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キリの村編 〜クーリエ 30歳〜

X-12話 声の主

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 目の前の微かな青白い光だけでも視界がチカチカする。天恵として有り余るほどの力を与えられたが、身体機能としてはそれほど格別な進化は遂げることはなかった。目が捉えうる光の許容度も、飛翔を可能にする羽も、そして寿命も全て天恵を発動する前の形と同じだ。

この力により同種族の他の奴等からは崇められる立場になったが、その賛美の雨も次第に肩の重荷にへと変貌していった。それもそのはず、身体が無駄に大きいため全ての作業が2倍に変わり働きアリ共の仕事量を単純に増やし、そのライフスパンを大きく変化さえてしまう結果を招いただけなのだから。

ゆえに、私だけで護衛も付けずに湖で水浴びをしていた時に聞こえてきた声の持ち主が提案してきた内容は私の胸を強く高鳴らせた。その交換条件はこの力を持ってしては最も容易くこなせる内容。双方にとって利益のある交渉とはとても思えなかったが、利益が天秤の上では私の方に傾いているのならそこを追求する意味は存在しない。

私は二つ返事でそれを了承した。声の持ち主は薄く笑い声を上げるとすぐに気を取り直して、作戦の段取りを説明し始める。その言葉に意識を向けながら、湖から身体を起こし、巨大化したサイズを持って辺りを見渡す。そこには人っこ1人見かけることはない。ただ、美しい三日月が話しかけている誰かも分からない者の口の形を表しているように見える。そこで、一度作戦説明の会話が途切れた。

何をしているんだと、誰かは私に問う。話に集中しろとも。だが、その言葉を遮り質問を返す。お前は誰だと、どこにいるんだと。そこにはいないと奴は答えた。これはテレパシーの天恵を用いてお前の頭に呼びかけているだけだ、辺りを見渡してもそこに意味はないから無駄だと。

私は再び肩まで湖の水に浸かる。底は深いが、慣れればそんなものは気にもならない。羽を使って浮力を足すだけで事足りる。私は、やつの返答に更に質問で返した。

「まだお前は名乗ってない」と

「ラグナロクの使者だ」奴はそう小さな声でつぶやいた。

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 歯と歯を擦りあわして先ほど噛みついたであろう人肉の食感を味わう。だが、どこを探しても肉の食感はなく、ただ固くざらついた表面を擦り合わせているだけの感覚が永遠に続く。怪物は一度大きく口を開け、歯の接触を離す。本来であればどさっと屍が口から転げ落ちるはずだ。だが、待てど待てどその瞬間は訪れない。

怪物はここで異変に気づいた。息も絶え絶えであった男の姿がどこにも見えない。地面には奴の頭部から流れた血液でできた血溜まりすらあるにも関わらずにだ。あの怪我とこの出血量でまともな回避ができるはずも、ましてや移動なんてできるはずがない。

 怪物は万が一を警戒し、一度大きく飛翔し天井に張り付いた。人間は天恵を用いない限り、飛翔することができない。これは長年生きてきて感じたことだ。それに加えてここならどんな攻撃が飛んでこようとある程度は回避することができる。怪物は天井を無音で移動しながら、同じ場所に待機するのでなくあえて移動することで敵の居場所を探ろうとする。視界は良好。見つかるのも時間の問題だろうと、たかを括っていた。耳も澄ますが洞窟の崩壊音が大きすぎて人間の小さすぎる移動音は聞き分けることができない。

「——ハァァ!!!!」

 それは刹那の出来事だった。耳元で突如響いた咆哮は怪物の鼓膜をビリビリとシビラせる。声の方向を急いで目で追う。あまりの速度に視界が横にぶれる。だが、ブレた世界でもその姿ははっきりと識別できた。頭から血を流し、目は赤く充血させている。その姿はもはや生気のある人間とは思えず、片足以上を地獄に突っ込んでいると言っても過言ではない。だが、目の前で拳を強く握りながら、人ならざる速度で怪物のところまで迫るそれに危機感を持たざるをえない。

「キェェェェェェ!!!!」

 後方に飛躍し、一気に人間との距離を作る。飛べない人間にとってはこれだけで勝敗を分ける決定打になりうる。なぜなら空中で人間は方向転換をすることが叶わないからだ。安堵の息が怪物の口から漏れる。そして、大きく口を広げ鋭い牙を見せ、次の攻撃態勢に入る。だが、その牙から次の攻撃が繰り出されることはなかった。あろうことか、目の前の奴はその常軌を逸した速度からまるで天井に張り付いているかと錯覚するほどに足をつけると、そのまま壁を蹴り怪物との距離を縮める。怪物はあまりの驚きで一瞬回避を行うという思考が遅れる。その僅かな時間の差が人間の攻撃範囲から脱出するまでの時間を奪った。

「——ッッッ!!!」

 人間の拳が怪物の眉間にめり込んだ。衝撃波は怪物が村で見せたものよりも遥かに広範囲に拡散し、ついには湖と洞窟の境を分けていた壁を崩壊させた。怪物の四肢は攻撃箇所を起点として発散。辺り一面を緑色に染め上げるが、途端に入り込む水はそれを瞬く間に洗い流す。その勢いを止めることなく、とどめを刺した人間もまたなすすべなく水流に飲み込まれた。

そして、洞窟内を勢いよく侵食していく水の流れにただ身を任せていく。
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