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◎一年目、翌年の四月に至るまでの章―外伝―

■義務教育を受けているヤツの気が知れない

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 早朝、里奈と由芽はクランメンバーと合流するため待ち合わせ場所に向かっていた。

 公道を走るのは自動運転の車両のみで、人間は公道を出ることはないし、それに疑問を持つこともない。

 里奈たちは歩道がどれだけ狭くても当然そこを歩く。
 二人並んでようやく歩ける歩道を二人で歩いていると、対面より黒い学ラン姿の男子が歩いてくる。

 その服装が何を意味するのかを東京にいる少年少女たちは皆知っている。

 学ラン姿とは東京にいて義務教育を受けている者の証である。それはこの街に生きる少年少女たちにとってもっとも恥ずべき行為であった。

 学ラン姿の少年は背格好からして里奈と年齢は変わらないくらいだろうか。
 度の厚いメガネをつけているせいで、表情がまるでわからない。

由芽が道を空けると、少年は会釈して通り過ぎていく。

 東京で学校に通うくらいなら地元に帰るほうが賢明だし、事実そうしている子供も少なからず存在する。

 東京で学校に通うのはかえって目立つ行為だ。

「あなた、どうして学校に通っているの?」

 思わず里奈は声をかけてしまった。呼び止められた少年は振り返ってくる。

「僕は東京で人探しをしています。それは学校に通いながらできるので」

 どうして声をかけたのか里奈自身が混乱していた。

 しかも無視されると思っていたので、返答する言葉を用意していなかった。

「そう。見つかるといいわね」

「ありがとうございます」

 少年はそれ以上会話が続かないことを察したのか、会釈をして去っていく。

「なんか変わった人だったね」
「そうだね」

 義務教育を放棄して東京にきた人間が東京で義務教育を受けている。
 これほど奇妙な話があるだろうか。

 共感しようがないことを里奈は一刻も早く忘れたいと思うのだった。
 



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