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獣軍連邦潜入編
79.激怒
しおりを挟むユストゥスのせいで、私はとても大変なことになった。なにが起こったかと言えば、ツェルリリに頭から水をかけられたのだ。タライに溜めた水で、服を身に着けたまま、身体ごとガシガシと力いっぱい洗われた。水の豊富な巨木で良かったな。少しだけ溺れかけたのは内緒である。
私もだが、大型獣人が洗濯係にはならないわけだ。間違いなく服はボロボロになる。というか、なった。ジュストは濡らしたら私が怒ると威嚇したので、洗われたのは私だけだった。
ボロボロになった服の代わりに、ツェルリリが服をくれるらしい。ヒュギル様からもらった服が何着か余っているそうだ。サイズが同じであれば、孤児たちの間で着回しするが、大型獣人の女児は今のところツェルリリだけで、サイズを小さく詰めると今後来るだろう大型獣人の孤児の服がなくなるため、浮いているらしい。
なるほど、通りで男児より女児の方が良い服を着ているわけだ。ヒュギル様は、自他ともに認める変態紳士だったな。別に男児が小汚い恰好をしているわけではないが、それでも女児たちの方が、なんというか華美で可愛らしい。ヒュギル様の趣味が反映されている。
そんなわけでライニールが私の姿を捉えた時には、すでに全身びしょぬれでボロボロだった。ツェルリリが洗うのをやめたので、とっくにユストゥスの匂いは消えたのだと思う。……少し、残念な気もするが、匂いだけでこんな目に遭うとは思わなかった。
「風邪ひかないように気を付けろよ」
皆の兄貴分らしく、ライニールにそう穏やかな声をかけられて、頷くしかない。普段は本当に、とてもいいお兄ちゃんなのだ。ただ私がよそ見していたり、人気がないところだと、少し違ってしまうので、なるべく子供たちと一緒にいる方がいいのだとは思う。
でもツェルリリ、ギィスの二大暴れ幼児といるのは、それはそれで疲れる……。
「ハイこれ。あたしの匂いが付いてるから、着て」
部屋でほぼ裸で毛布にくるまっていると、ツェルリリが来てオレンジ色の塊を差し出した。嫌な予感に浸りつつ、広げてみる。
「……リリちゃん、これワンピースドレスではないか?」
「クーちゃんにも似合うわよ。あたしに似合うんだから」
似合う、の定義についてまず聞きたい。聞きたいが私は言葉を飲み込んだ。ここにいると美的感覚というものが狂うような気がしてならない。元々大層な美的感覚もないのだが。ううん……。
押し付けられたのは、オレンジ色のワンピースドレスだった。スカートの中には必ずパニエという折り重なったスカートを履けと言われる。ツェルリリが同色のピンクを着ているので、どのような感じになるかは想像が付いた。
立て襟の白いレースに濃淡の違ったオレンジ色で染められたワンピース。胸下で切り返しが入っている。サイドラインにリボンがいくつも付いており、それが一部、ピンクに差し替えられていた。おそらく、ツェルリリがすでに交換したのだろう。
スカートはフレア状に広がっている。ふりっふりである。ふりっふり。作業時のツナギではだめなのか……。
「ギィスか、ブラムのふく「そんなの着たら破るから!」」
力いっぱい絶叫されて、私はあえなくワンピースドレスを着ることになった。ついに、ついに、服装までお揃いだ。つらい。服を着替えると、途端にツェルリリの機嫌が良くなる。私がツェルリリの匂いをさせているのがいいらしい。くっ。ユストゥスがばかなことするから……!
