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本編裏話

砦の領主の話(クラウス視点)

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魔の国と国境を接する砦を治めるクラウス・フォン・ハグマイヤー辺境伯視点。



ーーーーーーーーーー


ざくり、ざくりと葉を踏む音だけが辺りに響く。鬱蒼とした森のせいか、フル装備にも関わらず砦を出るときに感じた暑さは感じない。俺は共もつけずに相棒のグングニルだけを手に携え、この森に足を踏み入れた。
この、王国と魔の国との間に広がるドリアードの森に。


△▼△


きっかけは、執務で溜まったストレス発散、情報収集がてらギルドに顔を出した時だった。

「しっかしあの男、えらい明るい緑の髪だったな」
「ああ、俺も精霊か、幽霊の類かと思ったぞ」

そんなのんきな冒険者たちのテーブルに金貨を1枚置いてやれば、上機嫌に酒を追加注文しながら詳しい話をしてくれた。昨日の日も暮れる直前の時間、急いで砦への帰路についていた男達の言うことには、森の手前で馬車が止まり、その御者を勤めていたのがシルクハットを持った緑色の髪の男だったらしい。しかも今時珍しい空間魔法持ちだったらしく、馬車ごと帽子の中にしまうと止める間もなく森へと消えた。
空間魔法でしまえるものは、術者そのものが持つ魔力量を超えないものと相場が決まっている。そのため、野菜や肉などの生鮮食品然り、生き物も魔力量さえ超えていれば時を止めて保存が可能らしい。ただし、生き物を半日以上入れっぱなしにするとので、逃亡の恐れがある罪人を一時的に保管しておくくらいしかしないが。

「確かに、森へ行ったんだな」
「ああ、まあ、暗くて顔までははっきり見えなかったから、男かどうかは微妙だが」

背がちょっと低めだったからな、という向かいの冒険者にもう1枚金貨を追加して、誘いを断って砦の中央にある領邸へ戻る。そのまま図書室の隠し扉の奥にこもって、代々受け継がれてきた魔物たちの生態についての本を読み漁った。
しばらくして目当ての記述は見つかった。俺はそれを手に執事が執務室へ来るのを待った。

「ドリアード、ですか」
「ああ、しかも人型をとっていた。不確定情報ではあるが、Bランク冒険者の複数人が見ている。世迷言と捨て置くには危険だ」

聞けば、魔族の中でも奥底で意識が繋がるドリアードは他の種に不干渉な種族であり、普通木の姿を持っているため森から出ることは滅多にない。しかし、主従契約を結べば主人の魔力量により人型を取ることもできる。
そして、7代前の魔王がドリアードを配下に加え、250年の栄華を誇った。

「ここ7、8年地方の魔物の活発化に加えて、魔の国の動きもかなり顕著になってきている。国境の最前線を預かる辺境伯として、務めを果たさなければ」
「しかし、せめて第1騎士団が戻ってからにしてはいかがですか。クラウス様に何かあれば私は先代に申し訳が立ちません」
「アーベル達が戻るのは早くて1週間後であろう。そこまでは待てない」

事態は一刻を争う。3日前に隣の領との境で見つかったゴブリンの巣。規模の大きさからキングがいることが想定され、それを討伐しに出立したばかりの騎士団の帰りを待っていては手遅れになる可能性がある。
彼は親父の代から支えてくれている老執事で、いつもは好々爺とした表情だが今は顔をしかめている。
実は、報告の義務はあるから彼を呼んだだけで俺の腹は随分前から決まっていた。それを止められる者も覆せる者もいないことを悟っているからだろう。

「ロルフ、すまないな。明日早朝経つ」

結論を述べた俺に諦めた執事は御武運を、と一礼をしたのだった。


△▼△


領土を接してはいるものの、ドリアードの森に入るのはこれで2度目だ。1度目は、自分の力を過信していた成人後すぐのころ。すぐに捜索隊が手配され、見つかりしこたま親父に叱られたが。
そういう親父も俺が子供の頃に強大な魔力を感知して魔槍と1人で立ち入ったらしいが、何も見つけることはできなかったらしい。
普通の森の中では、葉のさわめきや鳥のさえずり、獣の鳴き声など、何かしら音があるものだ。だが、ドリアードの森の特徴として自分で落ち葉を踏み締める音以外、生き物の気配はほとんど感じなかった。
日の出と共に砦を出て、はや半日。戻ることを考えればそろそろタイムリミットだが何の手がかりも得られていない。魔の国との国境に明確なものがあるわけではないが、身に纏わりつく魔力の濃さにそろそろ限界が近いことを察する。
さすがに単身、国境を越える無謀はやらかさない。
俺は一度立ち止まり、腰の水筒を手にとった。もちろん武器は手放さない。ここは森とはいえ、いつ命がなくなってもおかしくない、ワイバーンの腹の中のようなものだ。

