きもちいいあな

松田カエン

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群青騎士団入団編

11.その距離は

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 あのままいたら、マインラートに襲われるエリーアス様を見ることが出来ただろうが、視姦は腹奥が疼くだけで、正直私はそこまで楽しくはなかった。

「おい、離せ」

 ダイニングから私を連れ出したユストゥスは、廊下で私を抱えたまましゃがみ込んだ。寮自体は貴族が住むよう設計されているため、天井は高く、どこも十分な広さがある。
 でもこんなところに座り込むと邪魔だろう。そのまま部屋に戻るらしい奴隷や騎士に手を振り、軽くなにか手話で会話したユストゥスは大きくため息を付いた。

 私を離してはくれたが、立ち上がろうとすると、すぐに腕を掴まれる。話なら部屋で、と言おうと思ったが、2人で部屋に入れば、またベッドに貼り付けにされそうな雰囲気があった。身体が鈍るので、今日は訓練したい。そんな打算もあって、私はしぶしぶユストゥスに向かい合うように、廊下に両膝を着いた。
 ユストゥスはそんな私に見せるためだろうか、ゆっくりと手を動かした。

<どうして、あんなこと言った?そんなに俺が嫌だったのか>
「ユストゥス」

<そりゃちょっと強くしたけど、本気で苦しめようなんてしてない。……でも、悪かった>
「……ユストゥス」

<ちょっとお前にゃ急すぎたな。もっとゆっくりしてやる。朝のぐらいなら、気持ちよかっただろ?それぐらいなら>
「すまない。まだ手話を覚えてないんだ。……お前が言いたいことがわからない。手に書いてくれ」

 私が手のひらを差し出しながらそう訴えると、ユストゥスはわずかに目を伏せた。そのまま切なそうに私の頬をなでながら少し身を乗り出す。
 これは、覚えたぞ。顔を寄せるのはキスの合図だ。近寄り切る前に私が顔を寄せて、その唇に自分の唇を重ねると、ユストゥスは目を見開いた。ぶわっと顔が赤くなる。ふむ?

<おま、お前>
 反射的に手が動いている。喋れないとここまで、手が口の代わりになると思うと興味深い。

「キスは違ったか?」
<ああああもう。何もわかってねえくせに!>

 わきわきと手を動かしたユストゥスは、差し出したままだった手に口づけを落とすと、そのまま動かなくなってしまった。

「ユストゥス、どうしたんだ。その……そろそろ離してくれないか」

 手を引こうとしても、しっかりガッチリ掴まれているせいで、身動きが取れない。魔法でも使えば引き離すことも可能だろうが、私も彼らに対してはもっと真摯に対応しようと思っているから、そういう無体なことをユストゥスにするのは気が引けた。

「なにしてんだお前」
「ライマー先輩」

 どうしようかと思考をめぐらしているうちに、訓練用の黒い衣服に着替えたライマー先輩が通りかかった。ここが部屋ではなくて良かったと、心底安堵する。

「ユストゥスが離してくれない」
「ふうん?いちゃつくなら部屋ですれば?」

 興味なさそうに、あっさりと立ち去りそうなライマー先輩の腕を、私は逃すまいとしっかり掴む。ライマー先輩は巻き込まれたと言わんばかりの表情で、顔をしかめた。

「そう無責任なことを言わないでくれ。腹は満ちてるし、私もいつ何時、命が下っても良いように訓練したい」
 私の訴えに、ライマー先輩はがりがりと頭を掻いてため息をついた。

「だってよ。離してやれよ、ユストゥス。子熊の装備の手入れやら、足りない備品の買い足しとか、お前だって色々あるだろ」
「装備の手入れは、私は自分でやるが……」
「俺たちの世話全般がこいつらの仕事なんだよ。ユストゥスは慣れてるから、任せときゃいい」

 まるでノックでもするかのように、ライマー先輩はユストゥスの頭を叩いた。それに、ユストゥスは若干唸りながら顔を起こして、名残惜しそうに私の手を離す。
 ようやく自由になった手を、もう片方の手でぎゅっと握りながら、私はユストゥスと距離を置くように、ライマー先輩の背後に回った。つり目気味のきれいな猫目にじろりと睨まれる。

