オメガのホストはベータとして生きる

宮路 明

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6)違和感

 和司は、点滴につながれたまま眠っている梓の髪を優しく撫でた。透き通るように白い肌は、血の気を失ったかのように青くなっていて、このまま目を覚まさないのではないかと、心が痛む。

「……梓」

 初めて、下の名前を小さく呟く。すると、まるで目覚めの合図のように梓の眉がピクリと動き、ゆっくりと瞼が開いた。

「……斎藤さん」

 和司は肌を温めるように、梓の頬に手をあてた。暖かい手の温もりに安心したのか、梓は長い睫毛を扇子のようにゆっくりと仰いだ。

「俺……倒れたんですね」

 天井と点滴を目に映し、申し訳なさそうに微かな笑みを浮かべる梓。その瞬間、ガチャッと病室の扉が開き、清武が慌てた様子で飛び込んできた。

「良かった、目が覚めたのか!」

 焦りと心配が入り混じった面持ちで、清武は梓に駆け寄ると、飛びつくように抱きしめた。

「梓……」

 キスをされるのではないかという距離に、梓は驚いたものの、寝起きのぼんやりした思考と力では抵抗できず、ベッドに横になりながら清武の腕の中に身を任せた。

「……」

 その様子を見て、和司は空気を読むように部屋を出た。

「清武……お兄さん気まずくて出て行っちゃったよ」

 恥ずかしさで頬を赤く染めながら、和司の頭に浮かんだ言葉。青く冷たくなっていた肌に血液の循環が戻り、顔が熱くなるのを感じる。

「兄貴のことはいい」

 冷たく切り捨てるかのように清武が言った。

「梓……結婚しよう」

 次に発した清武のその言葉に、梓は理解ができず、自分の耳を疑う。

「は……?」
「ずっと、お前のことが……ガキの頃から好きなんだ」

 熱を帯びた言葉が耳に届くと、梓は一瞬で血の気が引く思いをする。

「何言って……俺ベータだよ?」

 冗談だろうと茶化すように言葉を投げた。

「本当はオメガなんだろ?医者から聞いた」

 その瞬間、ゾッとする感覚が走った。清武の鋭い視線は、まるで獲物を見つけた獅子のように、嘘を見抜いているかのようだった。

「ダメだよ……ダメなんだ……。丸馬は?丸馬はどうしたのさ!」

 力を振り絞って清武を押し退け、起き上がる。

「ダメ……絶対にダメ……。俺は、三人で……ずっと三人で仲良く過ごしたいんだ!」

 オメガであることを否定するのは無意味だとわかり、本当の気持ちを清武にぶつけた。

「丸馬とは別れた。俺は……梓と番になりたい」

 梓の手を強く握り引き寄せると、甘く囁く声で続ける。

「中学の時、お前がベータだって言った時は、本当は信じられなかった。いや、その時は信じたくなかった……でも、頑なにベータだと主張するお前を信じるしかなかった……」

 沈黙の中、和司は二人の間の緊張を感じ取る。清武の言葉が心に響き、梓は複雑な感情に囚われる。

「ベータにはベータの生き方がある……だから諦めるしかなくて、丸馬と付き合うことにしたんだ。梓じゃないなら、だれも良くて……」

 ぎゅっと抱き寄せる清武の体温が、梓の心を揺らす。この世でオメガは冷遇されているが、オメガよりも嫌われる者が存在する。それは、ベータによる一次性同性愛者だ。

「でも、やっぱりお前が好きで……今までずっと丸馬と番になることに戸惑ってた。今は番にならなくて良かったと思っている。お前がオメガなら、もう……お前を諦めない」

 大事なものに触れるように、梓の顔を優しく手で撫でる。

「好きだよ」

 この言葉に喜ぶべきなのだろうが、心の奥底で喜べずに梓はただ悩む。

「急すぎる……ちょっと考えさせてくれないか?」

 丸馬のことが気がかりで仕方がない。
もう、三人が元の関係に戻れないのは確信した。

 たとえ丸馬が優しい心の持ち主であっても、どこかで歯車が噛み合わないだろう。だからこそ、素直に喜べず、梓は深い雨雲のような表情を浮かべる。

「梓は……俺が嫌い?」

 好きか嫌いかの二択を迫られると、答えは好きの一択でしかない。

「そんな聞き方はずるいよ……」

 諦めたような溜息が無意識に漏れ出す。

「ずっと前から、俺も清武のこと好きだよ」

 その言葉は、嘘偽りのない真実だった。

 梓の応えに、清武はまるで快晴を喜ぶ向日葵のように、眩しい笑顔を浮かべる。
その笑顔は梓の悩みを柔らかく解し、胸が温かくした。

 困ったように清武の手を握り返すと、それを合図にしたかのように、清武の唇が梓の唇に重なった。

 村上梓の、生まれて初めてのキスだった。

 唇が重なるとは夢にも思わず、梓は驚いて目が見開く。
今日の全てが突然の出来事で、脳の処理が追いつかない。
何度も深く唇を重ねられ、どうしたらいいかわからずに清武の意思に従った。嬉しさの高揚感を味わい、溺れるようにしがみつく。しかし、梓は高揚感の中で、不安と違和感が心に引っかかる。

「……」

 病室の外の廊下では、和司が二人の会話を静かに聞いていた。

 ようやく二人が繋がった。

 お互いに好いていることに気づいていた和司は、それを確認できて安心感を抱くはずだった。しかし、和司も梓と同じく、胸に大きな異物が引っかかったような違和感を密かに抱いていた。
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