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新規任務準備編
39.俺の可愛い子熊(概念)が、子熊(物理)になって、超絶可愛い<ユストゥス視点>
しおりを挟むマインラートの話を聞いた俺は、深くため息をついた。じろりと睨まれても、マインラートは笑みを絶やさない。こういう相手に罵ってもダメだろう。むしろ無駄に、ベッカーの方がダメージを受けている。いろんなやつの思惑があったにせよ、ベッカーには自分の存在が、クンツが獣群連邦に売られた原因の一つであるという自覚があるのだ。はっ。
<そんなん、成功するかわかんねえぞ。つか本気か?>
<本気ですし、成功させます。そのための仕込みは、ずっと前からしているんです>
<はあ……どっちにしても、もう俺は関係のないことだ。いいだろう、運ぶだけなら引き受けてやる>
俺が手を差し出すと、マインラートは白い封筒を差し出した。それを荷物に詰める。それから俺はベッカーの尻を蹴り上げた。
<俺の嫁が帰ってきても、そんなしけた面してるようならぶん殴るからな、少将殿>
<……わかってる>
俺に揶揄されてもろくに反応しねえ。はーほんっと、こいつも面倒なやつだな。1人で落ち込んでろばーか。俺の優しさが向くのは大事な番にだけだ。装備を整えて倉庫を出ると、ハイラムが前からやってきた。
<指定された魔具の準備に、少し時間がかかるらしい。今日の出発は無理だろうと、バルタザールが言っているぞ>
だから急ぐなと言いに来たらしい。その言葉に俺は首を横に振った。
<急がせてくれ。足で追いかける。先に国境越えられたくねえ>
<ふむ?だが国内は転移魔法が使えるなら、それを使えば良かろう。無駄に体力消耗するだけではないのか>
<淫紋刻まれてんなら早めに行って、抱いてやんなきゃ可哀想だ。あいつに護衛が手を出す可能性は五分五分だからな>
そう手話で答えながら、寮監室に向かった。
なんてったって俺の嫁は幼女だからな。匂いで抵抗感が出るやつも多い。まあ美人だから、誘えばつい靡いちまう可能性もある。上手くやれるかどうかは、お嫁様の力量にかかってるが……あんまりないからな、力量。
いつもの奴隷相手と同じように誘ってそうだ。失敗して泣いてたりしねえといいんだが。良くも悪くも、外の環境とこの寮は違いすぎる。
開けっ放しだった寮監室に、ドアをノックして来たことを示しながら入る。中にはアンドレとライマーにクリス、そして珍しくうちの深窓の姫君、ディーターまで顔を出していた。
バルタザールの執務机を取り囲むようにいる騎士たちの中で、ディーターは1人、体調悪そうに顔を青ざめてソファーに腰を下ろしている。
やれることねえんだから、そんな無理しなきゃいいのに。……けど、それだけクンツが心配ってことか。
<バルタザール、魔具が揃わねえって聞いたが>
「そうなんだよ。うちにある持ち出しできる魔具は、生活魔具か魔淫具の類しかないし。相手の動き止める停止魔具とか、睡眠魔具とかないんだよね……あ、隠蔽魔具はあったよ!」
「今、他寮に持ってないか問い合わせしてる。なかったら、至急白藍魔道団から購入しないと」
ため息をついて眼鏡を拭くバルタザールに、アンドレが被せてきた。俺が現地でクンツに付かず離れず、そばにいるために必要なものらしい。でも、なくても多分問題ねえし、あっても匂いでバレそうなんだよな。
あと、俺の存在を獣群連邦のやつらには伏せておこうって、その指示が気に食わない。
<んじゃその隠蔽魔具だけもらってくから、ほかはいらねえ>
