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◎二年目、六月の章

■プリズム・タワーは闇に染まる

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 真鈴が違和感を感じたのはドアを開けたときである。

 それより早くに久遠が「開けるな」という制止が入ったが、時はすでに遅しであった。

 ドアを開けた瞬間に炎が吹きつけられる。そのすんでのところで久遠が真鈴の体を引き寄せる。

「館内なら安全とかそういうワケじゃないんだな……」

 久遠は舌打ちをする。

 気がつけば真鈴は自分が東京迷宮にログインしていることに気がつく。

「これってどういうこと?」

 久遠に訊ねるが、答えてはくれない。代わりに真鈴の腕をつかんで走りだした。

「説明はあとです。まずはここから逃げましょう」

 背後から提灯にコウモリの羽根が生えた魔物たち。それを従えるように巨大な人骨の紅い瞳を滴らせた魔物。

「なるほどここがだからか」

 久遠は勝手に納得している。

 対して真鈴は状況がさっぱりわからなかった。

「どうなってるの?」

「……僕らはいま迷宮の最奥にいるんですよ」

 提灯の魔物はともかく人骨はあきらかに強そうだ。

「どうするの?」

「逃げます」

 久遠は真鈴の手を引いて、下の階へ繋がる階段を目指して走りだす。

 真鈴は東京迷宮をほとんどやりこんでいなかった。そのためレベルは低いし、装備も初期装備に近い。

「真鈴さんは提灯お化けの攻撃でも当たれば即死ですから」

 だから気をつけてと久遠は注意をする。

「私はどうしたらいいの?」

「僕が守ります」

 久遠は真剣な面持ちだった。その言葉は本当なのだろう。

 こういう表情もするんだと真鈴は胸のあたりが熱くなるのを感じた。

「……あの骸骨も追いかけてくるよ」

「ここのボスモンスターでしょうね」

 名前はがしゃどくろというらしい。

「戦うの?」

「戦いたいんですか?」

「まさか」

 久遠は提灯お化けの炎攻撃を察知して、真鈴を抱えあげる。

 いわゆるお姫様抱っこである。

「君、力持ちなんだね」

 久遠が抱えるには真鈴の体重はなかなか厳しいはずだ。にも関わらず、足取りは軽快であった。

「ログイン中は身体能力はパラメーター通りに上昇してるんですよ」

「そっか」

 真鈴は久遠の動きを邪魔しないよう首に両腕をまわして体を固定する。

 四階層まで降りても、がしゃどくろは追いかけてくるようだった。
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