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キリの村編 〜クーリエ 30歳〜

X-23話 本音のお願い

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 第一声、何を口にすれば良いのか。俺は終ぞ見つけることが叶わぬまま気がつけばコルルの部屋の扉の前に立っていた。思考はまとまる気配を見せることはない。だが、いつまでも扉の前に立っていては後ろを忙しそうに行き来する教会の人に変な目で見られてしまう。

俺はゆっくりと手を握りしめると、そのまま扉の前に向かって伸ばす。軽く木で出来た扉と手が触れ合い、木材が持つ冷たさが手を起点にして伝わってくる。だが、その手を使ってノックすることはできなかった。まるで、岩のように固まったその手はテコでも動かないようにがっしりと動きを止めてしまう。

「何か用事でもあるの? クーリエさん、さっきから扉の前に突っ立て」

 一体全体どうしたらと悩んでいたら、扉が中からの力により自然と開いていき、情けなく手を伸ばしたままの俺とコルルの視線が絡み合った。

「いや、少しだけ話があってな・・・」

「そうなんだ。立ち話もなんだし、よかったら部屋に入って」

 コルルはそう言いながら、先ほどまで半開きであった扉を全開にさせると手招きをして俺を部屋へと案内する。それに逆らう必要もないので俺はその誘いを甘んじて受けることにした。

中は俺の部屋の内装とさして違いは見られなかった。ベットに備え付けられた窓。なんらいつもの光景と遜色ない。強いていうならば、やはり女性といったところか。荷物の量が俺とは段違いで、地面に沢山の物が置かれてはいたが、そのどれもが綺麗に整頓されており、汚らしさを感じさせることはない。

彼女は俺に椅子を差し出すと、自分はベットに腰掛け乱れた髪を一度手で靡かせ整えて見せる。女性の部屋に入ったことすらない俺からしてみるとかなり興奮するシチュエーションではあるのだが、ここは大人な男を演じるためにグッと我慢を堪え、会話のきっかけを探し始めることに集中する。

「今日はいい天気だけど、外へは出たのか?」

「出てないわね~。ここまで教会に来る人が多いと、それを窓から見るだけで人に酔っちゃうわ」

「そうか。ご飯はどうしてるんだい? 俺は今日は村の屋台みたいなところで一食肉料理を食べたんだが、中々美味しかったぞ~。食べたことはあるのかい?」

「あー、それはきっとシルビエさんのところの肉料理ね。あの人のところ、値段が高い割に量がそこそこしか入ってなくていい評判を聞かなかった店だけど。そう、美味しかったのなら良かったわね」

「あー、そうなんだ。うん、普通に美味しかったよ」

 そんなところに格好つけてお釣りはいらないなんて言ったらどんな顔をするだろうか。いや、きっとこの世の成れの果てを見るような目線で俺を見てくるに違いない。そんなことを考えていたらいつの間にか二人の間の会話が途切れる。外の喧騒な騒ぎは聞こえているが、対照的にこの部屋の中では静寂が包まれている。

「結局、何の話をしにきたの?」

 コルルが首を少し傾げながら愛らしい表情を浮かべて尋ねてくる。

「まぁ、そうだよな。本題はだな・・・。この村をそろそろ出ようかと思うんだ、なんだったら今からでも出ようかと考えてる」

「そう・・・。冒険者だもんね旅してなんぼっていう面があるのは仕方のないことだわ。それをなぜわざわざ私に教えてくれるの」

 寂しそうな表情を隠しながら笑顔を取り繕う彼女の姿を俺は見逃さんかった。手を伸ばしてしまえば、これから先彼女の身にどれほどの困難が降りかかることになるのか想像をすることもできない。ここで突き放しておくことが心に傷は残ろうとも俺にとっても彼女にとっても最適解であることは誰もが分かる事実だ。

だが、それじゃさよならの言葉がどうしても俺の口から紡ぐことができなかった。何度息を吸って、深呼吸をしてもその先の結果はいつも同じ。まるで、喉に石でも詰まっているかのように何かがセーブをかけて言葉を言わさなくしている。

 彼女はここに至るまでに十二分の傷を背負ってきている。それを差し置いて、更に傷を増やせって言うのはとても酷なことだ。俺は彼女の顔を真っ正面から捉えた。じっと見つめ、数秒間何も話さずただ壁にかけられている時計の秒針の音だけが響く。コルルも何も言うことはなく、不思議そうに俺を見つめ返す。

「本当なら君はこの村にいたほうが安全だと思う。怪物の住処は破壊したし、何よりこんな都心部からかなり離れた土地に怪物たちが襲う。だけど、」

 俺は言葉を区切る。この先の言葉を言ってしまえばもう後戻りすることはできない。

「君は俺の命を2度も救ってくれた。1度めはあれだったけど、2度目に関しては俺の今までのような一人での冒険や怪物との戦闘では命を落としていたことに他ならない。だから! 俺。君の力が俺には必要みたいだ」

 しばらくの静寂の後、彼女は静かに首を縦に振った。
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