孤児院ではあまり新しい服を買う余裕はない。基本は寄付と着回しに頼っている。
服を買う金があったら食費に化けてしまうのだ。孤児たちの食欲たるや。……お父様に強請ったら、普通の服を買ってくれないだろうか。安い服でいい。もう、着れさえすれば……。
夜にはのこのことやってきた肉棒を追い返して、私は翌日、昼休みにドゥシャンがいる傭兵の詰め所に向かった。私は頑として作業用の服を着続けようとしたのだが、それすらツェルリリに破られそうになったので、ふりふりのワンピースドレスである。泣ける。
すれ違う獣人たちが微笑ましく視線を向けてくるが、本当に皆これがいいのだろうか。全くわからない。
「ドゥシャン、いるか?」
「うわあ!クーちゃんかっわい~ッ!」
詰め所を覗けば、お兄様には大好評だった。
褒めながらぎゅっと抱きしめてくるし、何なら胸をむぎゅむぎゅ揉まれる。お兄様はブレないな。すごい。でも私以外の人にはセクハラは駄目だぞ。私の胸であれば、心行くまで揉むがいい。代わりにおちんぽくれたらそれでいいから。だが、今日はすぐにお父様が出てきたので、そこまで揉まれずに終わった。
「おはようクーちゃ……どうしたんだ、見せに来てくれたのか?とても……良く似合うな。可愛い」
なにやらドゥシャンは、感極まって泣きそうになっている。えっなぜ。待ってくれ。そんなに喜ばれたら、男児の服を買ってくれ、とは言い難いではないか。
抱き上げられて、膝の上に乗せられてしまう。頬を、じょりじょり、じょりじょりされた。傭兵が出入りするたびに、私のことを新しく引き取る娘なのだと紹介している。アーモスも調子に乗って妹だ!と自慢げに言いふらしていた。
無論、私も負けじと男だから娘じゃない、妹じゃないと声を張り上げるが、誰も信じてくれていない。服を脱げば早いのだが、それは怒られた。ちっ。
嬉しそうな2人に、私は内心複雑だった。でもユストゥスは結婚する頃には、私の任務は終わるだろうと言っていた。終わったら、国に帰らなければならない。
獣人ではない私は、ずっとここには居れないのだ。そう思うと胸がきゅっと痛んだ。何もしていないが、任務の終わりが見えたからだろうか、少し寂しい気分になる。
結局買ってくれ、の一言が言えずに、褒めそやされるだけ褒めそやされて、私はその場を後にした。
……ユストゥスのところに行くときには着替えたい。着替えよう。さすがにツェルリリも邪魔はすまい。昼休みは時間が無くなってしまったので、また夕方に向かうことにした。
ライニールより先にツェルリリにバレて、服を破られたことを話せば、ユストゥス自身も頭を抱えていた。お前は人気者だな。とも言われた。
実家では、他人から関心を持たれることがなかったから、寮でもここでも、皆が私に優しくて、嬉しい。大型獣人の子供たちの勢いはたまに怖いが、でも、嫌ではない。
あと、寮では喋れなかったユストゥスが、話しているのはすごくいい。任務終了後に王国に帰らないという選択肢はないのだが、それでも狼の声が聞こえなくなると思うと少し、寂しかった。
「っは、クウ、出すぞ……ッ」
「ああっ、んっあっ、ゆす……っ」
そんな狼の色っぽい低い声を聞きながら、腹の奥に白濁を叩きこまれて私はくたり、と身体から力を抜いた。ここの所、ユストゥスは背後から挿入して、私のうなじを噛みながら精液を吐き出すことが増えた気がする。
終わると向かい合う形で、もう一度入れ直してキスをくれるのだが、それなら最初から正常位で入れてくれればいいのに。ずきずきと痛む頭を軽く振り、私はユストゥスの背に手を伸ばしながらキスを強請った。
「痛むのか?」
「何が?」
狼は私をよく見ている。今も私が素知らぬ顔で否定したにも関わらず、痛ましげに目を細めて、私の頭を撫でてくる。
指の合間に挟まれる獣耳、絡む髪の毛。撫でられるのが気持ちよくて、目を閉じて深く息を吐く。
痛みの度合いは増している気がするが、大丈夫。我慢できないほどではない。視線を合わせるとバレそうだから、合わせない方がいい。あと、見つめられるとそれだけで胸がきゅうっとするし、頭痛はする。
私はユストゥスが嫌いだから忘れない。忘れる必要はない。
これがもし、万が一、絶対あり得ないとは思うが、すき、だったら、さっさと私は狼のことを忘れているだろう。忘れないということは、嫌いなのだ。大丈夫。大丈夫。問題ない。大丈夫。
抱き合いながら後戯を楽しんでいると、ユストゥスが口を開いた。
「クウ、挙式の話だが」
「…………本当に式をするのか?」
「当たり前だろ。王国式の人前式をやるにはある程度人を集めないとだめだが、俺のところの式は至って簡単だからな。最低、花嫁と花婿がいれば事足りる」
はなよめとはなむこ。
私は目を見開いて、ユストゥスを見つめた。目が合ったことで、にや、とユストゥスが笑いながら指と指を絡ませて、私の唇を甘噛みしてくる。
クチクチ、と小刻みにおちんぽを揺らすのはやめてほしい。甘イキが大好きなおまんこが、もっとおちんぽが欲しいとわがままを言う。きゅうんっと絡みつき始めた。
あっ、だめ。もう日が暮れる。孤児院に帰らないと、また心配させてしまう。
「ゆす、だめ、も、かえるから……っ……きもちぃ、から、だめっ」
「はー……かっわいいな、お嫁様」
