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祝言の日
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イサナギに問われ、小夜の全身に一気に熱が込み上げる。
「いえっ……!」
イサナギは一瞬小夜に視線を移し、すぐに逸らした。
「……そうか」
イサナギは寝間を後にすると、先程までいた部屋へと戻り窓辺へ腰を下ろした。
桜の花が舞う中、月明かりに照らされるイサナギの横顔は、とても綺麗だった。
「着物を正せ」
イサナギの言葉に、自分の着物がはだけたままになっていることに小夜は気づく。
頬が熱くなるのを感じながら、慌てて襟元を正しイサナギの元へと行く。
「今日はもう部屋へ戻れ」
「え……」
このまま一晩一緒に過ごすのかと思っていた小夜は少し驚く。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」
イサナギは窓の外を見たまま、優しい声色で小夜にそう言った。
「わかり、ました……。おやすみなさい」
小夜はこちらを見ないイサナギにそう呟くと、部屋を後にした。
イサナギは小夜が部屋を出たのを確認すると、深く息をついた。先程の小夜との会話を思い出す。
『あ、いえ……、その、初夜と言うので私はてっきり……』
『……お前は……『そう』したいのか?』
頬が赤く染まる小夜を思い出してイサナギはもう一度深く息を吐くと、口元を手で隠し、誰にも聞こえないように呟いた。
「私は何を聞いているんだ……」
半ば追い出されるようにイサナギの自室を後にした小夜は、とぼとぼと廊下を歩いていた。
やがて見えた中庭には風に揺られる桜があった。
先程までは、この桜の色のように『あの時の声』がイサナギであれば良いのにと淡い期待を抱いていたが、真実を知った今、小夜は喜びを感じていた。
「小夜様?」
ふと声をかけられ目を向けると、天が不思議そうにこちらを見ていた。
「イサナギ様とご一緒のはずでは……」
そう言われ、小夜は事情を話す。
「そうですか……イサナギ様が……。ですが、夫婦の儀が無事に終わったと聞いて私は嬉しゅうございます」
そう言って天が微笑む。
小夜のどこか柔らかい表情に気づいた天は問いかける。
「小夜様は、イサナギ様のことがお好きですか?」
小夜はその言葉に一瞬驚くも、すぐに天から視線を逸らし自分の胸元にそっと手を当てた。
「わかりません……」
そう答える小夜は恥ずかしそうで、しかし何かに想いを巡らせるようなそんな表情をしていた。天はそんな小夜を見て何も言わなかったが、静かに微笑んだ。
部屋へ戻ると、すぐに天が布団の準備をしてくれた。
「本当にお夕餉はいらないのですか?」
天が心配そうに小夜に声をかける。
「はい。今日はなんだか疲れてしまって」
天にはそう言ったが、本当はイサナギのことが頭から離れず、胸が締め付けられるような感覚がして食欲が湧かなかった。
「そうですよね。今日はお疲れさまでした。ごゆっくりお休みください」
にこっと笑い、天が部屋を後にする。
それを見届けた小夜は、鏡台の前へと行くと着物の襟元を少し開ける。鏡を見ると、そこには綺麗な雪の結晶の紋様があった。
小夜の口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
次の日の朝、朝餉を持ってきた天から、イサナギはすでに屋敷を出たということが伝えられた。
「え……? イサナギ様はどちらへ?」
「公務へと行かれました。身分の高い鬼には公務があるのです」
ずっとお屋敷の中で一緒なのかと思っていた小夜は、少し落ち込んだ様子だった。
「お寂しいですか?」
天に問われ、小夜は慌てて答える。
「いえ、そういうわけでは……」
頬が赤くなる小夜を見て、天はくすっと笑った。
「今日はお昼には戻って来られるそうですよ」
天にそう言われ、小夜の表情が明るくなる。
「ですので、それまではしばしお待ちください」
小夜は胸元にそっと手を置き、どこか嬉しそうに微笑んだ。
朝餉を食べ終わった小夜は、何をして過ごせばいいのか分からず、とりあえず部屋を出る。
