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ひとつ
金色
しおりを挟むカタリ街に到着したのは、ちょうど12時前。すっかり太陽も上まで昇り、途中で持ってきた麦わら帽子を被った。相変わらず天気は良くて、汗ばむくらいの暑さだ。
バスを降りて、ばあちゃんの家に向かう。ばあちゃんの家はカタリ街を突っ切って、バス停からちょうど反対側の街の北側にある。
「相変わらず、こじんまりしてるな」
カタリ街。
僕の住む街の半分くらいの規模。街の中心部はそこそこお店もあって栄えているが、規模は小さく狭い。人も少ない街だ。
街の中央を真っ直ぐに走る石畳の道を、道なりに進んでいく。道端には綺麗な花が、所狭しと咲いている。花の周りには蝶々が数羽飛んでいて、踊るように舞う姿が綺麗だ。
小さな街だから、しばらく歩けば街の反対側に着いてしまう。もうすぐ、ばあちゃんの家だ。
そんな時、四角からバッと何か出てきた。
ボストンバックを背負った左肩に衝撃が走る。見れば相手の人はよろけて、転んでしまっていた。
「ご、ごめんなさい」
「…」
ボストンバックは弾みで落ちてしまい、僕もよろけた。体勢をなんとか整えその人を見ると。
キラキラ、光が反射した。
「あ、」
眩しいくらいの綺麗な金色が、さらりと流れる。
はっとして慌ててその人に手を差し出す。差し出した手はパシリと弾かれて、掴み損ねた右手が虚しく揺れる。
「あ、の。大丈夫ですか」
唖然としながらも、なんとか言葉を発すれば。金色の髪の毛から薄ら見えた翡翠色の瞳は、綺麗で。
さっと立ち上がった彼女の白い色のワンピースは土で汚れていた。
「…大丈夫」
金色がキラキラ反射する。
ぼそりと聞こえた言葉とほぼ同時に、スタスタ駆け出して行ったその人。いや、その女の子は。
気づけば、僕の進んできた道を走り出し、あっという間に路地に入って行った。
金色が、まだ目に眩しくて。しばらく呆然と立ちすくめていた僕。
横を通りぬけて行く自転車にベルを鳴らされるまで、その場から彼女の入った路地を見ていた。
石畳の道には、ボストンバックが転がっていた。
これが、彼女との出逢いだった。
✴︎
「よく来たね、レン。ゆっくりして行ってね」
「ばあちゃん久しぶり。体調はどう?」
女の子とぶつかって、なんだかんだとやっとばあちゃんの家に着いたのは予想よりも遅い時間だった。
ばあちゃんの家は昔と変わらない。古びた屋根は元々緑色だったが今では黒ずんで綺麗な緑が隠れている。そこからちょこんと出ている煙突が、昔から好きだった。
家に着いて扉を開ければ、ばあちゃんが出迎えてくれた。以前よりも白髪が増えたし、腰も曲がった気がする。
ただ想像よりも元気そうで、一安心だ。
「なに、ちょっと転んじまってね。腰を打ちつけてしばらく寝込んでたのさ」
「転んだの?え、起きてていいの?」
ボストンバックを置いて、麦わら帽子をその上に置いた。
臙脂色のソファにゆっくり腰掛けるばあちゃんは、痛そうに腰を庇っている。慌てて駆け寄るも、手を貸す間も無くすとんと座るばあちゃん。にかっと笑い、こちらを見る。
「でももう平気さ。大分動けるようになったしね」
「そんな、無理しないで。ばあちゃん痛そうだしさ」
「大丈夫さ。せっかく来てくれたんだ。ゆっくりして行ってね」
「僕いろいろ手伝いに来たんだから。ばあちゃんこそゆっくり休んでよ」
動いていないと気が済まないばあちゃんのことだから、無理しすぎているんじゃないかと母さんも心配していたが、案の定だ。僕にお茶を煎れようと、また腰を上げようとするのを制し、ソファに座って待っていてもらう。
ばあちゃんに場所を聞いて、ハーブティーを準備しようとキッチンへと向かう。戸棚からティーポット、ソーサーとカップを2つずつ。キッチン横の籠には採れたてのハーブが数種類。スペアミント、アップルミント、レモンバームかな。
母さんもばあちゃんもハーブティーが好きで、よく煎れてくれる。なんとなく見様見真似でティーポットに用意したお湯と、洗って茎から葉を取ったハーブたちを入れ、蒸らす。たしかこんな感じだったはずだ。
「ふふふ。ハーブティー煎れられるようになったんだね」
「何度か見ているからね。合ってる?」
「バッチリさ。楽しみだねえ」
蒸らす間にカップとソーサーをテーブルに用意して、ばあちゃんに言われお茶菓子も用意する。そうこうしているうちにティーポットからハーブのいい香りが漂ってきた。ばあちゃんと自分へと、カップにハーブティーを注ぐ。いい香りだ。
「ありがとうね。さあ、お茶の時間にしようか」
「うん、美味しいといいんだけど」
「ふふ、いただきます」
歳は取ったし身体も弱くなったのかもしれないけれど、それでもばあちゃん自身のあたたかさは前と変わらなくて。久しぶりに会った僕は、とても嬉しかった。
僕が初めて淹れたハーブティーは少し苦味が強かったけれど、なんとか及第点だった。ばあちゃんお手製のクッキーと、ちょうど合っていて美味しかった。
久しぶりの再会。ばあちゃんと僕だけの時間。話題は尽きなかった。午後いっぱい学校の話、友達の話、父さんと母さんの話。いろいろ話した。
気づいた時には、窓から見える空は赤く、遠くから群青が近づいていた。すっかり夕方になった空は、綺麗で美しかった。
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