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第三十三話 フローラリアの問題Ⅲ

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 「では準備は出来たかな?」

 宿の入口で腕組みをしながら待っていた、モーリス学園長が二人に声をかけた。
 二人は特に用意する物は無かったが、精神状態、気持ちは大丈夫かと聞いているのだろう。

 「はい。大丈夫です。フローラリアは大丈夫?」

 聞かれたフローラリアはカケルの顔を見上げ、太陽のような眩しい笑顔で答えた。

 「うん!」

 その光景を見たモーリス学園長は母親のような目で二人を優しく見ている。そこに側にいた教師が耳打ちで『そろそろ時間です』と言われたことで、優しそうな目から、仕事モードへと切り替わった。
 宿から目的地までは距離は徒歩で行けない事ではない距離だが、馬車で行くことになっている。それでも一時間は余裕でかかってしまう。
 なので早めに出ることとしている。
 また早めに着いておかなければ、ザーギが何をするのか分からない為でもある。

 「では行くとしよう」

 「「はい!」」

 二人は返事をすると、モーリス学園長が用意した馬車に乗った。
 馬車の中は外見と違い、広く大人が六、七人ぐらい寝転がることが出来るほどある。
 座席は窓側に並んでおり、座り心地は最高だった。
 席順は馬車の入口から見て左にカケル、フローラリア。右側にはモーリス学園長、そして付き添いの教師。

 フローラリアは不安だったのかカケルの腕にしがみついていたが、それに気が付いたカケルが頭を撫でやったことで不安が取れたのか、眠りについた。
 今回はずっと起こしておくのではなく、寝かせて置いた方が良いだろう。
 何故なら今回の件で今日が一番フローラリアの心が傷つく場面が多く、精神状態が不安に陥る可能性が考えられるからだ。そうなった場合、睡眠を上手くとることが出来なくなる。その為今の内に睡眠をとることが大切になってくる。

 カケルが眠っているフローラリアを安心させるように、撫でているとモーリス学園長がイタズラをする子供のような笑みを浮かべ、話しかけてくる。

 「随分懐かれおるな。もしかしてイヤらしい事でもしたのか?」

 「し、してませんよ!」

 「そうか?少し言葉を詰まらせていたが。まあ良いか」

 確かにカケルは言葉を詰まらせた。
 だが詰まらせた理由は決してフローラリアに手を出したという訳ではない。
 モーリス学園長が言い放った『イヤらしいこと』に反応してしまったのだ。

 『危ない。昨日の夜のことがバレたかと思った……御陰で変な汗を掻いてしまった』

 本来はこの二人だけの空間で精霊の事について色々と聞きたかったが、予想外に教師が同伴していたため、話すことすら叶わなかった。
 実を言うと、モーリス学園長も具現化する精霊はカケル以外に見せた事がない。理由は混乱を避けるため、そしてこの事実を隠す為。

 例え学園の学園長だとしても、この事が公になった場合研究員が押し掛け、体を分解する勢いで調べることだろう。そういう事態を避けるために、あえて学園長室を本棟から離していたりするのだ。

 「それでモーリス学園長はどのように話を纏めるつもりなんですか?」

 するとさっきとは違い真面目な表情に変わり、学園長モードに入る。
 何とも気持ちの切り替えが早い女だ。

 「こちらがまず優先に進めるように話を進め、解決。が一番の理想なのだが、一筋縄ではいかないだろう。最悪お主ら二人とも斬り殺す!と言い放ち、行動に移すのかもしれん。その場合カケル。お主一人で大丈夫だろう?」

 「そうですね。この前迷宮で戦ったミノタウロス亜種でなければ何とかなりますね」

 「やはり心強いな。お主が居るとな」

 その後モーリス学園長は『お前も少しは寝ていろ』と言われたので、言われるとおりに到着するまで睡眠をとることにした。
 夢を見たが、その夢は昨日の夜の出来事だったので、少し嬉しい気持ちの反面、『自分は変態なのか』と少し残念に思った。

 そして目を覚ましたら、そこは目的地の奴隷販売店の真ん前に停まっていた。
 カケルの感覚では目を瞑り、目を開けるまでの時間が一瞬に感じた為、瞬間移動をした感覚だった。

 奴隷販売店は宿と同じ帝都内にある。
 だが、帝都の敷地は広く、道が入り組んでいるので、どうしても時間が掛かってしまうのだ。
 もし徒歩で向かったとする。その場合学園の生徒と周りに知れ渡り連んでくる者が大勢現れしまうのだ。なのでそれを防止するために馬車。しかも貴族が乗りそうな物を使用したのだ。

