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◎二年目、五月の章

■行商人の娘が登場した。

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 里奈の肩をちょんちょんとつつくのは誰か。里奈が振り向いた先には年頃の娘がいた。赤い着物に三度笠さんどがさという格好をしている。

「お困りのようでんな」

 何者だこいつというのが里奈の最初の印象であった。

「あたいは迷宮の行商人ですわ。あんたさん、物入りなんとちゃいますのん?」

 行商人? 里奈は首を傾げる。

「行商人っていうのは東京迷宮の数少ないNPCノンプレイヤーキャラだよ。ひょっとしたら式神を売ってるんじゃないかい?」

 なるほどそういうことであれば渡りに船だ。

「買い物するわ!」

 思わず里奈は張り叫んでしまう。

「大きい声の御人おじんでんなぁ。やったらあたいが揃えた自慢の品の数々見てってんな」

 システム画面が開くと式神が全部で10枚売ってあった。とりあえずそれはすべて購入する。

「行商人が売ってるのはレアなのが多いから金が許す限り買い占めするのが鉄則だよ」

 そうなのかと里奈はとりあえず他のものも買えるだけ買うことにする。

 買えなかったものについては明里と葵がそれぞれ購入していた。

「おおきに。ええ御人方やわぁ。あたいの懐もほくほくや」

 行商人の娘は頭をおしゃまに下げる。それから「思い出した」とばかり里奈に再び話しかけてくる。

「あんたさん、紅烏の使い手やんね。あっちの鬼さんと戦ってるのは蒼烏の使い手やし」

 それがどうしたというのか。里奈は一刻も早く久遠を助けに行きたかった。

「知っとった? 三色烏さんしきからすいうんよ。あんたさん方の装備は」

 行商人はそれだけ言うと「そいじゃね」と袖を振りながら、からんころんと下駄を鳴らして闇夜に消えていったのである。

 だが、いまの里奈にはその情報が有益なのかどうかさえ判断がつかなかった。

 久遠は必死に耐えている状態だった。一刻の猶予も許さない状況である。
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