?何かあった時どーすんのよ!」
麻耶が食いつく。
「せやけどここで、こーしとっても、中の音やら聞こえへんで?防音やら無茶苦茶凄いんやから」
堅三郎が答える。
「それでもよ!何かあって瑠璃が部屋から飛び出すようなら!そこで助けられるでしょ!」
麻耶が言った。
「せやけどここで隠れてる僕らて、完璧に怪しい人やで?確実にホテルの枕探しか何かと間違われるで?」
堅三郎がトホホな声で呟く。
「そんときは友達がって、正直に言うわよ!」
麻耶が何時ものつっけんどんで返してくる。

「完璧につまみ出されるやん?ここ藤堂はんのホテルやで!?敵の陣地みたいなとこやで?僕一応、久我の三男なんやけど?捕まったりしたら親父と兄貴達に殺されるて」
堅三郎が言った。
「その時はそこの非常階段から逃げてよし!」
麻耶がピッシャリ言った。
「あ、アホなこと言いなや?どこの世界に連れてる女性ほかして逃げる男居んねん。僕そこまでヘタレやないで?」
堅三郎がちょっと慌てる。
二人して怪しさ満載なのに、まるでコントのようなやり取りをしつつ、客やホテルマンを何とかやり過ごして、廊下をウロチョロウロチョロする。

「あんまりここらウロチョロしとったら警備員くるで?防犯カメラあんねんでーーー?」
堅三郎がまたしても情けない声で言った。
「なら堅三郎さん一人で降りていいよ?アタシ一人で見張る!」
麻耶が鼻を更に鳴らしつつ言った。

「またそんなできひんことを言う。こういうホテルてホントに訳のわからんのとか、それこそデリヘル待ちのオッサンとか居んねんで!?そういうのに麻耶ちゃん捕まったら逃げられへんで!?」
堅三郎がちょっと窘める。
「金的して逃げるからいいもん」
麻耶が口をとんがらせて答えた。
堅三郎がそれにため息をついた。

「あんな…?」
堅三郎が不意に言ってから、麻耶を後ろからギュっと抱きしめて項にイキナリ唇を這わせた。

「いひゃっ!?」
それこそ変な声で麻耶が驚いて逃げようとする。
それを堅三郎が許さないでホールドして項に強めに吸い付いた。

「けっ、堅っ!堅三郎さんっっ!?」
麻耶が悲鳴みたいに堅三郎を呼んだ。
それに答えるように堅三郎がフッと力を緩める。
麻耶がびっくりして振り向いて、イキナリビンタしようとするのを堅三郎が手首を掴んで簡単に防いだ。

「な?言うても麻耶ちゃんは女。後ろからこんな風にされたら抵抗出来ひんて自覚せな?」
堅三郎が麻耶を見下ろして言った。
吸い付かれた首と握られた手首が、妙にピリピリするようで、そして普段は大きいという印象のない堅三郎が、この時は大きく見えた。

「男、舐めたらアカンで?本気出したら僕のようなボンボンですらこうなんやで?」
堅三郎が諭すように言った。
麻耶が目を見開いて固まったまま堅三郎を見上げる。

「あ、堪忍、やり過ぎた?麻耶ちゃんに本気で危ないんやでって、わかってもらおうとして、大丈夫!何もせえへんて!」
堅三郎が手首を放して慌てて謝る。
「あ…。う、うん」
麻耶が取ってつけたように言った。
そしてカクン、とへたり込んだ。
堅三郎がそれにぎょっとして慌てて支える。

「ちょ!麻耶ちゃん!?嘘!そんなビックリさせたんか?!堪忍して!そんなつもりや無かったんやで?」
ふらついて倒れそうになる麻耶を抱きかかえた。
「違…小さい頃から癖で…低血糖…すぐ出る…」
麻耶がちょっと青ざめた顔で堅三郎にすがる格好で答える。
「飴ちゃん、あるのん?」
堅三郎が聞いた。
「バッグに…」
抱き止められた格好で麻耶が答える。
「開けてええのん?」
堅三郎がまた聞いた。
麻耶が頷く。
堅三郎が非常階段横の植木の影になるように移動して、麻耶を支える格好で彼女のバッグから飴を取り出す。
縋ったままの麻耶の口に取り出した飴を二つ食べさせて、そのまま支えて立った格好を維持して呟く。

「心配せえへんでこのままにしとき?密会カップル装えるし、一石二鳥や。」
麻耶を落ち着かせるようにやんわり抱いた。
そして背中をポンポンと撫でる。
「ご、ゴメン…迷惑かけて…」
麻耶が呟く。
「意外に弱いんやな?口は激強なんになあ?」
堅三郎が軽口を叩く。
「口だけだって言いたいの!?」
麻耶がまだ縋り付いたままで言った。
「いやいや?女の子らしくてええやん?僕はそういう麻耶ちゃん嫌いやないで?」
堅三郎がニンマリと笑って答える。
抱きとめられた格好のせいで堅三郎の表情は見えなかったものの、麻耶がそのセリフにドキン!とした。

(え…)
思いもしなかった心臓の痛みに麻耶が焦る。

(わわわ!何考えてるのアタシ!こ、この人、親友の婚約者!)
「あああ、あの!も、もう大丈夫!」
まだふらついたままで麻耶が離れようと腕を突っ張る。

それを堅三郎がグイ、と引き寄せた。

「駄目やろ?それでまた倒れたらどないすんの?ジッとしとき」
言うだけ言ってから当たり前みたいに麻耶をホールドする。
「言うたやろ?この位置なら植木の影やから防犯カメラにも見えにくいし、カップルがいちゃついとるように偽装でけるて。安心して抱かれとき」
堅三郎が言って、麻耶がそれにまた反応する。

(だ!抱かれときって!?いやそれ…)
とは思うものの、確かに堅三郎の言うとおりまだ低血糖でふらついていた。
(おっきいなあ…)
胸に抱かれてふと思う。

そしてまた慌てる。
(わーーー!ナイナイナイナイ!あり得ない!この人、親友の婚約者ぁぁぁ)
と、心で絶叫する。
知らず顔汗が出て来て、体温が急激に上がってくる。
低血糖が収まるどころか血の気が引いていくような気すらしてくる。

(いや今度は高血圧かも…)
今、心臓がバクバク言ってると自分でもはっきりわかる。
そして、多分今、自分が真っ赤になってる気がする。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!ヤバすぎてあり得ない!ナイナイナイナイ!)
と、心を落ち着かせようとして余計に焦ってくる。

腕の中の麻耶が居心地悪そうにモゾモゾしたから、堅三郎が麻耶をチラリと見る。
髪の毛の間から覗いている項がピンク色に染まっていて、俯いている彼女の肌が何色なのか知らせてくれる。
軽く抱きとめている格好だから堅三郎の掌は丁度麻耶の心臓の裏側辺りにあって、それは彼女の心臓がトクントクンと波打っているんだと感じていた。
(カオスになっちゃうのかなあ…)
ふと堅三郎が心で呟く。

(不味いかもなあ…)
とも思いつつ、見えている項を満足げに見つめた。

暫くはそうして二人して抱き合ったままで居た。

「も、……もう大丈夫…」
麻耶が呟く。
「ホンマに?もーちょい抱いてたほうがええんちゃうのん?」
堅三郎が聞いた。
それでまた麻耶の耳たぶが紅くなる。
「だ、大丈夫!」
取ってつけたようにおどけて笑う。

明らかに誤魔化そうとしてるその仕草に堅三郎がクスっと微笑った。

ちょうどその時に少し離れた部屋のドアがガチャリと開いて、二人が植木の影に隠れる。
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