私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

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祝言の日

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 白無垢に着替えた小夜は、天に案内され大広間へと向かう。そこにはすでに羽織袴姿のイサナギが座っていた。
 他に人の姿はない。

「小夜様、イサナギ様のお隣りへお座りください」
 天に促され、小夜はイサナギの隣へ座る。
「鬼の祝言は、少々人間の祝言とは違います。まず、朝に婚礼の儀を行い、その後は夜までお二人で過ごしていただきます。そして夜になりましたら、夫婦の儀を行っていただきます」

「夫婦の儀……?」
 小夜は初めて聞く言葉に、つい疑問が口をついて出てしまう。

「はい。夫婦の儀については、夜になりましたらイサナギ様が行ってくださいますので」
 小夜はちらっと隣に座るイサナギを見てみるも、彼は目を閉じ、話が終わるのをじっと待っているようだった。

「では、これから婚礼の儀を始めさせていただきます」
 天のその一言に小夜の緊張が高まる。

 天は二人の下座へ座ると、こほんと一つ咳払いをした。
「ご新郎イサナギ様、ご新婦小夜様。お二人は今後夫婦となり、いついかなる時も、お二人離れることなく、一生を共にすることを誓いますか?」
 イサナギは静かに目を開け、天を真っ直ぐ見ると、迷いのない声で答えた。
「誓おう」
 イサナギの余りにも真剣な声に、小夜の頬はほんのり赤くなる。

「小夜様」
 天の呼びかけにハッとして小夜も答える。
「誓い、ます」
 迷いのないイサナギの声とは裏腹に、小夜の言葉には迷いがあった。
 自分の言葉に申し訳なさを感じ、なんとなく盗み見をするようにイサナギに視線を移す。イサナギの顔を見て、小夜の頬に再び熱が宿る。
 今まで表情を変えなかったイサナギの口元に、わずかに笑みが浮かんでいるのが見えたからである。

「それでは小夜様、お酒を」
 天の声に小夜は慌てて視線を前に戻す。
「あ……その、私お酒は……」
「口をつけるだけで構いません」
 天は微笑む。小夜はかすかに盃に口をつけるが、強いお酒の匂いだけでくらっとしそうになる。

「それでは、イサナギ様」
 イサナギは盃に口をつけると、グッと一気に飲み干した。それを見届けた天は、締めの言葉に入る。
「それでは、これをもって婚礼の儀を締めさせていただきたいと思います。お二人これから幸せなご家庭を築いていってくださいませ。本日は誠におめでとうございます」
 天は深々と頭を下げる。
 小夜はあまりにも早い祝言の終わりにきょとんとしていた。それに気づいた天が小夜に微笑みかける。

「一番大事なのは、この後のお二人の時間と夜に行われる夫婦の儀なのです。どうかお二人でごゆっくりお過ごしください」
 天が話し終わるのと同時にイサナギが静かに立ち上がる。

「先に自室へ戻っている」
 そう一言残し、イサナギは大広間を後にした。

 その後、天と共に部屋へと戻ってきた小夜は、白無垢から新しい着物へと着付けをしてもらっていた。
 薄藍色の着物に、白と銀で桜の花が刺繍してあり、落ち着きがある中に華やかさもある着物だった。
「あの、この綺麗な着物は……」
「これもイサナギ様がご用意してくださったものなのですよ」
 天はにこにこと嬉しそうに着付けをする。

 それを聞いて小夜はふと思ったことを口にする。
「このお屋敷のご主人様がイサナギ様だから、私に色々とご用意してくれているのでしょうか?」
 小夜のその言葉に、天は驚いた様子で答えた。
「いいえ、まさか! イサナギ様は『好きなものを好きなように買うと良い』と屋敷にある物やイサナギ様のお着物などはすべて私達に任せてくださっております。このように誰かに何かを贈ることは初めてのことなのです」

「そう、なんですか」
 やはりイサナギの考えていることがわからず、うーん……と小夜は頭を悩ませる。

「あ……ですが、イサナギ様が今身に着けておられる藍色のお着物は、数年前にご自分でご用意したもののようです。確か髪色が藍色になったのもその頃かと……。お着物は、小夜様が来られた昨日、久しぶりにお召しになられました」
 天が思い出したように、そう口にした。

「え……?髪色は元々ではないんですか?」
「はい、地位の高い鬼というのは、皆様透き通った銀髪をされております。突然藍色になった理由は私にもわからないのです」
 イサナギについて色々と分からないことばかりで、頭の中がぐるぐるとする。
 
 ただひとつ、思うことがあるとするなら、『あの時のあの声』が、イサナギであってほしいということ。
 なぜそんな風に思うのか分からない。だが、そうであってほしいと小夜は思った。

「さて、お着替えが終わりましたので、イサナギ様のお部屋へ行きましょう」
「はい……」
 天に声をかけられ、イサナギの自室へと向かう。
 
 廊下から見える中庭の桜が、朝と変わらずひらひらと舞い落ちていた。そんな桜の花を見ながら、小夜は思う。
 もし、この桜の花の色のように、淡い期待を抱いてもよいのなら……と。

 イサナギの部屋の前へと来ると、天は『それでは』とその場を後にした。
「イサナギ様、小夜です」
 小夜が襖越しに声をかけると、中からすぐに返事が来た。
「入れ」

「失礼いたします」
 小夜はそっと襖を開け、中へと入る。
 イサナギは窓辺から、中庭に咲く桜を見ていた。
 イサナギが何も話さないので、小夜はどうしたらいいのか分からず、とりあえずその場に腰を下ろす。
「何故そんな所にいる。こちらへ来い」

 しんとしていた部屋で突然聞こえたイサナギの声に、小夜はかすかにビクッと肩を震わせた。

 言われた通りイサナギの元へ行き、その隣に座り直す。
 天が言っていた『二人で過ごす』時間というのは、一体何をしたら良いのか……小夜が悩んでいると、イサナギが口を開く。
「この時間の過ごし方が分からないか?」
 イサナギに図星をつかれ、小夜は俯く。

「申し訳ありません……」
 イサナギは窓の外を見たまま、小夜の言葉に応える。
「気にするな。私も分からん」

「え……」
 鬼の祝言の日の過ごし方を鬼が知らない、なんてことあるのだろうか……と思いつつ、小夜はイサナギに問いかける。
「なぜ、分からないのですか……?」
 桜の花びらがひらりと部屋に入ってきた。

「祝言の日の過ごし方は、朝の儀と夜の儀以外はその夫婦によって違うからだ」
「そう、なんですか……」
 イサナギが桜の花びらをそっと窓の外へ落とした。

「なにかしたいことがあれば言え」
 イサナギのその言葉に、小夜は一つ思いついた。
「あの、お話が、したいです……」
 イサナギは小夜の言葉にようやく窓から視線を逸らし、小夜を見た。
「昨日もそう言っていたな。今日はなにが話したい?」
 小夜はイサナギの宝石のように光る瞳を真っ直ぐに見る。

「その前にお礼をさせてください。このお着物はイサナギ様からの贈り物だと聞きました。ありがとうございます」
 小夜は両手をつき、頭を下げる。

「顔を上げろ」
 すぐにイサナギの声が聞こえ顔を上げると、手で口元を隠し小夜から視線を逸らすイサナギが目に入った。
「イサナギ様……?」

「……気にするな。それで、何が話したい?」
 イサナギの問いかけに、小夜は迷うことなく答える。

「なぜ、私との祝言をご自分から名乗り出たのですか?」
 イサナギはわずかに目を見開き、小夜に視線を戻した。
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