「駄目ですよ。使わなくても、指定されたものは、一応持って行ってください。不必要に痛くもない腹を探られるのは嫌でしょう」
クリスがゆっくりと諫めてきた。堪らず舌打ちをする。こうしているうちにも距離があいちまう。追いつけなかったらどうしてくれる。苛立つ俺に騎士たちは不思議そうにしたが、理由を説明すれば納得したように頷かれた。
「あいつ、幼女だもんなー……どんくさそうだし」
「ほんと、なんでエリーアスは淫紋なんて付けたんだ……」
「心配ですね。せめて国内にいる間は、私たちで見守りに行きますか?」
ライマーは眉間にしわを寄せ、アンドレはこめかみを抑えている。クリスに至ってはそわそわと落ち着かず、そんなことを口にした。
「だめだよ!ただでさえエリーアスくんが本部預かりになってるのに、君たちまで勝手なことしちゃあ!」
バルタザールの言葉に全員で押し黙る。やれやれ、宮仕えの騎士様がたは大変だな。俺はふんと鼻を鳴らした。あとでどんなペナルティが来ようとも、俺の最優先はクンツだ。
<ほかはいらねえ。もう行くぞ>
俺が肩を竦めて踵を返すと、よろりとディーターが立ち上がった。前に立ちふさがるように立つ、美女と見まごうばかりの青年に目を細める。
「転移魔法、別に使用を許可されてるだけで、だれが使うんでも、いいんだろ?準備ができたら、イェオリに、もって行かせる、から、魔具は検問所で、受け取れ」
「うわディー頭いい!」
「俺らが行かなくても、それなら問題ないな!だろうバルタザール!」
「うーん……いいのかなあ」
騒ぐ背後をよそに、腹を抑えてよろめいた男を俺は抱きとめて、ソファーに横たわらせた。ディーターは、脂汗までかいて苦しそうにしている。クリスが駆け寄ってきて、しゃがみ込み、治癒を掛けるが、じくじくと痛む腹は収まらないらしい。身を捩って呻いた。
<無理すんなディーター。それと助言、助かった>
「いいって。……クンツ、ちゃんと連れ帰って来いよ」
立ち上がろうとした俺の手をぎゅっと握ってきた。その力強さに、ゆっくりと頷く。
「ああもう……でも指令書には、細かいこと書かれてないし、いいよ、うん。いいに決まってる!ユストゥス、消音魔法取り消しと、別の魔法掛けるから、ほらこっち来て!」
呼ばれて戻れば、バルタザールは魔石を取り出して握りながら、魔法の書き換えを行っていく。体感的には全く変わらない。だがわずかにアンドレとライマーの表情が曇った。
「なあバルタザール……」
「ライマー、しょうがない。遠征任務に同行する奴隷は一律、同じ魔法が付与される。だからエリーアスは、遠征任務には誰も連れていかないんだ。無事に任務が終われば、問題ない」
「わかってるけど……けどさあ」
どうやら俺にかけられた魔法は、よほどなにか良くないものも含まれているらしい。まあ刑期を明けてない奴隷が逃げ出したり、任務をこなさなかった時の対処的なものだろう。バルタザールは少し硬い表情で頷いた。
「はい終わったよ。声出る?」
「ん"ん"っ、あーあー……久々過ぎて、咄嗟に手の方が動きそうだ」
ひらひらと手を動かしながら笑うと、バルタザールも俺の手を握ってきた。ちょっと汗で湿ってる。片手でごそごそと引き出しをあさり、少し大きめの群青色のメダルと地図を取り出した。メダルに描かれた紋章は、群青騎士団一輪隊のものだ。
「クンツくんも大事だけど、君も無茶はだめだからね。はいこれ、地図と通行証代わり。王都出るときと国境の検問所で見せて。それで大丈夫だから」
「はいよ、母さん」
「僕こんな大きい子供産んでないけど。でもほんとに、ほんとに、気を付けるんだよ」