中庭にはもう桜の花は無く、しんしんと白銀の雪が降っていた。
その時、廊下の向こうで天が忙しなく動いているのが見え、小夜は声をかける。
「天、何をしているんですか?」
「あ、小夜様! 今はお洗濯物を外に干しに行こうかと思っていたところです。中庭は雪が降っておりますので、外のお庭に」
そう話す天は、大量のかごを抱えていた。
「お手伝いします!」
小夜の言葉に天は驚き、かごを落としてしまう。
「も、申し訳ありません……!」
天は小夜に頭を下げながら、慌ててそれらを拾う。
小夜も天の元へ行き、拾うのを手伝おうとするがその手をそっと握られる。
「小夜様いけません。イサナギ様の奥方様にこのようなことをさせる訳には……」
「いいんです。私がしたいだけなので、お手伝いさせてください」
そう微笑みながら小夜は落ちた洗濯物を拾い、かごに入れていく。
「小夜様、イサナギ様に怒られてしまいます」
小夜は天の言葉にもう一度微笑んだ。
「その時は、私が夫と話をします」
小夜の口から出た『夫』という言葉に天は驚きながらも、ふふっと笑う。
「天?」
「あ、いいえ、その……小夜様が笑ってくださるようになって私は嬉しいのです」
天のその言葉に、確かにここに来たばかりの時と比べてだいぶ心が穏やかになっているように小夜も感じていた。
「さて、洗濯物を運びましょうか」
天はよいしょとすべてのかごを持つ。
「あ、私も……」
小夜も持とうとするが、そこは天に止められた。
「重いものですので、小夜様にご負担はおかけできません。その代わり、外に干すのをお手伝いしていただけますか?」
「……わかりました」
二人は外へ出ると、洗濯物を干し始める。
「今日はお天気がよろしいですね」
天は雲一つない真っ青な空を見て言った。
「はい、そうですね」
小夜もまた、そんな空を見て天の言葉に答えた。
「そういえば天も『天』という名前ですね。天はこの青空のように明るくて、私は天が好きです」
「小夜様……」
天は熱くなる目元をぐっと抑え、小夜に言葉を返す。
「私も、小夜様のことが好きでございます。イサナギ様が小夜様のことをお好きなのもわかります」
天のその言葉に小夜の頬が熱くなる。
その時、今となっては聞きなれた低い声が小夜の耳に届いた。
「何をしている」
「いえっ……!」
イサナギは一瞬小夜に視線を移し、すぐに逸らした。
「……そうか」
イサナギは寝間を後にすると、先程までいた部屋へと戻り窓辺へ腰を下ろした。
桜の花が舞う中、月明かりに照らされるイサナギの横顔は、とても綺麗だった。
「着物を正せ」
イサナギの言葉に、自分の着物がはだけたままになっていることに小夜は気づく。
頬が熱くなるのを感じながら、慌てて襟元を正しイサナギの元へと行く。
「今日はもう部屋へ戻れ」
「え……」
このまま一晩一緒に過ごすのかと思っていた小夜は少し驚く。
「今日は疲れただろう。ゆっくり休むと良い」
イサナギは窓の外を見たまま、優しい声色で小夜にそう言った。
「わかり、ました……。おやすみなさい」
小夜はこちらを見ないイサナギにそう呟くと、部屋を後にした。
イサナギは小夜が部屋を出たのを確認すると、深く息をついた。先程の小夜との会話を思い出す。
『あ、いえ……、その、初夜と言うので私はてっきり……』
『……お前は……『そう』したいのか?』
頬が赤く染まる小夜を思い出してイサナギはもう一度深く息を吐くと、口元を手で隠し、誰にも聞こえないように呟いた。
「私は何を聞いているんだ……」
半ば追い出されるようにイサナギの自室を後にした小夜は、とぼとぼと廊下を歩いていた。
やがて見えた中庭には風に揺られる桜があった。
先程までは、この桜の色のように『あの時の声』がイサナギであれば良いのにと淡い期待を抱いていたが、真実を知った今、小夜は喜びを感じていた。
「小夜様?」
ふと声をかけられ目を向けると、天が不思議そうにこちらを見ていた。
「イサナギ様とご一緒のはずでは……」
そう言われ、小夜は事情を話す。
「そうですか……イサナギ様が……。ですが、夫婦の儀が無事に終わったと聞いて私は嬉しゅうございます」
そう言って天が微笑む。
小夜のどこか柔らかい表情に気づいた天は問いかける。