「さすがに、油断も少ないし肝が据わってるな。歴戦を五体満足で生き延びるだけのことはある」
「!?」

話しかけられるまで、男の存在に全く気づけなかった。その異様さに素早く水筒を捨てて距離を取りグングニルを構える。
声のした方を見れば美形の男が、何の緊張感もなく腕を組んで木にもたれ掛けていた。薄汚れたカーキ色のマントを身につけているがその目に宿るのは、深淵の魔力。

「まさか、魔王自らお出ましとはな」
「ああ、僕のことを知ってるんだ。なら話は早い」

聞く気はないけどな! 
体内に魔力を巡らせる。練り上げたそれを槍の先端から雷として走らせ、放出する。名乗ってる暇はない。そんなのは人間相手に騎士がすることだ。

「うらぁあああ!」

薄暗い森の中で急な明るさに目を細めた魔王。それを目の端にとらえた俺は大きく振りかぶってグングニルを投擲する。森の中でなぜ槍を、と思うかもしれないがこれは俺の意思で自由自在に形を変え、狙ったものを全て貫く魔槍だから。
それは幾重に重ねた金属も、魔物の中で最高硬度を誇るダイヤモンドタートルをも1撃で貫通するほどの威力。代々ハグマイヤー辺境伯当主に受け継がれ、たくさんの魔物の血を吸ってきた家宝だ。
閃光の向こう側、魔王が唇の端を歪める。殺せはしないまでも俺は大ダメージを確信した。

「・・・は、いいね。ヒトは進化が早い」

・・・全力で、投げたはずだった。
にもかかわらず、魔槍は左手をかざす男の前にあと1メートルというところで止まっている。バチバチ、と辺りに稲妻が光る。それも次第に収まっていき、グングニルはどすん、と鈍い音を立てて地面に斜めに突き刺さった。

「アルディオス様、お怪我は」
「大丈夫。でも、10年前なら死んでたな。惜しかったね、クラウス・フォン・ハグマイヤー辺境伯」

急に現れた緑色の髪を三つ編みにした中性的な顔の従者に、魔王はこともなげに手を振って答える。左腕やマントに微かな切り傷や焦げた跡はあるものの、疲弊した様子は見られない。対して俺はあの一投に全ての魔力を注ぎ込んでしまっている。
思考を切り替え素早く無理のない姿勢で、奴から死角になっているホルダーから魔力ポーションを掴んだ。
・・・はずだった手は後ろから現れた何かに掴まれ腕を背中に捻りあげられ、そのまま膝裏を蹴られて地面に倒れ込む。
顔のすぐ脇に、瓶が割れてポーションが土に染み込む。

「ぐっ!」
ぬし、軽率に御身を危険に晒すのはおやめ下さい」
「いいじゃないかヴィント。おかげで怪我人もなくスムーズに事を運べただろう?」

低い声も上から降ってくるし、現在進行形で膝のような硬いもので地面に顔を擦り付けられているから、確かに俺には誰かが乗っているはずなのに、気配がない。
触れられているのに感知できない。しかも1対3。想定すらできなかった異常事態に、今更ながらぞわぞわとした恐怖に支配されかける。

「さて、交渉をしよう。なに、そんなに悪い話じゃないよ」
「はっ、魔王が持って来る話が俺たちの領や王国にいい話なわけ」
「僕は、君がずっと探していたを手に入れたよ」

俺の言葉を遮った魔王は、至極楽しそうな声でそう言った。

「僕は、あの砦が欲しい。僕の国の入口としてふさわしい、ダンジョンにするために」


△▼△


「ダンジョン、だと・・・?」
「ああ、今まで王国が生き延びるどころか魔の国にちょっかいすらかけてきていたのは、君の先祖が代々守ってきたあの砦があったからだ」

まあ、進軍しても大抵がこの森すら抜けられなかったけれど。
後ろの何かに腕を固められたまま、髪の毛を掴んで顔を上げさせられる。対して魔王はドリアードを後ろに侍らせ、木の根が椅子のように変形したものに腰掛け足を組んでいた。
まるで優雅に茶でも嗜んでいるかのようだ。俺の憎々しげな視線にもにっこりと微笑んで返す。

「もうこの王国に僕が欲しいものはない。かと言って放置して攻められるのも滅すのも面倒。それならいっそのこと強力な試しの門を作るのは、どうかなって思い至ったんだ」

魔の国は我がハグマイヤー領が属する王国とドリアードの森で、帝国と山脈で国境を接しているが、後の二方は海だ。しかも海には凶暴な魔獣が住む。今は秋だし北の険しい山脈は1年中雪があるためイエティの生息地になっており、それらに気づかれずに侵略するのは困難。常時の侵略を警戒するのは東側、この砦だけでいい。

「本当は砦全部が欲しいけど、いざとなったら線引きをして一部にダンジョンを作るでもいいや。50階層くらいあれば、並大抵のヒトは間引かれるだろうし」
「ふざけるな! 砦には3万人の人間がいるんだぞ。皆殺しにするつもりか!」
「そんな無駄なこと、しないよ。1ヶ月の猶予をあげるから、去るか残るか選ばせればいい」
「3万人が一気に1ヶ月で移動なんかできない! それにダンジョンが溢れたら王国は滅ぶ」
「ダンジョンが溢れることはない。ただ僕の国に足を踏み入れる権利があるか、試すだけだ」

