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不穏な空気
しおりを挟む職場を後にした私は、そのまま同窓会に着ていく服を買いに行った。定時で職場を出た後でも開いている店があって本当によかった。
懐かしい顔ぶれに……嶺二に会っても恥ずかしくない、カジュアルなワンピースを選んだ。
火事で燃える前に用意していたものよりも良いものを買えた気がするので、我ながら満足して無意識に笑顔になる。
急いで倉橋の待つ家へと向かった。”先に帰って夕飯の準備しておく”と連絡が入っていたが、服を選ぶのに少し時間がかかってしまった。少しでも早く帰らなくてはならない。
「あ、森川おかえり。遅かったね」
「ごめん、買い物してたら遅くなっちゃった」
玄関を開けると、倉橋は笑顔で私を出迎えてくれた。仕事終わりに誰かに出迎えられることなど普段ならあり得なかったので、なんだか温かい気持ちになる。
それと、昨日は火事のこともあって余裕がなかったから気が付かなかったが、ラフな格好をした倉橋がやけに色っぽく、なんだか見てはいけないものを見てしまった気持ちになった。
そんなことを頭の中で考えていると、キッチンの方からなにやら美味しそうな香りがする。
「本当に夕飯作ってくれたんだ、美味しそうな匂いがする」
「なんだよ、俺が約束破る人間に見える?森川、落ち着いたらこっち座って。もうできてるから一緒に食べよう」
「うん、ちょっと待ってて」
私は荷物を自分の部屋に運び、買ってきた服をハンガーにかけ、急いで部屋着に着替えた。
ダイニングテーブルに向かうと、倉橋がキッチンから声をかけてくる。
「森川の部屋着姿、かわいすぎるんですけど」
「ええ、何言ってるの」
「一緒に住んでる俺の特権だな!」
心底嬉しそうに微笑むので、なんだか恥ずかしくなって来てしまう。倉橋ってこうゆうことを気軽に言う人だっただろうか?
「はい、どうぞ」
「わ、なにこれ凄い!」
ダイニングテーブルのイスに座ってのんびり過ごしていると、すぐに倉橋が料理を持ってきてくれた。まるでお店で見るような見事な和食が出てきて、心底驚く。
「気に入ってくれるといいけど。今日は自信作」
「本当に美味しそう……!凄すぎる。これ作るの絶対大変だったよね、ありがとう倉橋」
「さ、食べて食べて」
「いただきます」
倉橋は得意げに笑うと、私の反応をじっと見つめた。あまりにも期待の眼差しでこちらを見てくるので、なんだか食べにくい。それでも目の前の美味しそうな食事の魔力には抗えず、肉じゃがを口の中に放り込んだ。
「美味しい……!」
倉橋の手によって作られた肉じゃがは、今まで食べた中で一番と言っていいほど美味しかった。自分が普段全く料理をしないので、倉橋の料理スキルに素直に驚いてしまう。
「本当?よかった、森川ってやっぱ食べてる時の顔、かわいいよな」
倉橋が突然そんなことを言うので、思わず咽せてしまった。私は口から出てしまいそうになった肉じゃがを、ギリギリのところで無事に飲み込んだ。
「ちょっと、なに言ってるの突然」
「思ったことそのまま口に出してるだけだけど?俺さ、森川が幸せそうな顔してるのを見るのが好きなんだよ」
彼はそう言って笑いながら自らも料理を口に運んで、満足そうに微笑んだ。
倉橋の作る料理はどれも美味しくて、一瞬で食べ終わってしまう。昨日も同じことを思ったが、誰かに手料理を作ってもらうことなんて久しぶりで、なんだかとても幸せな時間だった。
「ごちそうさまでした」
全ての料理を食べ終わった後、少し話そうかと言って、倉橋がお茶を淹れてくれた。出されたお茶は、私が以前職場で美味しいと話したことがある物で。もしかしたら覚えていてくれたのかもしれないと思い、なんだか嬉しくなった。
「そう言えば、今日谷口くんと話したけどびっくりしちゃったよ」
一緒に住むことになったって話したでしょ、と、少しだけ抗議するつもりで話し出す。すると、倉橋からは思いもよらない言葉が返って来た。
「え、あいつになに聞いた?俺が森川のこと好きだって話くらいしかしてないと思うけど」
「……え?」
私は思わず手を止めて、倉橋の方をじっと見たまま固まってしまった。数秒開けて倉橋の手も止まる。
「待って、俺、今何言った?」
「倉橋って、私のこと好きだったの?」
倉橋は明らかに失敗した、というような、困惑した顔をした。だけど、その後すぐ何かを決心したように頷き、真っ直ぐ私の方に視線を向ける。
「好きだよ」
私が困惑したまま返事をできずにいると、倉橋が焦った様子で言葉を続けていった。
「好きなのは本当だ、こんな形で言うつもりじゃなかったけど、ずっと好きだった。だけど、森川に何か求めてるわけじゃない。元彼のことが忘れられないってのももちろん知ってる。森川が嫌がるようなことは絶対に何もしないって約束する。だからこのまま安心して一緒に住んでいてほしい。誓って何もしないから」
「でも、倉橋は……」
それでいいの?私は何故か、そんな言葉を倉橋にかけようとした。だけどその言葉は次の倉橋の言葉によって、私の口の中に消えていく。
「同窓会で元彼に会ってくるんだろ、俺はそれで森川がどうなったとしてもいいと思ってる」
私はなぜか、体温が下がる心地がした。理由は分からない。だけど、もうこれ以上倉橋と話していたくないと……そう思ってしまった。
「ごめん倉橋、私、明日早いから先に寝るね。……同窓会、行くからさ」
私は手元にあった倉橋が淹れてくれたお茶を一気に飲み干す。そして、彼の方を見ずに、逃げるように自分の部屋に戻っていった。
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