私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

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「あの、それはどういう……」
 小夜はイサナギにその言葉の意味を問いかける。

「お前は、私のことを好いてはいないだろう」
 イサナギの言葉を聞いて、小夜はイサナギとの会話を思い出す。

『普通、婚姻というものは好いている者同士がするものだ。お前は私と、本当に夫婦になることができるのかと聞いている』
『わかりません……。ですが、私には行くところがないのです。イサナギ様のお傍しか、ないのです……』

「お前は、行くところがないからここにいるだけだと」
 イサナギの瞳がわずかに揺れた。イサナギが自分のことをどれだけ想ってくれているのか、今なら分かる。

「だから私は待つ」
 イサナギは小夜の目を真っ直ぐに見て言った。
「え……?」

「お前が私を好くまでは、何もしないと約束しよう」
 イサナギの真剣な表情が、その言葉が嘘ではないことを証明しているかのようだった。
「ただ……」

 瞬間、小夜は優しい温もりに包まれる。
「このくらいは許してくれ」
 イサナギが優しく小夜を抱きしめていた。小夜の頬がうっすらと桜色に染まる。

「……はい……」
 小夜はイサナギの背中にそっと腕を回し、イサナギだけに聞こえるように呟いた。

 やがてイサナギが体を離すと、小夜に言葉をかける。
「そういえば『何か自分にも出来ることがあれば』と言っていたな」
 ふと離れていく温もりに少し寂しさを感じつつも、小夜は返事をする。
「はい……」

 イサナギは一瞬何かを考えるような素振りをして、小夜の目を見た。
「では、私の部屋の掃除を任せられるか?」
「え……イサナギ様の、ですか?」
 イサナギのその言葉に小夜は驚く。

「嫌か?」
「い、いえ……! 私が、その、イサナギ様の自室へ入って良いのでしょうか?」
 狼狽える小夜を見て、イサナギがなんてことないように答える。
「何を言っている? 毎日入っているだろう。夫婦の儀も行い、今もこうして……」
 イサナギは自分の言葉に、夫婦の儀や小夜を抱きしめたことを思い返し、頬に熱が宿る。
 咄嗟に口元を隠すが、目の前にいる小夜も頬が赤くなっているようだった。
 お互い何も言えずに静寂が広がる。

「あ、あの、それでは私、お部屋に戻りますね」
 静寂を破るように小夜がイサナギに声をかける。
「あぁ……」
 イサナギもどこかぎこちなくそれに答えた。

「では、失礼します」
 小夜は頭を下げると、今度こそイサナギの自室を後にする。

その後も、二人の頬には熱が宿ったままだった。

 小夜が部屋へ戻る途中、天が声をかけてきた。
「小夜様! イサナギ様は、その、大丈夫でしたか?」
「あ……はい……」
 歯切れの悪い小夜の言葉に天は心配するも、その桜色に染まる頬を見て何かを察したようだった。

「そうですか。良かったです」
 微笑む天に、小夜が問いかける。

「あの、お掃除道具はどこにありますか?」
 天は小夜の言葉に慌てて答える。
「小夜様、いけません! お掃除などそんな……!」
 
 小夜が天に事情を話すと、天が驚く。
「イサナギ様が小夜様に自室を……ですか?」
「はい、やはりあまり良くないことなのでしょうか?」
 天の反応に小夜は少し落ち込む。
「とんでもありません! イサナギ様が小夜様にお頼みになったのであれば、問題はございません」
 天は微笑む。

「イサナギ様は、本当に小夜様のことがお好きなんですね」
「え……?」
「ご自分のお部屋を誰にも掃除させたことはありませんでしたので」
 天の言葉に、今度は小夜が驚く。
「そうなんですか?」

「えぇ、なのでよほど小夜様に心を開いていらっしゃるのだと思いますよ」
 小夜の桜色に染まっていた頬が、色濃くなる。

 そんな小夜を見て、天がふふっと笑った。
「では明日、お掃除道具の場所をご案内いたしますね」
「はい、よろしくお願いします」

 天と別れてから部屋へと戻ってきた小夜は、先程イサナギに抱きしめられたことを思い出し、再び頬に熱が宿る。
 小夜は鏡台の前へ行くと、襟元を開け雪の結晶の印を確認した。
 それはイサナギの左首元にあるものと全く同じもので、それが嬉しく、小夜の口に笑みが浮かんだ。

 次の日、イサナギが早くに家を出ることを昨日知った小夜は、見送れるようにと早起きをした。

 イサナギの自室へ向かうと、襖の前で声をかける。
「イサナギ様、小夜です」
 一呼吸置いて返事が聞こえる。
「入れ」

「……失礼します」
 小夜がそっと襖を開けて中へ入ると、そこには外出着に着替えている途中のイサナギがいた。小夜の頬が瞬時に赤く染まる。
「も、申し訳ございません!」
 そう言って部屋を出ようとする小夜をイサナギが呼び止める。
「構わん。そこにいろ」

「……はい……」
 小夜はその場に腰を下ろすが、目の行き場がなく俯く。そんな小夜にイサナギが話しかける。

「昨日は、あの後何をしていた?」
 急な問いかけに、なぜそんなことを聞くのかと思いつつも、小夜は答える。

「……イサナギ様に言われた通り、お裁縫をしていました。その後はお夕餉を食べて、湯あみをして、眠りにつきました」
「……そうか」
 イサナギは着替えの終わりと共にそう呟くと、小夜に近づく。
 ふわっとイサナギに抱きしめられ、小夜の頬が熱くなる。
「あの、イサナギ様……?」

 イサナギは体を離すと、優しく微笑んだ。
「行ってくる」
「あ……門口までお見送りいたします」
 小夜は慌てて声をかけるが、イサナギがそれを制した。
「ここで良い」

 自室を後にしようとするイサナギに小夜が問いかける。
「あの……イサナギ様は、昨日あの後何をされていたんですか?」
 イサナギは軽く振り返ると、小夜のその問いに答えた。

「お前のことを考えていた」
 その口元には笑みが浮かんでおり、小夜の頬が赤く染まる。

「掃除の件だが、部屋で気になるものがあれば、何でも見るなり触るなり好きにしろ」
 そう言い残すと、イサナギは自室を後にした。

「……いってらっしゃいませ」
 少し寂しい気持ちを抱えながら、小夜はイサナギの遠ざかる背中に頭を下げた。
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