会話は平行線を辿る。圧倒的不利なのはこちらだが、この地を預かる者としてはいそうですかで渡してなるものか。

「ダンジョンが溢れないだと? そんな魔法が使えるのは」

言いかけて、言葉に詰まる。後頭部を殴られたかのような衝撃が走った。先程の言葉が、繋がる。
両手を顎の下で組んでいた魔王は実に蠱惑的な笑みを作る。漆黒の瞳を閃かせて。

「そう、は僕のもとにある。今は同じヒトに虐げられていた傷を癒しているところだけどね」
「ま、さか・・・」
「クリス」
「はい」

人型のドリアードが持った黒い紙包を開くと、数センチの銀の髪。俺は目を見開く。

「いくらここが最前線で、銀の髪に聖魔法が宿りやすいからって王都から報せが来るから集めていた君ならわかるんじゃないかな。本物かどうか」

解放された腕に落とされたそれを見つめている間に、魔王もドリアードも俺を捕らえていた何かも、夢だったかのように綺麗さっぱりなくなっていた。


△▼△


その後どうやって砦に、領邸に戻ったのか記憶は曖昧だ。顔面蒼白な俺を気遣ってか報告は明日、とロルフに頭を下げられ、入浴も夜食も全て断り自室に鍵をかける。
装備を外し最低限の入浴を1人で済ませ、寝台に腰掛けた。懐には黒い紙。そっと取り出して開くと、明かりのない部屋の中でそれだけが輝いて見える。

―どうして、魔王に知られたんだ。俺が聖女を探し求めていることを。
俺が爵位を継ぎ、魔物を本格的に狩り出した5年前から、血の契約を結ぶグングニルの魔力に侵食され、眠れない日が続いていた。原因は屠る魔物が増えすぎたためだが、そんなことはロルフだって知らない。
そしてそれを治めることができるのは、聖女しかいないと文献にも残されており、100年に1度グングニルは祓いの聖魔法を受けていた。その期日が近づき元々親父の代から聖女を探していて、それを俺も引き継いだだけ。銀の髪と聖魔法の関係も代々の当主の手記によって知り、その目立つ見た目から迫害の可能性がある者を集めて保護し、育てた。その中の何人かは聖女候補として王命により王都へ引き取られて行った。それなのに。
本物の聖女は考えられる限り、最悪の相手にすでに奪われた後だというのか。2日前に目撃されたドリアードの馬車に乗せられていたのか。
あの魔王の口ぶりでは、生かさず殺さず何かの契約で縛っているはず。すぐに命の心配をする必要はない。大体、たとえ聖女が覚醒前だとしても守護により配下はともかく

ーだが、不可能だ。
今砦にいる第2騎士団と戻ってきた第1騎士団を合わせても、魔の国の王都にあるという城におそらく囚われている聖女を取り戻すには魔王を討ち取る以外他にない。
今の俺に、奴以外の魔族は屠れてもあの実力差は覆せまい。むしろ絶望させるために、わざわざ身を晒した気さえしてくる。
一通り思考を巡らせ、頭を抱えた。

「どうすればいい・・・」

俺の決断で、この砦、300年続いた王国が終わる。急な目眩を覚えて重い身体を寝台に横たえた。
不意に、髪に残る聖女の魔力を感じればこの状態も少しは良くなるのではないかと思い至り、鼻に近づける。
長さもまちまちで、毛先はボサボサとかなり痛んでいる。今世の聖女は平民だったのだろうか?
艶もなければ美しいとはいえないのに、わずかに残るこの香りはなんだ?
今までに感じたことのない安らぐ魔力をもっと感じたくなり、息をいっぱい吸い込む。しばらく無心で浸っていると、いつの間にか下半身に熱が集まっていた。
おかしい、魔力の香りで欲情するなんて、こんなのは、まさか。
やめなければ、と思うのに止められない。シーツの上に髪を置いてその上にうつ伏せになると、ガウンをくつろげてそれに触れる。すでに固くガチガチに勃ち上がっていて、すぐにでも放出してしまいそうだ。
自慰なんて久しぶりで、先走りで濡れた性器は滑りが良く、両手で扱く。俺は目線はそれに固定したままに、夢中で手を動かした。





・・・どれだけそうしていただろう。気づけば俺は何度も精を吐き出していた。黒い紙の上に置かれた銀髪にも白濁がべったりとかかり、一気に優越感が襲ってくる。
そのことに刮目し、途端乾いた笑みが溢れた。

「・・・そうか、俺はもう人間じゃないんだな」

人間を、王国を救う存在である聖女を頭の中で犯して、その御髪を汚しておきながら感じるのが罪悪感じゃないんだから。
口にすれば、ストンと納得がいく。あれほどグングニルの魔力に苦しめられてきたのに、今は身に馴染んで疲労した体を癒してくれるようだ。重い目蓋に逆らうことなく、身を整えることもしないままに久方ぶりの睡魔に俺は沈んでいった。

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