「勇者のハラワタは美味いらしい」

呑竜

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「第四章:勇者一人前」

「馬上にて」

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 ~~~フルカワ・ヒロ~~~



 昨日とは打って変わって陽光降り注ぐ中、三頭の馬が街道を駆ける。
 戦闘を切るのはアール、少し遅れてベラさん、最後尾が俺とレインだ。

「……大丈夫かな、ベラさん」

 俺はボソリとつぶやいた。
 妹であるドナさんを埋葬してすぐに出発では、心の傷を癒す暇も無いはずだ。
  
「やっぱり残ってもらったほうが良かったんじゃ……」

「バカ言わないでよ、勇者様」

 ツッコんできたのはレインだ。

「そんなことして、カーラに捕まったらどうするのさ」

「被害者だって言い張ればいいじゃん。俺らと七星セプテムの争いに巻き込まれたんだって」

「カーラはそこまで鈍くないよ。あの宿の立地やパヴァリアとシャルロットの死体を見たら、計略だってきっと気づく。そうなったらおしまいさ。真実を話すまで、絶対許してもらえない」

「……じゃあ、真実を話したら許してくれるのか?」

 俺の疑問に、レインは肩を竦めた。

「死の安息こそが許しだ、なんて言われて終わりだろうね」

「……おっかねえ」

 ありありと想像出来る光景に、俺は身を震わせた。
 たしかにカーラにはそういった部分がある。
 裏切り者に容赦無いというか……。

「ボクらは一蓮托生。そう思うだけだよ。……ねえ、勇者様?」

「なんだよ」

「勇者様、けっこう気にしてるでしょ。ドナさんのこと。自分のせいで死んでしまったんじゃないかって。自分なんかに関わらなければ、生きてられたのにって」

「……別に。俺はそういうとこ、割りきれる男なんで」

「ウソ、全然割りきれてないじゃん」

 レインはくるりと振り向くと、俺の顔を覗き込んできた。

「こーんな、こーんな死にそうな顔してさ」

 レインの空色の瞳に映る俺の顔は、たしかにげっそりして見える。
 口元もひくひくひきつり、見るに耐えない。

「あのね、ドナさんはトーコさんとの約束を守るために戦ったんだよ。勇者様が勇者様でなくたって、きっと同じことをしたはずさ。だったら勇者様が特別責任に感じる必要はないでしょ?」

「……その理屈はわかるよ。でもさ、俺がもし、おまえやアールにしたように体液とかをわけてあげていれば、もしかしたら死ななかったんじゃないかって思っちゃうのもまた事実なんだ」

「それでもあれは無理・ ・ ・ ・ ・だったでしょ? なんせ首を斜めにずっぱり切られてるんだもん。勇者様自身だったらなんとかなっても、わけ与えられただけの人じゃダメでしょ」

「……たしかに、あれは深かったからな」

 極論、即死でない限りは俺は死なない。
 例えば首を裂かれたら、まずは再生スキルが出血を止め、酸素を適宜供給し、血や肉も復活させてくれるはずだ。
 修復には相当な時間を要するだろうが、たぶん生き残ることが出来る。

 だが、一時付与者ではそうはいかない。
 血を止めるだけで精一杯。
 修復するほどの力は無いだろう。

「それにさ、あのふたりはそんなこと望んでなかったよ」

「そんなことって、俺の体液を……ってこと?」

「うん」

「そりゃまあ、俺みたいな非モテ男子の体に口をつけるどころか触れること自体、普通は嫌だろうけどさ……」

 男性として微妙に凹んでいると……。

「そうじゃないよ。昨日今日会ったばかりの人のものを口にしたいだなんて思う人のほうが少ないでしょってこと。それがたとえ生きるためだとは言え、なんかなーって思うのが普通じゃん」

「ああー……まあ、たしかにな」

 見ず知らずの人の体液を口にすることで、一時的に再生能力を得られる。
 合理的っちゃ合理的だけど、そこまでドライに割り切れる人のほうが少ないかもな。
 相手がどうとかじゃなく……いやいや待てよ? よしんば俺が絶世の美男子だったとしたら?
 
「やっぱあれだよな、ただしイケメンに限る的な……」

 俺がぶつぶつ言っていると……。
 
「それにね、勇者様はそんなに悪くないと思うよ?」

「………………へ?」

 突然の言葉に驚き硬直していると、レインに顎を掴まれ引き寄せられた。
 何をするつもりなのか──と思った瞬間、ちゅむっと口をついばまれた。 

「????????」

 何が起こったか理解出来ないでいる俺に、レインが恥ずかしそうに言った。

「顔は人並み、背は低いし足も短い頭も良くない。でもけっこう勢いがあって、やるべき時には体を張れる。基本的に卑屈だけど人柄は悪くない。そういう人が好きって人はいると思うよ? あ、もちろんボクがそうってわけじゃないんで、そこは勘違いしないで欲しいんだけど」

 顔を赤らめながら、いやに早口で言葉を紡ぐレイン。

「ちなみに今のはキスとかじゃなくてつまみ喰い・ ・ ・ ・ ・だから。小腹が空いたんで、そういった成分的なものを補給したくなっただけだから。勇者様はあくまで食料なんだから、その辺勘違いしないよーにっ」

「お、おう……そうか」

 狐に摘ままれたような気分のまま、適当な返事を返す俺。
 
 まあでも、そりゃそうだよな。
 レインが俺を好きになる理由が無い。
 美女と野獣じゃあるまいし、捕食者と被捕食者の境界を超えてまで、なんてことがあるわけない。
 今のは本人が言うようにあくまで体液補充。
 それ以外の意味は無い……はずだ。

「さ、とっととアールたちに追いつくぞーっ」

 おおー、とばかりに拳を突き上げるレイン。

「お、おおー……」

 俺もつき合って拳を上げるが、なんかちょっと気まずい。
 変に意識しちゃって、さっきまでみたいに普通にしていられない。

「ちょ、ちょっとやめてよっ、その変にモジモジした感じっ! こっちまで恥ずかしくなっちゃうだろーっ!?」

 俺の様子に気づいたレインが耳まで真っ赤になって怒り出した。

「いつもの勇者様に戻ってよ! ほら、もっと適当で、緩い感じのさあーっ!」

「……はい、わかりましたすいません」

「なんで敬語っ!?」

「……以後気を付けます、レインさん」

「うわあああああ、気持ち悪いからそれやめてえええええーっ!?」

 などと他愛もないやり取りをしながら、俺たちは西へ西へと進んでいた。
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