「小夜様は、イサナギ様のことがお好きですか?」
小夜はその言葉に一瞬驚くも、すぐに天から視線を逸らし自分の胸元にそっと手を当てた。
「わかりません……」
そう答える小夜は恥ずかしそうで、しかし何かに想いを巡らせるようなそんな表情をしていた。天はそんな小夜を見て何も言わなかったが、静かに微笑んだ。
部屋へ戻ると、すぐに天が布団の準備をしてくれた。
「本当にお夕餉はいらないのですか?」
天が心配そうに小夜に声をかける。
「はい。今日はなんだか疲れてしまって」
天にはそう言ったが、本当はイサナギのことが頭から離れず、胸が締め付けられるような感覚がして食欲が湧かなかった。
「そうですよね。今日はお疲れさまでした。ごゆっくりお休みください」
にこっと笑い、天が部屋を後にする。
それを見届けた小夜は、鏡台の前へと行くと着物の襟元を少し開ける。鏡を見ると、そこには綺麗な雪の結晶の紋様があった。
小夜の口元にはかすかに笑みが浮かんでいた。
次の日の朝、朝餉を持ってきた天から、イサナギはすでに屋敷を出たということが伝えられた。
「え……? イサナギ様はどちらへ?」
「公務へと行かれました。身分の高い鬼には公務があるのです」
ずっとお屋敷の中で一緒なのかと思っていた小夜は、少し落ち込んだ様子だった。
「お寂しいですか?」
天に問われ、小夜は慌てて答える。
「いえ、そういうわけでは……」
頬が赤くなる小夜を見て、天はくすっと笑った。
「今日はお昼には戻って来られるそうですよ」
天にそう言われ、小夜の表情が明るくなる。
「ですので、それまではしばしお待ちください」
小夜は胸元にそっと手を置き、どこか嬉しそうに微笑んだ。
朝餉を食べ終わった小夜は、何をして過ごせばいいのか分からず、とりあえず部屋を出る。
中庭にはもう桜の花は無く、しんしんと白銀の雪が降っていた。
その時、廊下の向こうで天が忙しなく動いているのが見え、小夜は声をかける。
「天、何をしているんですか?」
「あ、小夜様! 今はお洗濯物を外に干しに行こうかと思っていたところです。中庭は雪が降っておりますので、外のお庭に」
そう話す天は、大量のかごを抱えていた。
「お手伝いします!」
小夜の言葉に天は驚き、かごを落としてしまう。
「も、申し訳ありません……!」
天は小夜に頭を下げながら、慌ててそれらを拾う。
小夜も天の元へ行き、拾うのを手伝おうとするがその手をそっと握られる。
「小夜様いけません。イサナギ様の奥方様にこのようなことをさせる訳には……」
「いいんです。私がしたいだけなので、お手伝いさせてください」
そう微笑みながら小夜は落ちた洗濯物を拾い、かごに入れていく。
「小夜様、イサナギ様に怒られてしまいます」
小夜は天の言葉にもう一度微笑んだ。
「その時は、私が夫と話をします」
小夜の口から出た『夫』という言葉に天は驚きながらも、ふふっと笑う。
「天?」
「あ、いいえ、その……小夜様が笑ってくださるようになって私は嬉しいのです」
天のその言葉に、確かにここに来たばかりの時と比べてだいぶ心が穏やかになっているように小夜も感じていた。
「さて、洗濯物を運びましょうか」
天はよいしょとすべてのかごを持つ。
「あ、私も……」
小夜も持とうとするが、そこは天に止められた。
「重いものですので、小夜様にご負担はおかけできません。その代わり、外に干すのをお手伝いしていただけますか?」
「……わかりました」
二人は外へ出ると、洗濯物を干し始める。
「今日はお天気がよろしいですね」
天は雲一つない真っ青な空を見て言った。
「はい、そうですね」
小夜もまた、そんな空を見て天の言葉に答えた。
「そういえば天も『天』という名前ですね。天はこの青空のように明るくて、私は天が好きです」
「小夜様……」
天は熱くなる目元をぐっと抑え、小夜に言葉を返す。
「私も、小夜様のことが好きでございます。イサナギ様が小夜様のことをお好きなのもわかります」
天のその言葉に小夜の頬が熱くなる。
その時、今となっては聞きなれた低い声が小夜の耳に届いた。
「何をしている」
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