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「第二章:残るは四人」
「まずはひとり」
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~~~ジャカ・グラニト~~~
「おい……おい、レイン?」
獲物として狙い定めていた相手の胸に深々と短剣が突き刺さっているのを見て、ジャカは一瞬呼吸を止めた。
気が付いた時には松明を投げ捨て、駆け寄っていた。
しゃがみ込み、手を伸ばせば触れる距離にまで近づいてしまっていた──何の警戒も払わずに。
「おい冗談だろ……? なあ、死んじまったってのか……?」
だが、一方的にジャカを責めるのは酷というものだろう。
だって、レインの胸に突き立っている短剣は彼女自身のものであり、その刃渡りがどれぐらいのものであるかをジャカは知っていたからだ。
どれぐらい刺されば致命傷になるか、助かるか助からないのか、その境目を熟知していたからだ。
「おい、レイン。いったいどうして……」
だが──だからこそというべきだろう。
彼は大事なことに気づくのが遅れた。
辺りの暗さゆえに判別しづらい、傷口から立ち上るその煙の存在に。
両手足にされているように見えた鉄鎖が、実は外れていることに。
「誰に殺られて……って──?」
気づいた時には遅かった。
彼は深くしゃがみ込んだ状態にあり、頼みの素槍は無造作に床の上に置かれていた。
「再生能力だと……ってことはてめえ、ヒロか──」
ヒロか、のヒの辺りでそいつは笑った。
レインの装備を身に着け、ご丁寧に三つ編みまで拝借しているそいつは──ヒロは。
「脳筋さんひとりぃぃぃ──」
言うなり、ヒロは短剣を引き抜いた。
大量に血が噴き出すのも構わず、そのまま腰だめに構えて突進して来た。
「──いらっしゃあぁぁぁーい!」
死なずの勇者だからこそ出来る特攻戦法。
だが、それだけならばまだ防ぐことが出来たかもしれない。
いかに不意を突かれたとはいえ、ジャカは七星の一員だ。
短剣を弾き、ヒロを体ごと払い除ける、それぐらいのことは可能だった。
問題は伏兵だ。
状況から考えればこれがヒロ単独の罠でないことはたしかで、ならば左右、あるいは後方からの奇襲があるはずだ。それらに上手く対応するためにはどうするべきか……。
その間わずかにコンマ数秒──思考を巡らせるジャカの耳に、力ある言葉が飛び込んできた。
「『跳躍!』」
スキル発動と同時に、ヒロの体が急加速した。
突進に『跳躍』分の推進力が加わり、体ごと爆発的な勢いでぶつかって来た。
「……ぐっ!?」
極度なビビりで、いつだって七星の陰に隠れていたヒロの思ってもみなかった行動に、ジャカの反応はわずかに遅れた。
短剣こそ弾き飛ばせたものの、突進自体を払い除けることは出来なかった。
鉄頭巾で覆われたヒロの頭が勢いよく腹部に直撃し──さすがにどうしようもなく──そのまま後ろに倒された。
「ぎぃぃぃっ──」
「痛ってええ──」
腹部への衝撃で息が詰まったジャカ。
頭部への衝撃で脳震盪を起こしたヒロ。
はたして、先に回復したのはジャカのほうだった。
「てめえ離れやがれ……!」
自らの上に乗っているヒロを力ずくでどかそうとすると……。
「……バっカ言えぇぇえ!」
遅れて復活したヒロが、涙目になりながらジャカにしがみついて来た。
両手両足を胴に絡め、精一杯に。
「胸に思いっきり短剣突き刺されて、このままこのこ退散なんて出来るかよおおお!」
「てめえの事情なんざ知るか! 雑魚が出しゃばるんじゃねえ!」
両手に力を入れて押しやるが、驚異の粘りを見せるヒロはなかなか離れようとしない。
「雑魚なのは重々承知だよ! 承知の上で死に物狂いでやってんだよ! あんたらにとっ捕まって生涯変態貴族の食卓に上り続けるのは嫌だから、こうしてめちゃめちゃ頑張ってんだよ! 言っとくがなあー! いずれは回復するったって痛いものは痛いんだからな!? 『なるべく優しく刺してあげるからね?(ニッコリ)』じゃねえんだよ! ちょっと可愛いからと思って調子に乗んなよレイン! っつああああああ! マジで痛ってえええええええええー!」
「ええい、何を言ってっかわかんねえんだよ! いいからそこをどきやがれ!」
「やだよ! 絶対離さないよう言われたんだ! 『きっちり狙うつもりではいるけど、手元が狂うと大事な臓器を傷つけちゃうかもだから』って!」
「はあああー!? 何言ってんだああああ!? 手元が狂うとっておまえそれは……それ、は──ぐうううっ?」
言葉の意味に気づいた瞬間、体に掛かる重みが何倍にも増えた。
まるで何者かがヒロの背中に飛び乗ったかのような衝撃があり、そして……。
「ぐあっ……?」
腹部に鋭い痛みが走った。
それが鋭利な刃物によるものであることは、すぐにわかった。