「っあ、んっわたしの、おまんこが、おまえによわいのを、ん、しっているだろう……っ」
嫌がってるのも、もう口だけだ。基本的に私は嫌がらないのだが、最近のユストゥスは、うっすらと私の嫌がることばかりをしてくる。すごくじゃない。うっすらとだ。
いやいや言いながら、受け入れているのがいいらしい。本当に嫌だったら問答無用で押しのけるし吹き飛ばすし腹を殴るからな。その辺りのさじ加減が絶妙だ。
しつこくされるとさすがに腹を立てるので突き飛ばそうとはするのだが、そうすると筋肉が張るので、それを察知してすぐに逃げられる。だからこいつは腹立たしい。が、最初からとても嫌がるようなことは言ってこない。
だから……うん……えと、……うむ……ちょっと、わざと、いやがるそぶりをしてしまう……。それを自覚したときは、羞恥で身悶えてしまった。私が、こんなことをするように仕向けるような酷い男なのだ、私の狼は。
今も浅く前立腺を意識して擦るような動きをしつつ、結腸の入り口を先っぽで突いては、震える感触を味わっている。すでに二度、白濁を受け入れたソコは、甘く開いたり閉じたりを繰り返している。
突かれるたびに亀頭を受け入れたくて、だらしなくくぱくぱ口を開いて、誘っているのだが、それがわかっていて狼は突き入れてはくれない。クポッとハメて、それでカリを引っかけながら、捻るようにして引き抜かれるのが、死ぬほど気持ちいいというのに。
「あ、ぁああーっ、ぁあ、ぅ、も、ゆすっ」
「ん?」
「おくっ、おぐっ、ぐりぐり、ぐりぐりひてっ」
「どこ?」
変態!変態!!イイ声で、やらしく囁くなばか!!
私の憤りなどユストゥスには全然伝わっていない。尾がばっさばさ揺れている。
「っなか、おまんこの、おくぅ……」
腹いせにやつの背に爪を立てるが、引っ掻き傷程度ではユストゥスは全然懲りない。むしろ喜ぶ。腹立つ。肩口に噛みついてみてもそうだ。
愛おしい、という表情で私を見つめてくる。この……ばか!ばかっ!!
「っ……ふ、ぁあんんっ、あーっ!!ああああーっ!」
じれた私が、ふにゃふにゃな身体に力を込めようとした瞬間に、最奥を突かれて絶叫した。収縮した瞬間を狙われて、突き入れられたのだ。とぷっと白濁が力なく勃起した私のペニスから垂れた。強すぎる刺激に暴れてしまう。気持ちいいけれど、耐えられない。意識を保とうと思うのに、私はまた高みに押し上げられて、トんでしまった。
気づけば身体は清められ、腕の中にはジュストを押し込められていた。毛布を掻きよせようとして、自分の身体にかけられていたものが、ユストゥスの毛布ではないことに気づく。
薄い透けた柔らかなヴェールに、編みこまれた銀灰色の毛。きらきらして、複雑な紋様を浮かび上がらせている。ふと見惚れていると、少し離れたところにいるユストゥスが、満足げに鼻を鳴らしていることに気づいた。
「これは?」
「挙式の際に使うベールだ。俺の毛を編みこんである。俺が作った。ユェザリに……弟に言って、仕立て途中のを持ってこさせて良かった」
戻れなくなってから随分経ったから、もう捨てたと思ってた。と一人ごちるユストゥス。私はしげしげと手に取って眺めた。
大きい。頭に乗せたら多分背はすっぽりと隠れる大きさだ。
「お前が?ずいぶんと……器用だな」
私はこんなものを作るような力量はない。手に取って眺めていると、詳しく教えてくれた。
「俺の里は北に位置している。夏は短く冬は長い。基本狼は群れで狩りを行うが、冬場に外に出れるのは、限られた大人だけなんだ。夏場に狩りの練習をする子供や、引退した年寄たちは冬の手仕事に編むんだよ。それは男も女も関係ない。狩りに行くの自体、男女混合だしな」
「ふうん?」
そういえば全然ユストゥスの、狼たちの話を聞いたことがなかった。私が興味を持ったことに気づくと、ユストゥスは尾を振りながら破顔する。
「ベールの編み方は、それぞれ部族によって異なる。小さいころから暇さえあれば作って、挙式時にお互いの部族の編み方を見せ合うんだ。お互いに被ったベールを持ち上げて外して、鼻先を突き合わせる。キスやそれ以外の接触は初夜だな。秋は結婚式の季節で、冬はこもって交尾三昧。獣人の子は人の子より日数が短く済むから、春先に小さく生んで、それから部族で代わる代わる育てる。2枚のベールは子供のスワドルにしたり、夏服の仕立てに使う。親の匂いがするから安心するんだよな」
「ん……?ちょっと待て、お互いの部族で見せ合うって、ことはつまり」
本来は、私も作る、べきなのでは。
私がそのことに気づいて固まると、至極あっさりと、ユストゥスは首を横に振った。
「ああ、別に同族じゃないしそこまで気にしなくていい。当日はなにか適当な布で構わないしさ。参加者はドゥシャンとアーモス。孤児院の院長先生も、予定が空けば参加したいって。俺の身内は、今忙しいから呼べないし、あんまり多くてもな。こじんまりとした式で良いだろ」
「っ……気にしないわけあるか!!」
ぎゅっと強くベールを握りかけて、私は慌てて丁寧に伸ばした。せっかくユストゥスが作ってくれたものだ。
式だって獣人の、狼たちの式をするのなら、私が他種族……たとえ人族だったとしても、合わせ……というか!!どうして!!そういう重要なことを言わないのだ、この狼は!!