「お前なあ。俺の方が小さいんだから、ユストゥスと挟むな」
「問題ない。そこにいるだけで十分だ」
「それ褒めてんのか?褒めてねえだろ」

 私達の軽妙なやりとりに、ユストゥスは少し息を吐くと、ライマー先輩の肩を叩いて自分に興味を引いた。視線が向いたのを確認してから手を動かしている。

<バルタザールには言っておくから、子熊の訓練が落ち着いたら、手話習うように話しておいてくれ>
「ん」

 了承のように見えたが、何の話をしているんだろう。口を開こうとすると、私の背後から別の声がかかった。

「ライマー、模擬戦の用意出来たぞ」

 ライマー先輩と同様に、訓練用の衣服に身を包んだアンドレ先輩だった。模擬戦と言ったか?私の目がキラリと輝く。ライマー先輩との手合わせは、負けたのは悔しかったが、勉強になったし楽しかった。
 群青騎士には実力者が揃っている。そんな相手が周辺にいる環境は、騎士としてこの上ない幸運だろう。私の期待する目に気づいたのか、アンドレ先輩は気のいい笑みを浮かべた。

「クンツもやるか?」
「是非!」
 誘われたのが嬉しくて、ややかぶせ気味に頷いてしまった。

「じゃあ着替えてこいよ」
「はい」

 頷いて踵を返したところで、はたとユストゥスの姿がないことに気づいた。先輩騎士に気を取られて、彼が立ち去ったことにも気づかなかったのだ。

「アンドレ、あいつルールしっかり決めねえと、暴走するから気をつけろよ」
「そうなのか?それはそれで楽しそうだが。……どこまでやるか悩むな」

 そんな言葉を背に、割り当てられた部屋に戻る。もしかしたらここにいるかと思ったが、ユストゥスの姿はなかった。ライマー先輩が言っていたように、私の装備の手入れに行ってくれたのかもしれない。
 なんとなくユストゥスが視界にいないことに落ち着かないまま、私服を脱いでいると、クローゼットの内扉に設置されていた鏡に、自分が写った。肌を見て、エリーアス様に消してもらおうと思っていた、赤い鬱血のことを思い出す。

「わ……こんなところまで」

 腹部や胸板に散っていたのは見たが、首筋や背中、うなじにも散らばっている。興味本位で覗き込めば、見えにくい、尻というか、後ろのほうの足の付根にも、その鬱血はあった。
 おちんぽを入れられたまま、舐めたり吸い付かれた記憶はあるが、こんなところはいつ付けたんだろう。……これも頼めば消してもらえるだろうか。傷の治癒は視認してこそ効果を発揮するのだが、さすがに大股開きではないと見せられない場所は難しい。

 どうせこんなところを見るのは、ユストゥスぐらいか。

 ひとまず全身を確認して、新調されたばかりの訓練用の衣服に袖を通した。騎士団服も丈夫だが、そちらはだいぶ華美で、こちらは黒を基調とした動きやすく、破れにくい布を使用されていた。研修時に身体の寸法をされたので、同じサイズの物がそれぞれ数着ある。前の騎士団とは、ずいぶん金の掛け方が違っていた。
 貴族なので、自分で装備を整えるのももちろん可能だが、リンデンベルガーの家が、私に用意したものはごく標準的なもので、度重なる遠征と戦闘に、だいぶくたびれていた記憶がある。

 最後は悪魔の実に壊されたことまで思い出して、少しだけ息を吐いた。

 気分を入れ替えて訓練場まで行くと、すでにライマー先輩とアンドレ先輩の手合わせが始まっていた。
 訓練場は、今日は4つのマス目に分かれていて、そのうちの一角の白線内で、武器の乾いた音を響かせている。2人とも、それぞれ手にしているのは、長さの違う木の棒だった。ライマー先輩の方は幾分短く、アンドレ先輩は自分の身長よりも長いものを使用している。ライマー先輩がレイピアを使うのは知っているが、アンドレ先輩の武器はなんだろう。見る限り、剣ではなさそうだ。

