「勇者のハラワタは美味いらしい」

呑竜

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「第三章:殺し屋たちの宿」

「死地へ」

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 ~~~シャルロット・フラウ~~~



 ハイエルフであるシャルロットが故郷の森を飛び出し、冒険者となったのはおよそ300年ほど前のことだ。
 閉鎖的な村社会に育ち刺激に飢えていた彼女は、心の声のおもむくままにいくつものダンジョンを踏破し、幾人もの仲間たちと共に様々な危難を乗り越えた。
 強敵を倒すのは快感だったし、民衆からの賞賛で得られる優越感は格別だった。
 だが、未知の土地や敵との遭遇が少なくなっていくにつれ、彼女の心はいでいった。

 ついに彼女は冒険者を辞めた。
 神業と言っていい弓の腕、そして精霊魔法の実力を買い仲間にしようと誘う者たちは引きも切らなかったが、そのすべてを断った。

 では、今後どうする?
 故郷に帰るのはあり得ないとして、ならばどうする?

 各地を放浪するうちに気づいたのが、王国に密かに伝わる勇者喰いの風習だ。
 王侯貴族にのみ与えられる特権、至上の美味にして極上の栄養。 
 その時初めて、彼女は自らの中に仄暗ほのぐらい感情があることに気がついた。

 森の中にあって野性の獣を狩るように、イキのいい獲物を狩りたい、食べてみたい。
 舌の上で転がし、歯で噛み切ってみたい。
 すす嚥下えんかし、どのように胃ので溶けるか、味わってみたい。  
 
 再び燃え上がった好奇心と共に、彼女は七星セプテムへと入団した。そして──




「ちょっと! もっと速く走れないの!?」

 大雨の中、シャルロットは馬を飛ばしていた。

「もっとと言われましてもね! この天候そしてこの路面じゃ、馬だってさすがに怯えてしまって……!」

 後ろを走るパヴァリアが、外套がいとうのフードの下から悲鳴じみた声を上げる。

「もう……! ホントにどいつもこいつもノロマなんだから……! このままじゃヒロを誰かに食べられちゃうじゃない!」
 
 歯噛みしながら、彼女は前を見つめた。

 大雨そして宵闇のせいで星明りが得られず、彼女らの行く手を照らす明かりはカンテラに閉じ込めた鬼火ウィル・オ・ウィスプによるものだけだ。
 夜目の効くハイエルフにとってはそれでも問題ないのだが、馬そしてパヴァリアにとっては難儀だろう。
 
「どうせ向こうだって、どこかで休んで朝を待ってますよ! 僕らもそうしましょう!」

「バカを言わないで! 向こうは死に物狂いよ!? そんな普通の考え方が通用するわけ……!」

「わかりますけど……! あ、ほら! あれって宿じゃないですか!? ……うん、やっぱりだ!」

 パヴァリアの指差した方角を見やると、本街道から外れた小道の奥に、ポツンと明かりが灯っている。  
 近寄ってみると、たしかに宿のようだが……。

「ふうん、こんなところで宿、ねえ……?」

 本街道から少し外れていて、しかも奥まったところにある。
 地元の者か旅慣れた者でないと、それこそ見落としてしまいかねないような……。
 道すがら看板のようなものも見当たらなかったし……。

「ああ、こっちは旧街道なんですね。本街道が出来たから、少し寂れてしまった感じになったんだ」

 パヴァリアは明晰めいせきに答えを見つけると、馬を降りた。
 シャルロットが止める間もなく、早くも外套を脱いで雨滴を払い落している。

「いずれにしろ、運が良かったですね。暖かい食事と寝床と……あとは美人の店員さんがいるといいなあ」

「ちょっと、本気で泊まって行く気なの?」

 シャルロットが口を尖らせるが、パヴァリアはすでに店のドアをノックしている。

「いいじゃないですか。明日朝早く出ればいいんだし、ちょっとは休んだ方が効率が上がるってものでもあるし……そうだ、もしかしたらヒロたちの情報が得られるかもしれませんよ?」

「んー……」

 この道をヒロたちが通ったとするならば、たしかにここで何らかの情報は得られるかもしれない。
 店の人間でなくても、店に立ち寄った誰かが知っていた可能性がある。
 少年と少女のふたり連れというだけでも相当目立つし、勇者信仰者の集団と共に行動しているならばなおさらのはずで……。

「んんー……」

 シャルロットが悩む間にも、パヴァリアは店内に足を踏み入れていた。
 ひとりとり残された形のシャルロットは、まさかひとりきりで追うわけにもいかず、ため息をつきつつ馬を降りた。



 ここで多少強引にでも引き止めていれば、彼女らが命を落とすことはなかっただろう。
 明け方の光の中でヒロたちを補足し、有利に戦いを進めることすら出来たはずだ。
 だが、彼女はそれをしなかった。
 大雨と宵闇、最悪の路面状況と疲労が積み重なり、正しい判断をし損ねた。

 時はもう戻らない。
 決断のやり直しも効かない。
神弓しんきゅうのシャルロット』
縛鎖ばくさのパヴァリア』
 共に飛び道具を得手えてとするふたりはアールの描いた死地へ、文字通り踏み込んでしまったのだ……。
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