オメガのホストはベータとして生きる

宮路 明

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16)現場と秋の夜

「二十時三十五分。現行犯の身柄を確保。他の四名も、全員確保せよ」

 丸馬の腕に手錠がかけられる。手錠がガシャリと音を立てた瞬間、アルファと名乗る男が、声を張り上げた。

 その声が合図となったかのように、閉ざされていた扉が勢いよく開く。旭日章を胸に掲げた警察官たちが、数十人も一斉に室内へと流れ込んできたのだ。

「……なに?」

 事態が飲み込めず、丸馬は目を丸くして立ち尽くしていた。

「ガラスがあるから注意しろ。こいつらが薬の元凶だ」

 アルファが冷静に警官たちへ指示を出す。

「何だ!?なぜ警察がここに……!」
「待て、俺たちじゃない!違うんだ!」
「離せ!」

 ほんの少し前まで余裕を見せていた男たちは一転し、無実を叫びながら必死に抵抗を始めた。

「俺たちはこいつに呼ばれただけだ!」

 数分前まで、自らが薬を作り出したと得意げに語っていた面影は微塵もない。男たちは、丸馬に責任をなすりつけ、逃げようと必死で足掻いていた。それを目の当たりにし、丸馬は唖然とした表情で彼らの醜態を見つめていた。

「言い訳は署で聞こう。お前らの証言はすべて録音されている。着くまで、せいぜい無駄な言い訳でも考えておけ」

 流れ込んできた警察官の中から、スーツ姿の男が彼らに冷たく言い放った。
 その声は梓にとって、まるで夢の中の響きのように耳に届いた。低く落ち着きのある男の声……。

「斎藤さん……?」

 錯覚か、いや、これが夢ならばどれほどいいか──梓の胸は高鳴り、斎藤の姿が視界に入った瞬間、込み上げてくる涙で視界がぼやけてしまった。

「村上くん!」

 梓の姿を見つけるや、和司は驚いたように駆け寄ってきた。

 警察官が手慣れた手つきで梓の手錠を外し、ついに梓は解放された。どうやって鍵もなしに外したのか、不思議に思う暇もなく、手首の軽さに梓はただほっとした。

「彼は捜索中だったオメガ男性です。急いで救急車を!」

 和司が、こらえきれない安堵の表情を浮かべつつ、すぐさま指示を飛ばす。

「斎藤さん……どうして……?」

 この安堵が現実でありますようにと祈りながら、梓は問う。和司は少し困ったように微笑み、優しく梓を見つめた。

 ──バサッ。
 和司は無言で自身のジャケットを脱ぐと、裸の梓にそっと肩掛けてくれる。

 ふわりと漂ってきたのは、和司の柔らかで甘い香り。懐かしく、そして何よりも安心できるその香りが、梓の鼻先に優しく届いた。

 梓は、和司が肩に掛けてくれたそのジャケットにそっと触れる。彼のぬくもりが、じんわりと伝わってくる気がして──


 あたたかい。


 梓は、和司の体温がじんわりと伝わるのを感じながら、心が救われていくのを実感していた。

「なんで!なんでだよ!」

 その安らぎを破るかのように、丸馬が突然我を取り戻し、状況を理解した途端に声を荒げた。

「なんでって?俺、刑事だし」

 アルファと名乗っていた男は帽子を深くかぶっていたが、今その帽子をゆっくりと取り、丸馬に顔を見せる。

「潜入捜査ってやつかな?」

 持井と名乗るその男は、軽い調子で言葉を投げかける。

「刑事の持井新。これからお前らの取り調べ担当だから、以後よろしくな」

 片目をウインクさせ、陽気に自己紹介する持井に、丸馬の顔は引きつった。

「瀬戸内丸馬、誘拐監禁の容疑で逮捕する」

 その後、威厳に満ちた声が部屋に響くと、丸馬の目の前に新たな人物──岼屋という女性刑事が姿を現した。

「岼屋さん、すんません。俺、先に手錠かけちゃいました」

 持井が気まずそうに報告すると、岼屋はため息をつきながら、持井を冷たく見つめる。

「もう一度手錠かけなおしますか?」

「いいわ、現行犯だから」

 岼屋は、かけるはずだった手錠をしまいながら、どこか拗ねたような表情を見せる。

「誘拐?監禁?……は?これ、同意だったら?」

「同意かどうかは、豚箱でしっかり聞いてやるよ」

 丸馬の腕をしっかりと掴みながら、持井が冷たく言い放つ。

「梓!」

 そんな中、梓には聞き慣れたもうひとつの声が、賑やかになった部屋に響いた。

「清武……」

 警察官たちが現場の調査を始める中、一般人の清武がそこに立っていた。

「おい、ここは入ってきたらダメだ」

 和司が、清武を制止する。現場の調査が進む中、邪魔にならないようにと気遣いながら。

「だって、俺は梓のパートナーなんだぞ!」

「そういう問題じゃない。今から救急車で病院に向かうんだ。どこに行くかは連絡するから、後で来てくれ」

「……そんな!」

 無理やり連れ出されるように、清武は警察官に促されて外へと向かう。

 その途中で、清武の目がふと丸馬に向けられた。

「……丸馬……お前……」

 梓の安否を最優先にしていた清武は、今になってようやく丸馬の存在に気づき、その目にはこれまでにないほどの軽蔑が宿っていた。

「……」

 丸馬は清武の視線を避けるように目を逸らした。そこにあるのは罪悪感ではなく、事実が露呈したことへの忌々しさだった。

 ───パシンッ。

 水分をたっぷり含んだ肉を叩くような重たい音が、現場に響き渡る。

「清武!何をやっているんだ!」

 和司の怒号が飛んだ。清武が怒りにまかせて、丸馬の頬を全力で叩いたからである。

 叩かれた頬が真っ赤に染まり、丸馬は驚きに目を見開いている。だが、清武の怒りは収まらず、再び拳を振り上げた。

「お前まで逮捕されるぞ!この馬鹿!」

 和司は素早く清武の肩を掴み、丸馬との距離を取るように引き離す。

 清武は、丸馬に対する憤怒が頂点に達し、目の前で和司が叫んでいるのも聞こえないかのようだ。
「放せ!」と激昂し、和司の制止も振り払おうと暴れ出す。周囲の警察官数名が彼を必死に抑え込んだ。

「このままじゃ危険だ。こいつも頭を冷やさせろ。手錠をかけて、落ち着くまで預かってくれ」

 和司は怒りで震える清武を、近くにいた警察官に任せ、少しだけ安堵の表情を浮かべた。

「斎藤警視、救急が到着しました」

 別の警察官が報告を入れ、和司は静かに頷いた。

「救急車が来たようだ。立てるか?」

 和司は梓に近づくと、穏やかに問いかけながら、そっと腰に手を回す。その手からは冷静さと優しさが伝わり、梓の緊張を和らげるようだった。

「……はい」

 小さく頷く梓を、和司は支えるように抱き寄せる。

 清武と丸馬のことが気になりつつも、梓は和司の腕に守られるように現場を後にした。

 ───久しぶりに吸う外の空気は、夜風の冷たい秋の味がした。
感想 12

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