「式をすると聞いて、少しも話を聞かなかった私が悪いのは認めよう。それに私が不器用なのは、お前もわかっているからわざと言わなかったんだろうが、でも結婚を言い出した時に、式の形式をお前が決めた時に、ベールの話はすべきだった!!」
私の憤りに、ユストゥスは少し虚を突かれたような表情を浮かべた。私は起き上がると、ユストゥスにベールを返してから、服を身に着ける。
ちらりと見た外は、だいぶ暗くなってきていた。急いで帰らなければならない。
「く、クウ、どうした?お前もともと、あんまり乗り気じゃなかっただろ?俺のわがままに付き合ってもらうんだから、別に」
ジュストを左腕で抱き、ユストゥスに詰め寄ると、私は奴の胸倉を掴んで、ぐいっと下に引き寄せた。びりっとどこか布が裂けた音がするが、気にしない。私が睨みつけると、ユストゥスが息を呑む。
「私はお前のなんだ、言ってみろ」
「……おっおれの、大事な奥さん。可愛いお嫁様、だけど」
「そうだな。私はお前の妻だ。それでお前は私の夫で、旦那様だ。そう決めた以上、同等にすべきだ。お前が私にベールを寄越すのなら、私もお前にベールを贈るべきだ。そうだろう」
「いや、っでも、クンツ、部屋に引きこもってる間、手仕事の縫物も編み物もしなかったって言ってたじゃねえか」
「それがどうした。それがお前に、ベールを作らない理由になるとでもいうのか」
腹の底が煮えたぎる気分だった。私がここまで腹を立てたのは、久しぶりかもしれない。
確かに私は不器用で縫物編み物はしたことがない。だがよもや、そういうしきたりがあることすら、こう日にちが迫ってきたというのに、教えてもらえないとは思わなかった。
王国では普通、嫁ぐ者が嫁ぎ先のしきたりを学ぶ。が、私は狼のしきたりを学ぶに値しないということか。いや……ユストゥスのことだ、本当にただ不器用な私を想って言わなかったのだろうが、それでも酷く腹が立った。
「帰る」
「っクウ、悪かった。そこまでお前が怒るとは思わなくて」
「いや。すべて私が悪い。もう少し振る舞いを考えるべきだった。……なるべく、間に合わせるようにする」
昼休みにここに来ている時間もないぞ。寝る時間もないかもしれない。ユストゥスの作ったベールは素晴らしかった。
あれを私が身に着けるのに、ユストゥスにないなんて、そんなことは許されない。せめてみすぼらしくないものを作らなければ。
「普通に既製品で俺は」
バキッ。
小さく乾いた音が響く。ユストゥスが言いかけた言葉に、思わず力が篭りすぎて握ったドアノブを握り潰してしまった。手のひらは無意識で巡らせた強化魔法のおかげで怪我はない。良かった。これから縫物をするというのに、怪我などしていられない。
ドアノブが壊れてしまったせいで、開かなくなったドアをガンッと蹴り上げる。すると、蝶番が歪んでいたのか、外に吹き飛んでいった。巨木の下に落ちたらしく、影も形もない。元々古くに作られた部屋らしいし、脆かったのだろう。たぶん。
「ひぇ……」
「ドアの材料は、悪いがドゥシャンに頼んでくれ。私はこれから忙しいのだ」
そう強く言い切って、こくこく頷く狼を残して、私は孤児院へと急いだ。
応援ありがとうございます!
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