 懐にどうやって入るかが、ライマー先輩の技術の見せ所で、それを防ぐことでアンドレ先輩の力量が見える戦い方だった。自分だったらどう対処するかを考えながら、柔軟と軽い筋トレで身体を温める。どんな結果が来るかと興味深く見ていると、踏み込んだライマー先輩が短い棒を、アンドレ先輩の胸板に押し付けているところで終了だった。
 身体の小さなライマー先輩だからこその機動性だろう、身のこなしが素晴らしく軽い。体格と戦い方からすると、アンドレ先輩の方が不利に思えた。

「あー負けた!」
 アンドレ先輩は悔しさよりも楽しさが勝っていたのか、その顔には満面の笑みを浮かべている。

「俺の体格の魔物はいないんだから、あんま参考になんねえんじゃねえの?」
「魔族はわからんだろ?あとあのすばしっこい猿。なんだっけ、あれ、マジックモンキーが俺苦手」
「大丈夫、俺も苦手。的にしては小せえんだよな、あれ」

 わはは、と2人で笑い合っている。だがすぐにライマー先輩はその笑みを変質させると、手のひらを上にあげた状態でくいくいと招く仕草をした。アンドレ先輩が招かれるままに、ライマー先輩の後頭部に手を回し、顔を寄せ……。

「……」

 くちゅと、舌が絡み合っているのが見える。銀の糸を引き、艶めかしいキスが続いた。少し驚いたが、可視化した魔力が、アンドレ先輩からライマー先輩に流れているのが見える。私がエリーアス様に傷を治してもらったときに、お返ししたように、魔力の受け渡しが行われていた。

「次は俺が勝つ。……ああ腹減った」
「次も負かしてやんよ」

 ぺろりとそれぞれ唇を舐めて、何事もなかったかのように離れている。でもきちんと見れば、ライマー先輩がアンドレ先輩の魔力を吸収しているのがわかった。

「なにをしていたんだ?」
 戻ってきた2人に尋ねると、ライマー先輩がにやりと笑った。
「んあ?賭けだよ賭け。勝ったほうが、負けた方の魔力を吸う」
「なぜ」
「勝負事なら勝ったほうが、ご褒美あったほうが嬉しいしやる気出んだろ」
「じゃあ私も、お2人から魔力を分けてもらえるということか」

 確かにそれなら十分やる気が出ると納得していると、ライマー先輩は私の頬に手を伸ばして、むにっと引っ張った。
「わーほんと生意気な後輩だな!子熊のくせに。返り討ちにしてやる!」
 意欲に満ちてくれていると、こちらもやりがいがある。普段使っている大剣のような、訓練用の武器はないだろうか。ライマー先輩の手を払って、訓練場の端に置いてある箱を見るが、どれもどこかで加工された長さの違う木の棒ばかりである。……これでは卒業試験のような実戦形式の方が良いな。真剣で相手してくれないだろうか。

「模擬戦は良いけどよ。俺だけクンツの戦い方見てないの、ずるくないか?」
「俺と戦うの見てりゃいいじゃん」
「ライマーとの模擬戦じゃ俺、参考にならねえよ。そうだな……幻獣使うか」
 ちらりと見ても、会話に夢中で気づいてくれそうにない。仕方なしに長めの木の棒を手に取り、その場に座ると片手は地面に手をつけ、魔力を込める。

「『土よ』」

 相性のいい土魔法で、魔法は魔力と想像力さえあれば、単純な言葉でもコントロールは難しくない。私は想像したとおりに、木の棒の持ち手以外の部分を肉付けしていく。数センチの厚さの棍棒が出来たところで「お前なに作ってんの」と呆れた声がかかった。振り返ればライマー先輩が私の手元を覗き込んでいる。

「木の棒では少し味気なくてな」
「サイズを替えるのは卑怯だぞ」
「少しの加工だけだ。軽すぎる武器は、手から抜ける」

 抜けるというのは大げさだが、こんな木などは握りつぶしそうだった。早く力の強弱のコントロールを身につける意味でも、単なる木の棒あたりはいいのだろう。でももう少し重さが欲しい。
 ライマー先輩は興味深そうに、私が加工した棍棒をコンコンと叩いた。それだけで表面の土がぱらついたのを見て、大した加工をしていないのを理解してくれたらしい。