少しは緊張を解そうと思って言ったのに、全然だめだった。バルタザールは真顔のままだ。それらを受け取って、いつものように手話で、わかってる、と応えようとしてしまい、苦笑する。
「わかってる。じゃ行ってくる」
もらったもろもろを荷物に詰めて背負う。寮監室を出ると、ハイラムとジルケ、そしてエイデンがいた。イェオリの姿は見当たらない。きっとまた何か工作でもしてるんだろう。
ハイラムはいつも通りの王様然とした態度でこちらを見送り、ジルケは少し落ち着かない様子を見せている。エイデンは興味なさそうだった。お前なー……。
仲間に手を振り、そのまま進むと玄関に近い廊下で、腰砕けで上気した頬のままのジギーと、そのジギーの腰を抱きながら悠然と笑うルヴィに会った。俺が抱き潰してから、ようやく起き上がれるまで回復したらしい。
「まだなんかちょっと、よくわかんないけど、気を付けて~」
<早めの新婚旅行、楽しんで来いよ!>
ぐっとルヴィに親指を立てられ、低く笑いながら頷いた。神妙そうに見送られるよりよほどいい。
「土産買ってくる。楽しみにしてろよ」
それだけ告げて、寮を出る。後ろから見送りに出てきたのか、数人の足音が聞こえたが、それに手を振る余裕もないまま、俺は走り出した。
子熊の、クンツの匂いはわかる。そしてこの国から見て、獣群連邦は北東の方角にあった。出ただろう王都の検問所もわかる。問題は間のルートだ。匂いでわかればいいが、見つからなかったらすれ違う可能性の方が高い。山脈手前の検問所は、一か所だ。本当なら、その検問所で待ってるのが利口なんだろう。
でももし、クンツに淫紋なんてものが付けられていない状態だったとしても、俺にはそこで待つという選択肢はなかった。
子熊が心配ということもあるが、それ以上に、俺があいつから離れていたくなかった。こんな予定外に嫁を引き離されて、落ち着いてなんていられない。絶対に見つける。俺なら見つけてやれる。
貴族街は大通りに馬車しか走っていなかった。だから走りやすい。追い抜かされて驚く馬と御者が数台いたが、むろん構わずに走った。貴族街を抜け平民街に差し掛かる。
ここは雑多で、俺以外にも道を歩く人や馬車も多く、走りにくいことこの上なかった。なので裏道に入り、壁をよじ登って屋根から屋根へ飛び移る。一直線に検問所に向かった。
検問所では本当ならきちんとした手続きが必要だろうが、もらったメダルを見せて最短で外に出る。検問所周辺にはまばらに出店がいくつも並んでいた。王都は出るより入る方が時間がかかる。検問所を通るには一定の審査が必要で、入都するために並んだ者たち相手に、食料や飲み物を売っていた。彼らのほとんどが、日銭を稼ぐ農民だと聞いている。
王都の平民街では、まだ何人か獣人を見かけたが、外では見かけない。そのせいか、中よりも随分不躾な視線が飛んできた。まあ俺に声をかける勇気がある奴なんてほぼいないだろう。力を持たない人族からすれば、獣人なんて恐怖の対象でしかない。
もう一度気合を入れなおして、俺は全力で走り出した。
時折休憩を挟みながら走る。地図でも現在地を確認した。持ってきた水で喉を潤し、また走る。魔石には魔力ではなく、火風水地の4大魔法を封じ込めて、取り出せるものもある。その中で一番需要があるのが水の魔石だ。倉庫にあった水の魔石は一部借りてきたが、使わないで行けるに越したことはない。
そしてクンツを連れた護衛たちも、水の魔石を持っていても、なるべく節約するはずだ。そうなると川か、湧水がある場所を通り過ぎるだろう。必然的に、いくつか通る道と休憩場所が絞られてくる。