「痛っ……!?」
刺されたのはジャカだけではなかった。
ヒロもまた、苦痛に顔を歪めている。
「ばっ……バカじゃねえのか? おまえら……っ?」
左右でも後ろでもなく前から、しかも味方であるヒロごと刺し貫いてくるとはさすがに想像出来なかった。
「こんな……こんな無茶苦茶な罠があるか……っ」
口から血の泡を吐き出しながら、ジャカは傍らに立った人物を見上げた。
その人物──レインは、鎧下だけの軽装になっていた。
この罠のために斬り落としたせいだろう三つ編みは無く、肩までの長さのボブカットになっている。
「ま、賢い選択でないことは認めるよ。でもその分、不意を突けただろ? 味方ごと刃を突き通すだなんて発想、普通はしない。ああそれとも、そもそもの発端としての、キミらに牙を剥くことがかい? まあ、それについては今でも正直悩んでるんだけどね……」
レインは肩を竦めた。
「でもしかたないだろ? 最初の追手がキミっていう時点で、もう話し合いの余地は無くなったんだ。ねえ、少なくともキミは、いつだってボクに殺意を向けていたじゃないか。この機を逃すつもりはない。そうだろ?」
「くそっ……」
「剥き出しの男の欲望、みたいなのも感じてたしね。ホーント、気持ち悪い」
「てんめえぇぇ……! レイン……!」
完全に頭に血の上ったジャカは、ヒロの体ごとレインへにじり寄った。
耐えがたい痛みと大量の出血があったが、それらすべてを忘れるほどに彼は猛っていた。
「犯してやる……てめえだけは絶対オレが犯してやる!」
「わお、最低だね。この期に及んでそれ? もっとマシな死に際の一言は無いのかい?」
「うるせえ! 前から目をつけてたんだ! てめえの白え両脚を膝下でぶった斬って飼ってやろうってな! 泣き叫ぶのをさんざんぶん殴って黙らせてから、延々可愛がってやろうってな!」
「うっわあ……」
「てめえがオレに心の底から服従し! ガキを孕んだらそのガキもまた同じ目に遭わせてやる! てめえの人生はずっとオレのもんだ! 絶対に他の誰にも渡さねえ! レイン……!」
「……最悪」
レインはいかにも嫌そうにため息をつくと、床に落ちていたジャカの素槍を拾い上げた。
「ボクの体も人生も、ボクのものだい……と言いたいとこだけど、実はもう違う人のものなんだ。まあその辺説明するとややこしいから、これ以上は言わないけど」
レインは素槍を振り上げると、ぎゃあぎゃあと騒ぐジャカの首筋にあっさりと振り下ろした。
穂先は正確に頸動脈を切断し、『黒槍』と呼ばれた槍の達人は、その神技を披露する機会すら与えられず絶命した。
「おい……おい、レイン?」
獲物として狙い定めていた相手の胸に深々と短剣が突き刺さっているのを見て、ジャカは一瞬呼吸を止めた。
気が付いた時には松明を投げ捨て、駆け寄っていた。
しゃがみ込み、手を伸ばせば触れる距離にまで近づいてしまっていた──何の警戒も払わずに。
「おい冗談だろ……? なあ、死んじまったってのか……?」
だが、一方的にジャカを責めるのは酷というものだろう。
だって、レインの胸に突き立っている短剣は彼女自身のものであり、その刃渡りがどれぐらいのものであるかをジャカは知っていたからだ。
どれぐらい刺されば致命傷になるか、助かるか助からないのか、その境目を熟知していたからだ。
「おい、レイン。いったいどうして……」
だが──だからこそというべきだろう。
彼は大事なことに気づくのが遅れた。
辺りの暗さゆえに判別しづらい、傷口から立ち上るその煙の存在に。
両手足にされているように見えた鉄鎖が、実は外れていることに。
「誰に殺られて……って──?」
気づいた時には遅かった。
彼は深くしゃがみ込んだ状態にあり、頼みの素槍は無造作に床の上に置かれていた。
「再生能力だと……ってことはてめえ、ヒロか──」
ヒロか、のヒの辺りでそいつは笑った。
レインの装備を身に着け、ご丁寧に三つ編みまで拝借しているそいつは──ヒロは。
「脳筋さんひとりぃぃぃ──」
言うなり、ヒロは短剣を引き抜いた。
大量に血が噴き出すのも構わず、そのまま腰だめに構えて突進して来た。
「──いらっしゃあぁぁぁーい!」
死なずの勇者だからこそ出来る特攻戦法。
だが、それだけならばまだ防ぐことが出来たかもしれない。
いかに不意を突かれたとはいえ、ジャカは七星の一員だ。
短剣を弾き、ヒロを体ごと払い除ける、それぐらいのことは可能だった。
問題は伏兵だ。
状況から考えればこれがヒロ単独の罠でないことはたしかで、ならば左右、あるいは後方からの奇襲があるはずだ。それらに上手く対応するためにはどうするべきか……。
その間わずかにコンマ数秒──思考を巡らせるジャカの耳に、力ある言葉が飛び込んできた。
「『跳躍!』」
スキル発動と同時に、ヒロの体が急加速した。
突進に『跳躍』分の推進力が加わり、体ごと爆発的な勢いでぶつかって来た。
