私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

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 その頃、とある屋敷に、ある噂が舞い込んでいた。それを従者から聞き、男の口元に笑みが浮かぶ。
「ほぉ……あのイサナギが人間を嫁に、か」

 そう口にした男の額には二本の大きな角があり、鎖骨まである髪は一つに纏められ、その色は透き通るような白銀をしていた。

「はい、お名前は小夜様と仰るようです」
「小夜、か。……挨拶しとかねぇとなぁ」
 透明感のある赤い瞳が、朝の光を浴びて怪しく光った。

 小夜は外にある掃除用具を取りに行き、イサナギの自室へと向かった。
 イサナギの部屋の掃除をすることになぜか緊張を覚え、大きく深呼吸する。いざ部屋へ入ると、いつもそこにいるイサナギの姿が無く、少し寂しい気持ちになった。
「イサナギ様……」

 小夜は無意識にイサナギの名前を口にする。はっと込み上げた恥ずかしさを振り払うように首を振り、掃除に取り掛かった。

 しばらく掃除をしていると先程のイサナギの言葉を思い出す。

『気になるものがあれば、何でも見るなり触るなり好きにしろ』

 そうは言われたが、特に気になるものはない。逆に言えば全て気になる。
 たくさんの書物に高価そうな置物、綺麗に整理された着物。
 イサナギの見えなかった部分が見えたような気がして、小夜はどこか嬉しさを感じた。

 イサナギの自室は広く、掃除が終わるのに思ったより時間がかかってしまった。
 そろそろ昼餉時で天が小夜の部屋へ来る頃だろうと思い、掃除用具を片付けに急いで外へ向かう。

 今日は昨日とは違い、空は厚い雲に覆われており、春だというのに少し肌寒さを感じる。
 小夜が身震いしながら掃除用具を片付けていると、背後からイサナギのものではない低い声が聞こえた。

「よぉ」

 急に声をかけられ驚いた小夜は、恐る恐る振り返る。そこには白銀の髪を持つ男が立っていた。
 その額には二本の角があり、透き通るような赤の瞳で小夜を見下ろしている。

「お前が小夜か?」
 知らない男に名を呼ばれ小夜は更に驚くが、その身なり、髪色、そして角を見てすぐに『地位の高い鬼』であることが分かった。
「あ……はい……あの……」

 この屋敷の者ではないことは分かるが、どう対応して良いか分からず小夜は狼狽える。

「ふーん……」
 男は小夜に顔を近づけ、まじまじと小夜を見る。
「あ、あの……どちら様、でしょうか……」
 小夜の絞り出すような声に、ふとその顔が離れる。

「あぁ、悪いな。俺の名はランキリだ。まぁ、イサナギの友人とでも思っとけ」
 イサナギの友人と聞いて小夜は少しほっとした。

「あ……イサナギ様は今、公務でいらっしゃらなくて……」
「知っている。だから来たんだ」
 ランキリは口元に笑みを浮かべてそう言った。

「え……?」
 小夜が不思議に思っていると、急に体が暖かくなったように感じた。
 周りを見てみると、かすかな炎の粒が小夜の周りにふよふよと浮いていた。

「これは……」
「俺の鬼力だ」
 小夜が驚いてランキリを見ると、わずかに笑みを浮かべながら小夜を見ていた。

「お前、震えてただろう」
 その言葉に、先程まで寒さで震えていたことを思い出す。

「あ……その……ありがとう、ございます」
 ランキリが温めてくれたと分かり、小夜はお礼を言う。

「礼ならその体で払え」
「え……」
 
 その時、屋敷の方から小夜を呼ぶ天の声が聞こえてきた。
「小夜様ー! 小夜様ー! どちらにいらっしゃるのですか?」

 その声にランキリは軽く舌打ちすると、小夜の周りにあった鬼力を消した。 
「じゃあな」
 そう一言残し、ランキリの姿が消えた。

「あぁ、小夜様! こちらにいらっしゃいましたか!」
 天が小夜を見つけて駆け寄る。
「天……」
 天の姿に小夜は安堵した。そんな小夜の表情を見て、天が心配そうに問いかける。
「小夜様、何かありましたか?」

 小夜がランキリのことを話すと、天は驚きつつも怪訝そうな顔をした。
「ランキリ様が……ですか……」
「はい……」
 天は何かを考えている様子だったが、すぐにいつものように明るく微笑んだ。

「小夜様、ランキリ様の件は私からイサナギ様へ伝えておきますので。とにかく今は屋敷へ戻って湯あみをしましょう。お体が冷えているかと思いますので」
「あ……はい」

 小夜と天が屋敷へと戻っていく姿を、ランキリが離れた場所から見ていた。

 その夜、イサナギの自室へと呼ばれた小夜は、腕を組み不機嫌そうにしているイサナギの前に座っていた。

「天から聞いた。ランキリがお前の元へ来たのは本当か?」
 心底不愉快そうにイサナギが小夜に問いかける。
「はい……」

 イサナギは深く息を吐いた。
「今後、あやつにはあまり関わるな」
 小夜はその言葉に疑問を持つ。
「ですが、イサナギ様のご友人なのでは……」
 イサナギの整った眉がわずかに動き、再び深くため息をついた。

「……あやつがそう言ったのか?」
「はい……」
 イサナギの反応が、どうも友人という感じではなさそうなことに小夜は薄々気づいていた。

「あれは昔から何かと私を敵対視している。今回お前の元へ来たのも何か考えあってのことかもしれん」
「そう、なんですね……」
 ではなぜランキリは『友人』などと言ったのか……、なぜ自分に声をかけてきたのか……、小夜は思いを巡らせる。

「ところで……」
 イサナギが悩む小夜をじっと見る。

「あやつに何もされていないだろうな?」
 イサナギのその視線に居た堪れない気持ちになりつつも、小夜は答えた。
「はい……特に何も……」
「……そうか」
 そこで小夜があることを思い出す。
「あ……」

 小夜の呟きにイサナギが即座に反応した。
「なんだ」

「あ、あの、お外が寒かったので、その……温めて、いただきました」
 小夜の言葉にイサナギは一瞬の間固まる。

「それはどういう……」
 イサナギの冷ややかな視線に小夜は慌てて答える。
「あの、鬼力で……」
 イサナギの表情に安堵の色が見えたが、やはりどこか不機嫌そうにしていた。

「そうか……。他に何か嫌なことを言われたりはしなかったか?」
 イサナギが今度は心配そうに小夜に問いかける。
「嫌なこと、ではないのですが……」

「なんだ」
 イサナギの目が細められる。
「あの、温めていただいたお礼を言ったら、『礼なら体で払え』と……」

 イサナギの目が一瞬見開き、冷たい表情になったかと思うと、地を這うような低い声が聞こえた。

「なんだと……?」
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