人族は野営するときには、盗賊や魔物を警戒しつつ見通しのいい平原を選ぶが、俺たち獣人は森を選ぶ。多少深くても迷うこともないし、隠れやすいからだ。
護衛は2人だと書いてあったが、それしか情報はなかった。俺たちは馬は使わず、足で移動する。子供をこの距離走らせることはないから、1人は大型獣人だろう。熊かゴリラか牛……いや、草食系は国外で行動するのは不利だ。なにしろのんびりしている。となると熊かゴリラか。……2人とも大型獣人だったとしたら、ヤバいな。追いつけはするだろうが、説得に時間がかかりそうだ。
どこかで休憩したあとがないか、森を通りかかるたびに確認する。森の浅い場所で、つい最近ついたと思しき、複数の獣人の匂いが感じられた。だが肝心の嫁の匂いが感じられない。
おそらく抱えられて運ばれてるんだろうが、休憩したら自由にするだろう普通。
「もしかして、このルートじゃないんじゃ……」
つい、そんな不安が出ちまった。くそ。
今から違うルートに向かうことはできない。遠回りになるし、国境過ぎるまでに合流できなければ、連邦に入国後はどこに行くか、俺だけじゃ把握できない。この道で違わないはずだと言い聞かせて、俺は走った。
だがその日は、追いつく前に日が落ちてしまった。クンツが、俺の幼な妻が寂しい思いをしていないか考えると苦しい。そのまま夜も走り続ける。幸いに夜目は効くほうだ。
森を数か所通り、そのうち一か所で、少しだけ仮眠を取った。夜も明けきらないうちから走り出す。
朝霧が晴れ、日がだいぶ昇ったところで、ようやく俺は、大事な大事な嫁の残り香を見つけた。野営したと思しき場所にマーキングの匂いを嗅ぎ取る。火の後始末をした跡も見つけた。道が間違っていなかったことに気づいてほっとする。
そのまま国道に戻ろうかとも思ったが、野営地とは違う場所から、クンツの濃い匂いがすることに気づいた。むせるような雄の匂い。それが野営地から、離れた森の奥からする。少しだけ逡巡したあと、俺はその匂いを辿った。
「……」
巨木の下の柔らかな草の香りに紛れて、俺は嫁が出す精液の、雄の匂いを嗅ぎ取った。少し離れたところに、ポーションの空瓶が転がったままなことに気づく。それからは穴の、魔肛が出す愛液の、雌の匂いがした。
わざわざこんな離れたところまで来て、自分を慰めただろう子熊に、心が揺さぶられる。何も問題がなければ、野営地でコトに及ぶだろうし、その野営地では、性交の匂いはなかった。やっぱ失敗したか……。
夜泣きしてたんじゃねえだろうな。……ああ、早く急がねえと。
道に戻ると、今度こそ休憩も取らずに走り出した。連邦を囲う、山脈の一部が見えてくる。そこに近づくにつれて、昨日全く匂いが見つけられなかったのが不思議なぐらいに、クンツの匂いを感じるようになった。あともう少し……。
「っ……見つ、っけた!」
少し坂を下った先の、国道から外れた平原に、豆粒のようなサイズで寝転がる嫁がいた。少し離れたところに熊と……あれは犬か?どちらにせよ、護衛と思しき2人の姿も見つけられた。
あんな可愛い嫁をそばに置かずに離れているあたり、揉めた内容が想像できる。おそらく腫れ物に触るような扱いを受けてるんだろう。はーマジでわからん。せめてベッカーみてえに、膝に乗せててくれりゃ少しは安心するのによ!
猛然と走る俺に、その護衛の2人は早々に気づいたようだった。明らかに俺を警戒した熊獣人が、荷物から大きな斧を取り出して構える。もう1人の……ああ狐か。狐はいつでも動けるように、クンツに駆け寄って抱き起こし、警戒をあらわにした。
「誰だ!」
怒鳴られても答えられるか!
