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◎二年目、十一月の章

■とりあえず男一人と女二人

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 その後、瀬名と宗太郎は夜に動きまわるのは危ないということで、千石荘に招かれることになった。

 二人は風呂に入ったあと談話室に敷かれた布団でぐっすりと寝ている。よほど疲れていたのだろう。

 世里は縁側から月夜を眺めていた。

「寒くないのか?」

 振り返り見上げるとそこには晴がいた。両手にはマグカップ。それぞれ湯気が立ちのぼっている。

 その一方を世里の方へ差しだしてくる。

「ありがとう。たしかにちょっと寒くなったわね」

 晴は世里の隣に座る。もちろん極力距離をとってである。これでもそれなりに気を遣っているつもりだ。

 久遠の身内であるなら尚更に。これでも兄貴分としての自覚はあるつもりである。

「あなたのこと少し誤解してたかもしれない」

「どんな風に?」

「あなた、初対面で私に何て言われたか忘れたの?」

 呆れたとばかりの世里の口調に晴は押し黙る。

「でも、それなりに慕われてるのはわかるわ」

 それなりは余計だろう。褒められている気にならないぞと晴は毒づく。

「あなた五月生まれだったわよね」

「ああ、そうだよ」

 ふふふと笑みを浮かべて世里は晴の顔を覗きこんでくる。

「あと二年ほど改めてよろしく」

 世里から右手が差し出される。

「ああ、よろしくな。あと一〇期生はもう一人いるのも忘れてやるなよ」

「ああ、そういえば彼女とはまだあまり話てないのよね」

「安心しな。俺もだよ」

 二人は笑いあう。

「ところで、いま談話室にいる二人のことはどうするんだ?」

「昔のよしみだし、放ってもおけないわ。私なりに何とかするつもり」

「そうか……」

 ふと晴の頭に浮かんだ言葉があった。

「あのさ。……俺にも手伝えそうなことがあるならさ。遠慮なく言ってくれよ。これでも頼りになる方だと思うぜ」

 最初は少しぽかんとした世里だったが、晴の照れくさそうな表情がおかしかったようで微笑を浮かべた。

 姉のひかりに見られたらさぞ大笑いしたことだろう。

「ありがとう。その時はぜひ。それと暖かい飲み物ありがとう。マグカップは私が片づけておくから」

 世里はそう言って空になった晴のマグカップを取りあげると立ちあがる。

「だいぶ冷えてきたし、あなたも早く寝るほうがいいわよ」

 そして最後に世里は付け足す。

「あなたって案外と鈍感なのね」

「へ?」

 意味がわからないまま世里はさっさと立ち去ってしまう。

 代わりにいつの間にか晴の横には蘭々が座っていた。

 しかもなぜか機嫌がすこぶる悪い。

「お、おうよ」

「先輩はああいう感じの女性がタイプなんですか?」

 すさまじい圧で聞いてくるので、晴は思わずのけ反る。

「蘭々みたいな感じもモテるんじゃねえのかなぁ」

「そういう一般論を聞いているんじゃないんですよ」

 蘭々が半ば強引にホットドリンクの入ったマグカップを突き出してくる。

 これは断れそうにないなと晴はマグカップを受け取ることにする。

「先輩にとって年下は範疇なんですか?」

 露骨な質問だった。もともと鋭い目つきの少女が一層目つきを悪くしてまっすぐ見つめてくる。

 ――ああ、逃げたい。

 どう返すのがベストなのかを考えつつも、晴は心の中で嘆くのであった。
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