私の旦那様は、鬼でした

寒桜ぬも

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 今まで聞いたことのない、怒りが滲むような声に小夜は青ざめる。
「ただ、その……私、その言葉の意味がよく分からず……」

 イサナギは目を閉じて軽く息をつく。
「私にも分からん。が、良い意味ではないのは確かだろう」
 その言葉に小夜は俯く。そんな小夜をイサナギは優しく抱きしめた。
「イサナギ様……?」

「私は公務がある。いつも傍にいてやれるわけではない。何かあれば天を呼べ。わかったな?」
 その声は静かで、しかしどこか不安そうだった。
「わかり、ました……」
 小夜はそっとイサナギを抱きしめ返す。イサナギは小夜を抱きしめたまま、その耳元で呟いた。

「今日からはここで寝ろ」
「え……」
 ここはイサナギの自室であって、その言葉に小夜の頬が赤く染まる。
「ですが……」
「寝てる間にでもあやつに来られては敵わん」
 イサナギが軽くため息をつく。小夜は戸惑いながらも頷いた。
「わかりました……」
 イサナギは体を離すと、小夜の頬にそっと手を当てた。その表情はとても優しいものだった。

 その後、イサナギは灯してあった蠟燭の火を消し、布団へ入る。
「来い」
 イサナギに呼ばれ、小夜の心臓が跳ねる。
「はい……」
 静かな部屋に自分の鼓動の音が響いているような気がして、小夜は恥ずかしくなった。
 布団へ入り、イサナギの隣で横になるとそっと抱きしめられる。小夜は頬が赤くなるのを感じながらも、その腕を払ことはない。

「お前は、こうして私が抱きしめても嫌がることはないのだな」
 イサナギは自分の腕の中でじっとしている小夜に言葉をかけた。

「はい、嫌では……ないので」
 小夜のその言葉に、イサナギの小夜を抱きしめる腕にわずかに力が入る。
「イサナギ様?」

「お前は……本当に私を惑わせる」
 イサナギの呟きは小さなものだったが、小夜の耳にはしっかりと届いた。

「それはどういう……」
 小夜はイサナギの顔を見ようとするが、イサナギの腕の力が強まり、それを制された。

「ここにいるのは行き場がないだけだと言いながら、こうして振り払うこともなく私の腕の中にいる」
「それは……イサナギ様が……」
 小夜はイサナギが『このくらいは許してくれ』と言って抱きしめたことを思い返す。
「それでもだ。振り払おうと思えば振り払えるだろうに、お前はそれをしない。『嫌ではない』と言う」
「それは……」
 小夜は薄々気づいていた。もしかしたら自分は、イサナギのことを……。

「そんなお前の些細な言動に、私は期待してしまう。お前が、少しでも私のことを想ってくれていればと……」
 その言葉に小夜の胸が締め付けられるように苦しくなった。
「イサナギ様……」

「……すまない」
 イサナギの腕の力が緩められる。
「お前を困らせたいわけではない。これは、私の我儘だ」
 それは以前にも聞いた言葉だった。天に嫉妬したことに対し『この感情は、私の我儘だ』と。
 小夜を想うイサナギの気持ちを、イサナギは自分の我儘だと言う。
「イサナギ様……」
 決してそのようなことはないと、我儘などではないと、小夜は思うがそれを言葉に表すことは出来なかった。

「すまない。もう寝ることとしよう」
「……はい」
 イサナギは小夜を優しく抱きしめたまま、そっと目を閉じる。

 まだ自分のイサナギへの気持ちには迷いがあると思った小夜は、イサナギの温もりを受け入れることしかできなかった。


――――
 朝にイサナギを公務へ見送り、夜は二人で床に就く。
そんな毎日が当たり前のように過ぎていき、桜の季節が終わりを迎える頃。

「悪いが、一月程屋敷を空ける」

「え……?」
 小夜が公務から帰ってきたイサナギを門口で出迎えると、唐突にそう伝えられた。
「なぜ、ですか……?」
 突然の言葉に小夜の心に不安が過ぎる。

「やらなければならないことができた」
 その声は落ち着いていて、いつも通りのように感じられた。しかし、イサナギの眉間には皺が刻まれ、その表情は何かを焦るような、切羽詰まった様子に伺えた。

「少し天と話す。お前は先に私の自室へ行け」
 イサナギはそう言うと、小夜の返答を待たずに廊下の奥へと消えていった。
「あ……」
 小夜はその姿を心配そうに見届ける。不安を抱えながらも、小夜はイサナギに言われた通り彼の自室へと向かった。

 しばらく部屋で待っていると、襖が開きイサナギが軽くため息をつきながら入ってくる。
「待たせてすまない」
「いえ……」

 いつもならここで外出着から寝衣に着替えるイサナギが、今日は着替えようとしない。
「イサナギ様……?」
 小夜がイサナギの名を呼ぶと同時に、イサナギは小夜を抱きしめた。その腕には力が込められており、いつもの優しさが感じられなかった。

「すまない。これから屋敷を出る」
 イサナギのその言葉に、小夜の心に一気に不安が押し寄せてくる。

 どこに行くのか、何をするのか、なぜ一月も……小夜の頭にはそんな思いが巡っていた。
 イサナギは小夜から体を離すと、そっと小夜の頬を撫でた。

「行ってくる」
 そう口にしたイサナギの表情には、かげりがあった。
 小夜に背を向け、部屋を出ようとするイサナギを咄嗟に呼び止める。
「あの、イサナギ様……!」
 振り返るイサナギに小夜は言葉を続けた。

「帰って……きますよね……?」
 小夜の言葉にイサナギは優しく微笑んだ。
「当たり前だ」
 心に不安は残りつつも、その言葉を聞いて小夜もイサナギに微笑み返す。

「お待ちしています……。行ってらっしゃいませ」
「あぁ」
 イサナギはそう一言残し、部屋を出ていった。

 イサナギを見送った後、小夜は自分の部屋へと向かう。

『今日からはここで寝ろ』

 イサナギにそう言われて以来、自分の部屋で寝るのは久しぶりのことだった。
 一人布団へと横になる小夜だったが、やはりどうしてもイサナギのことが気がかりで寝付けそうにもない。

 小夜は起き上がると廊下へと出た。
 中庭のところまで来ると、そこに降っている雪に目を向ける。
「イサナギ様……」

 小夜はその足で天のいる部屋へと向かった。

 部屋の前まで来ると、襖越しに声をかける。
「天。小夜です」

 その声に天が慌てて部屋から出てきた。
「小夜様!? どうなさいましたか!?」
 天が心配そうに小夜を見ると、小夜の顔には憂いの色が帯びていた。

「天に聞きたいことがあります」
 天は小夜のその言葉と表情に何かを察したようだった。

「イサナギ様の、ことですか……」

「はい……」
 小夜の返事に天はそっと目を閉じ、そして一呼吸置いた。

「わかりました。どうぞ中へお入りください」

 小夜が部屋へと入ると、天がぱたんと襖を閉め、二人は向かい合うように座った。

 そこに流れる静寂を消すように小夜が口を開く。
「イサナギ様は、どちらに行かれたのですか?」

 天は少しの間悩む素振りを見せたが、何かを覚悟したように小夜の問いに答えた。

「小夜様、どうか落ち着いて聞いてください」
 天のその真剣な表情に、小夜の不安が増す。天はそっと目を閉じると、言葉を続けた。

「イサナギ様は……」
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