無愛想な君

凛明麗羅

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君とアイスコーヒー

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 全学年が長期休みに入り、アッシュとナインは二度と出会わないかと思われた。アッシュは過去問とナインのことなど一瞬で忘れていた。夏の休暇はサークル活動が盛んで、無愛想なりに上手くやっている軽音の仲間たちと練習やライブをしたり、資金のためにバイトを増やしたりと忙しない毎日を送っていた。
 そんなある日、アッシュのバイト先のカフェにナインが来た。

「いらっしゃいませ」

 いちいち客の顔を確認していないから、目の前で立ち止まった客が知り合いだと気づかなかった。配膳のために移動したいのに、通路に大柄な男が構えていて通れない。お客様、と声をかけるとやっと端に寄ってくれた。

「アッシュ先輩…?」

 振り返ると、二度と話す事はないと思っていたナインが驚いた顔でこちらを見ている。ばつが悪い。知り合いに会いたくないからわざわざ学校から離れた繁華街でバイトをしているのに、偶然会うなんて。放っておくとずっとその場に立っていそうだったため、客として席に座らせた。

「アッシュ先輩! ここでバイトしているんですか?」

 接客に隙ができるとすぐさまナインは話しかけてきた。アッシュは面倒でたまらなかった。他の客の目もある、変に立ち止まりたくなくて、知らないふりをして厨房に引っ込んむ。幸い店長に事情を話してナインが帰るまでのしばらく、裏での仕事にしてもらえた。しかし、昼の営業が終わる時間になってもナインは席に居座っている。
 普段なら閉める準備をし始める店長が困った顔でアッシュに言ってきた。

「アッシュくん、あの子まだいるよ? そろそろ夜の準備をしたいし、少し話してきたら?」

 夜はバーとして営業するため、昼は15時まで。バーテンダー見習いとして夜の接客をする事もあるが、残念ながらアッシュの今日のシフトは昼の終わりまでだった。




「帰らないのか?」

 ナインは軽食と、コーヒーを3杯頼んでいた。最後に頼んだアイスコーヒーをちびちび飲んでいるナインにアッシュは話しかけた。

「先輩!」

 何がそう嬉しいのか。ナインの持っているアイスコーヒーのグラスは、結露して机の上までびちゃびちゃだった。

「もう昼の営業は終わりだ。俺は上がるから、お前も外に出てろ」
「そうだったんですね、すみませんでした。あの、待っていてもいいですか?」
「最初からそのつもりだったんだろ?」

 そういってアッシュは帰り支度をしに更衣室に戻った。ナインは残りのコーヒーを一気に飲み干し、そそくさと荷物をまとめている。勝手に帰っていてくれてもいいのだが、あの調子だと期待できない。




「お疲れ様です」
「ああ」

 アッシュは自分から何かを話すつもりはなかった。話す事もない。なぜナインがアッシュと話したいのか全く分からない。サークルも学年も違うし、何より同じ世界に生きているとは思えないほど中身が違う。あの雨の日にてらいなく会話できたことが不思議だ。

「たまたま入ったカフェに先輩がいて、無性に話したくなったんです。迷惑だったらすみませんでした」
「そうだな」
「大学から離れたところで働いてるんですね。先輩がカフェで働いているなんて以外でした」
「そうか? 知り合いに会いたくなくてここにしたんだけど、無駄だったみたいだ」

 アッシュはぶっきらぼうに返した。さっきカフェの前で待っていたナインの姿は、粋に染めた髪色と整った顔立ち、シンプルな夏服にキャンバス地のトートバッグを持ったいかにも大学生という出で立ちで、アッシュには眩しく感じられた。アッシュはそれなりにファッションも好きだが、もっぱらモードっぽい服ばかりで年中真っ黒だからかもしれない。

「俺は先輩に会えてよかったです。普段は話す機会もないですから」

 アッシュの嫌味もナインは気付いているのか、いないのか。
 聞けば、フットボールサークルで使うスポーツ用品を買いに来ていたようだった。昼も過ぎて小腹が空いたから入ったのが、アッシュの働く店だったらしい。確かにこの辺りはファッションビルやスポーツショップと通りを挟んでいる。

「前に話した時、軽音でギターしてるって言ってましたよね?」
「ああ」
「俺も聞きにいけたりしないですか?」
「え?」

 まじまじとナインの顔を見た。

「友達に軽音の子はいなくて。大学のバンドってどんな感じなのか気になっているんです」

 ナインの印象深い瞳がきらりと光ったような気がした。もちろんアッシュがそう思っただけで、実際にはそんなことはなかったが。そういえば前もこんな瞳で見つめられた気がする。あの雨の日に隣に座った時。

「ライブとかするなら行ってみたいです」

 ナインが今日バイト先にきたことは嬉しくなかった。他の客やスタッフの前で知り合いと話すのは居心地が悪い。サークルメンバーの前で話すのも嫌だ。でも、この青年が己のライブに来て目を輝かせているところは見てみたいと思った。ライブを観た後、どんなことを話すのだろうか。

「9月にある文化祭、ステージでライブすることになってる」
「え、アッシュ先輩もでるんですか! 見に行きます!」

 ライブをみるだけという話だったのに、いつの間にかライブの後に会うことになっている。アッシュも悪い気はしなかった。バイトが終わる時にあった嫌な気持ちは、ナインと話している間にどこかに消えた。
 何だか妙なことになったな、とアッシュは思った。
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