「そういうのは弱いものの言い訳だぞ、子熊ちゃん?」
「私は弱いので、諸先輩方にはハンデをいただきたいと思って」
「ふうん?結構殊勝なこと言うじゃねえか」

 顔を近づけたライマー先輩が、人差し指を伸ばして私の額を小突いた。ふわっと笑うのを見て、あ、これは。とここ最近よくある距離を思い出して、軽く顔を上げてその小さな口に口づけをする。すると、ライマー先輩が目を見開いた。

「……おい子熊、今のは」
「この距離に顔があったら、口づけするものなのだろう?」

 ユストゥスはすぐにしてくるぞ。と告げると、長いまつげが、ぱちぱちとまばたきのたびに揺れた。少しの違和感があるが、それを私が口にするより早く、ライマー先輩は立ち上がると、幻獣召喚用の魔法陣の準備をしていた、アンドレ先輩を呼んだ。

「アンドレー!ちょっと来い!」
「ああ?なんだよ」
「子熊の目の中に、ホクロあるから覗いてみろ」
「目の中にホクロ?目の中にホクロがあったら、それはもうホクロじゃないんじゃないか?」

 不思議そうにしながらも、それでも興味のほうが勝ったのか、アンドレ先輩は魔法陣の作成を中断して、こちらに近づいてきた。座り込んだままの私の両頬を、そのままがしっと掴まれて、顔を近づけられた。ので。

 ちゅっ。

 間近にある唇に自分のそれを重ね、少し開いた隙間に舌を差し入れる。残念ながら、私はいつも舌を入れられている事が多く、どう触れたら気持ちいいか、まだよくわからない。なので、ちろちろとアンドレ先輩の唇と、歯列を舐めることしか出来なかった。
 しばらく唇を堪能していると、満足したのかアンドレ先輩が、ゆっくりと離れていく。その唇は私の唾液で濡れていた。彼は少し悩む素振りを見せている。そんなアンドレ先輩の腰を、ライマー先輩が叩いた。

「なあ、あっただろホクロ」
「……よくわかんなかったなあ。クンツ、もう一回よく見せてくれ」
「ん」

 目を覗き込むたびに、キスすることになるのに、アンドレ先輩は構わずに顔を寄せる。今度は、ふにふにと唇で唇を喰んでみた。ユストゥスの唇よりだいぶ薄い気がする。無意識に比べてしまって、気づかぬうちに熱い息が漏れた。

「ライマー大変だ。よく見ると、ホクロ2つあるぞ」
「ほんとか?そりゃ大変だな。見せてみろよ」
「んん?」

 今度はライマー先輩の唇が重なる。彼はどこも小さくて、したがって唇も小さい。触れるだけだった先ほどとは違って、こちらも濃厚な口づけになる。舌を奥に入れ過ぎそうになってヒヤヒヤした。……そう言えば、私はなぜ、2人と口づけしているんだろうか。

 それは彼らが顔を寄せてきたからなのだが、よもやこの距離になると唇を重ねるというのは、間違いなのでは……?

 ふと不安になった私は、キスで少しばかり息を弾ませたまま、口を開いた。
「もしかして、この距離だと口づけするというのは、まちが」
「いやいや。ユストゥスは、ちゃんと子熊に教えてるなって、感心してたんだよ俺たち」
「外じゃ駄目だけどな。寮とかこの訓練場は俺らしかいないし。皆挨拶代わりにちゅっちゅしてるぞ。他の奴らにも、これで挨拶してやれよ。ああ、バルタザールは別だぞ?びっくりしちゃうからなーあのおっさん」

 なにも間違いはない、とライマー先輩とアンドレ先輩が断言してくれた。魔肛持ちとなってから日が浅い私は、知らないことも多い。魔肛持ちのいやらしい生態のことに始まり、奴隷たちの扱いについても、手話のことについても、教えてもらうしかないのだ。

 彼らがそう言うならば問題ないのだろうと、私は胸をなでおろした。


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