「っはあっはあ……っと、……っまっ」
走る速度を落とし、道の端で膝に手をついて荒い呼吸を繰り返す。ちらっと見れば、俺が同じ獣人なことに気づいたのだろう、国外の道端で、獣人同士がすれ違うことはほとんどない。わずかに当惑するような空気が生まれた。
「っはあー……っやっと、追い、ついたっ!」
噴き出る汗をぬぐって身体を起こすと、恐々と大きな熊獣人の背から顔を覗かせたクンツが、普段は眠たげな奥二重の瞳を、それはそれは、まんまるに開いた。
「……しゃべったぁああああっ!!??」
胸倉を掴んでぶんぶんと振られた狐が、哀れなほどの動揺っぷりだった。
「は……ユストゥスが!私の狼が喋ったぞ!聞いたかアーモス!渋い!かっこいい!なぜ喋る?!」
わたしのおおかみ……。
クンツの口から出た言葉に、俺まで目を見開く。こんな時にも関わらず、沸き立つような喜びを感じた。俺のことを、そんな風に思ってたのか。全然知らなかった。ほんっとに今まで子熊、俺に興味なかったもんな?!それになんだその耳!
クンツの柔らかいくせっ毛のうえに、ちょこんとこれまた柔らかそうな丸い耳が生えていた。くっそマジで超絶可愛い。結婚しよ!なあ結婚!
「なあ!なぜユストゥスが喋っているのだ?!アーモス知ってるか!!」
「しらっ……っちょっ……うっぷ……」
ぶんぶん興奮したクンツに揺さぶられ、その力強さにだんだんと狐の顔が青ざめていく。その前に立った熊獣人が「ユストゥス……?」と訝しげに俺を呼んだ。
「おい、クンツ。そろそろそいつ離してやれよ。吐くぞ」
「うわぁあああっ!私の!私の名を呼んだぞアーモス!!すごい!かっこいい!」
あーあ、逆効果だったか。……つか、そう何度も褒められると、こう、さすがに俺も照れんだけど。あ、狐が死んだ。
実際には死んだわけではなく、口を押えてクンツの手を振り払い、後ろを向いて吐いていただけだが、平原に出してはいけない声と匂いが広がった。風が適度にあってよかったな……。
そんな状態に押しやった当の本人は、俺を見たまま、目を輝かせている。立ち上がると、とととっと駆け寄って、大柄な熊獣人の背をよじ登り始めた。
いやまあ、でかいから、男はクンツによじ登られても揺らぎはしないが、お前ほんとに人族か?やっぱ熊だったんじゃねえの?
「ちょ、クンツちゃん?」
身構えていたところによじ登られて男は慌てるが、クンツは意に介さず、男の頭部にぎゅうっと抱き着きながら俺を見た。その目が潤んでいる。
「ユストゥス、お前、本当にユストゥスか?偽物ではないのか?」
「疑うんならこっち来てみろ。いつものべろちゅーしてやる」
「!」
れっと舌を出して見せてやる。そこに消音魔法の魔法印がないのがわかったはずだ。だというのに俺のお嫁様は、熊に抱き着いたまま、赤い顔でもじもじし始めた。
「っでも、わたし、私は、だめなのだ。哀れで、悲しい生き物だから、そういうことはしてはいけない」
その態度からは、単に照れてるだけなのがまるわかりだった。声のトーンも、別に悲痛なものではない。だが出た言葉の響きは、とても寂しいものだった。クンツによじ登られた熊の表情が暗くなる。
ほーお?随分俺の嫁を苛めてくれたな。
「クンツ、いいから来い。愛してやる」
「……ゆすとぅす……っ!」
ぴょんと熊から飛び降りて、クンツは俺に、思いっきり抱き着いてきた。構えていたが、ずずっと後ろに押される。どうにかひっくり返らずに受け止められた。腹部にアタックを食らったせいで、若干胃が痙攣したが、食べずに走っていたことが幸いした。
「顔上げろ」
「ん……」
顎を掴み、いつものように下唇をふにふに親指で揉んでやる。すると子熊はとろんと瞳を蕩かせた。俺の首に腕が回り、唇をそっと開く。
俺はその場の、役に立たねえ護衛どもに見せつけるように、深く口づけを交わした。
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