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◎二年目、五月の章

■船を見送ったあと、里奈たちは帰路につく

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 船が港を出たあとも里奈たちはしばらくの間、見送っていた。

「名前決めたってよ」

 晴が半ば呆れ口調で報告してくる。海と名づけるそうだ。

「唐突ねぇ」

 光らしいといえばそうなるだろう。

「ほら。明里さんもいつまでも泣いてないで帰ろうぜ」

「だって、だってさぁ」

 明里は新人のときに世話になった光に対して、今回の件で何もできなかった自分のことを悔いているとのことだった。

 光が妊娠したことでクラン内がゴタついたということだが、詳しい話について里奈は自分から触れることは今後もないだろうと思っていた。

「それじゃあ光さんの子供の名前も決まったし、景気づけに何かおいしいもの食べて帰りましょうよ。久遠のおごりで」

 おいと久遠が睨んでくるが里奈からすれば知ったことではない。

 これは決定事項だ。

「じゃあ肉がいい。焼き肉がいい!」

 明里も乗ったとばかり焼き肉宣言をはじめる。

「悪いねぇ、

 明里は久遠の腕に露骨なまでに胸を当てる。少し顔が緩むのを里奈は見逃さなかった。

 しかしまあ、これで断ることはないだろうと里奈は思ってしまう。

「色仕掛けか」

 そういえば以前に久遠にやろうとして、かえって心の傷になったことを思い出す。二度とやるまいとは思うが、自分もまだ成長期なのだから明里くらいの年齢になればひょっとしてと思ってしまう。

「お前、変なこと考えたろ」

 晴がニヤニヤ笑っている。里奈は自分がどんな表情をしているのか顧みて、急に恥ずかしくなる。

「ま、いいんじゃねぇの。まだ成長期なんだろ?」

「当然よ」

 里奈は胸を張る。これは虚勢などではない。

「よーしぃ! 食うよーっ!」

 急に明里が走りだす。

「店は決まったんですか?」

 久遠が問いかけてると、答えが返ってくる。

「それはあんたに任せるよ」

 潮騒が遠のいていく五月の半ば。

 日差しが強くなって夏を予感させた。

 一方で月末には梅雨に入るという予報もでている。

 春は間もなく終わろうとしていた。
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