「……ぐっ!?」
極度なビビりで、いつだって七星の陰に隠れていたヒロの思ってもみなかった行動に、ジャカの反応はわずかに遅れた。
短剣こそ弾き飛ばせたものの、突進自体を払い除けることは出来なかった。
鉄頭巾で覆われたヒロの頭が勢いよく腹部に直撃し──さすがにどうしようもなく──そのまま後ろに倒された。
「ぎぃぃぃっ──」
「痛ってええ──」
腹部への衝撃で息が詰まったジャカ。
頭部への衝撃で脳震盪を起こしたヒロ。
はたして、先に回復したのはジャカのほうだった。
「てめえ離れやがれ……!」
自らの上に乗っているヒロを力ずくでどかそうとすると……。
「……バっカ言えぇぇえ!」
遅れて復活したヒロが、涙目になりながらジャカにしがみついて来た。
両手両足を胴に絡め、精一杯に。
「胸に思いっきり短剣突き刺されて、このままこのこ退散なんて出来るかよおおお!」
「てめえの事情なんざ知るか! 雑魚が出しゃばるんじゃねえ!」
両手に力を入れて押しやるが、驚異の粘りを見せるヒロはなかなか離れようとしない。
「雑魚なのは重々承知だよ! 承知の上で死に物狂いでやってんだよ! あんたらにとっ捕まって生涯変態貴族の食卓に上り続けるのは嫌だから、こうしてめちゃめちゃ頑張ってんだよ! 言っとくがなあー! いずれは回復するったって痛いものは痛いんだからな!? 『なるべく優しく刺してあげるからね?(ニッコリ)』じゃねえんだよ! ちょっと可愛いからと思って調子に乗んなよレイン! っつああああああ! マジで痛ってえええええええええー!」
「ええい、何を言ってっかわかんねえんだよ! いいからそこをどきやがれ!」
「やだよ! 絶対離さないよう言われたんだ! 『きっちり狙うつもりではいるけど、手元が狂うと大事な臓器を傷つけちゃうかもだから』って!」
「はあああー!? 何言ってんだああああ!? 手元が狂うとっておまえそれは……それ、は──ぐうううっ?」
言葉の意味に気づいた瞬間、体に掛かる重みが何倍にも増えた。
まるで何者かがヒロの背中に飛び乗ったかのような衝撃があり、そして……。
「ぐあっ……?」
腹部に鋭い痛みが走った。
それが鋭利な刃物によるものであることは、すぐにわかった。
「痛っ……!?」
刺されたのはジャカだけではなかった。
ヒロもまた、苦痛に顔を歪めている。
「ばっ……バカじゃねえのか? おまえら……っ?」
左右でも後ろでもなく前から、しかも味方であるヒロごと刺し貫いてくるとはさすがに想像出来なかった。
「こんな……こんな無茶苦茶な罠があるか……っ」
口から血の泡を吐き出しながら、ジャカは傍らに立った人物を見上げた。
その人物──レインは、鎧下だけの軽装になっていた。
この罠のために斬り落としたせいだろう三つ編みは無く、肩までの長さのボブカットになっている。
「ま、賢い選択でないことは認めるよ。でもその分、不意を突けただろ? 味方ごと刃を突き通すだなんて発想、普通はしない。ああそれとも、そもそもの発端としての、キミらに牙を剥くことがかい? まあ、それについては今でも正直悩んでるんだけどね……」
レインは肩を竦めた。
「でもしかたないだろ? 最初の追手がキミっていう時点で、もう話し合いの余地は無くなったんだ。ねえ、少なくともキミは、いつだってボクに殺意を向けていたじゃないか。この機を逃すつもりはない。そうだろ?」
「くそっ……」
「剥き出しの男の欲望、みたいなのも感じてたしね。ホーント、気持ち悪い」
「てんめえぇぇ……! レイン……!」
完全に頭に血の上ったジャカは、ヒロの体ごとレインへにじり寄った。
耐えがたい痛みと大量の出血があったが、それらすべてを忘れるほどに彼は猛っていた。
「犯してやる……てめえだけは絶対オレが犯してやる!」
「わお、最低だね。この期に及んでそれ? もっとマシな死に際の一言は無いのかい?」
「うるせえ! 前から目をつけてたんだ! てめえの白え両脚を膝下でぶった斬って飼ってやろうってな! 泣き叫ぶのをさんざんぶん殴って黙らせてから、延々可愛がってやろうってな!」
「うっわあ……」
「てめえがオレに心の底から服従し! ガキを孕んだらそのガキもまた同じ目に遭わせてやる! てめえの人生はずっとオレのもんだ! 絶対に他の誰にも渡さねえ! レイン……!」
「……最悪」
レインはいかにも嫌そうにため息をつくと、床に落ちていたジャカの素槍を拾い上げた。
「ボクの体も人生も、ボクのものだい……と言いたいとこだけど、実はもう違う人のものなんだ。まあその辺説明するとややこしいから、これ以上は言わないけど」
レインは素槍を振り上げると、ぎゃあぎゃあと騒ぐジャカの首筋にあっさりと振り下ろした。
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