 「ほれ行くぞ」

 モーリス学園長は誰よりも早く、馬車から降り二人を待つ。
 カケルはフローラリアを優しく揺すり起こし、抱えながら馬車を降りた。
 その光景を見たモーリス学園長が自分の体と、フローラリアの体を見比べ何故か少し頬を膨らませるのであった。

 馬車には付き添いの教師を残し、三人は中に入っていった。
 中にはいると待っていたかのような面持ちでこちらを見ている男性がそこに居た。
 歳は五十ぐらいだろうか。
 にやついている笑みは、やけに妙に気持ちが悪かった。

 「今日は遠いところから良く来てくれました。さあさあこちらへどうぞ」

 そう言われるがままに、入口から奥に伸びている道に案内して貰い、奥へ進む。
 向かう途中に何人かの女奴隷を見かけ、心が痛んだ。
 痛むというか、早く解放してあげたいと言う気持ちが強かった。
 中には同い年ぐらいの子もいたので、自由にさせ、自分の道を歩んで欲しかったのだ。

 『この子達も後で解放してあげよう。モーリス学園長に相談だな。許しが貰えるか分からないが』

 そして一番奥まで進むと、行き止まりになり、そこには頻繁に使われているからなのか綺麗な扉があった。
 そこからは豪快な笑い声が聞こえていた。が特に三人は気にすることなくその部屋に入っていく。

 「ガハハハハッ!!おや?遅いですよ!我々を何時間待たせるおつもりなんですか!」

 そう怒り混じりにカケル達に言い寄ったのは、ザーギの側近だ。
 この前は居なかったが、今日は騎士ではなく彼を呼んだのだろう。恐らく自信を付けるため。

 「そうか?時間通りに来たのだが、そちらがただ早く来ただけでは?」

 負けじとモーリス学園長は不適な笑みを浮かべながら側近の言葉を批判した。
 彼女からしたら既に、勝負の駆け引きが始まっていると分かっている。ここで一歩引けば、それは相手に流れを譲ることとなると。

 「もう良い。早く話し合いをしようじゃないか」

 ザーギがそういうと、カケル達はザーギとは反対側の机に座った。
 その時フローラリアの手が微かに震えた。
 再びザーギを見てしまい、恐怖に駆られてしまったのだろう。
 なので、カケルはその小さな手を安心させるように強く、壊れないように握ってあげた。
 フローラリアは握られている手を見た後、カケルの瞳を見つめ安心した様子となった。

 こうして話し合いは始まった。






 「率直に聞くが、本当にこの子が欲しいのか?」

 モーリス学園長は一番聞きたいことを、一番最初に持ってきた。
 長話は意味がないと判断したのだろう。

 「ああ!欲しいよ。とっても欲しいよ!今すぐにでも奪ってやりたいほどにだよ!」

 ザーギは不気味な笑みを浮かべ、手を大きく広げたりしながら自分の必死さをアピールする。
 その姿を見てフローラリアは再び震えだす。

 「そうか。なら一層こちら側も譲ることできぬ」

 「なんでだ!!!こいつは元々俺が買うつもりだったんだぞ!それを奪いやがって……」

 最後の言葉を言う前にモーリス学園長が口を開いた。

 「つもりだろ?結局この子はまだ誰にも買われてはいない。だからお前の所有物ではない」

 「うっ……」

 今までの余裕っぷりからは想像出来ないほど表情からは焦りの気持ちが読みとれた。
 もう心の中では『学園に喧嘩など売るのではなかった。辞めとけば良かった』と思っているだろう。
 だがモーリス学園長がそんなに甘い訳がない。
 そのまま勢いに任せ最後の一押しまで追い込んでいく。

 「さあ。どうする」

 「フフッ……この手は使いたくなかったが、しょうがない。こうなったら力尽くだぁぁぁ!!」

 そうザーギが叫ぶとカケル達が入ってきた扉からぞろぞろと、武装した集団が部屋の中に入ってくる。その中にはこの前一緒にいた騎士の姿も見かけた。

 簡単に今の状況を説明すると、カケル達は部屋に閉じこめられたと言うわけだ。
 この部屋には扉が一つしかないため、こうして簡単に中に閉じこめられてしまったのだ。
 武装集団はざっと見た感じだけでも十五人以上を居る感じだ。

 「立場が逆転したなぁ。さぁどうする?」
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