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忘れ物を思い出した。
「あ、ライターない」
家に帰ってきてから気づいた。きっとさっきまでいた実家にでも置き忘れてきたのだろう。もう現時刻は23:00、今から実家にとりに戻るには片道二時間かかる上に気力ももうない。
「…あきらめるか」
──────────────────────────
私は家族が苦手だった。昭和気質な父と母、愛嬌たっぷりの一つ下の妹、それから私。なんてことはない一般家庭で特に不自由もなく育った。それでもなんだか自分にとって家族といる空間は息が詰まって。だが、両親ともに愛情は注いでもらっていると感じることができた。あからさまに冷たくされたことだってなかった。しかし「隣の芝生は青い」なんてよく言うがまさにそれが私から見た妹だった。妬ましかったのだ。両親によく似て愛嬌のある妹と、馬鹿真面目だけが取り柄の私とでは天と地ほどの差があった。
もう今では言うことも無くなったが、小さい頃は何度も「妹のほうが甘やかされてる!ずるい!」と泣きついていた。そのたびに母親には「別に贔屓してるつもりは…ただお姉ちゃんと妹じゃ性格が違うでしょ?だから叱り方だって変わるし、甘やかし方も変わっちゃうのはしょうがないじゃない」
お姉ちゃんは真面目でちゃんと言うこときくお利口さんだからね、と諭されてきた。
もう何度聞かされたかわからないその決まり文句は私が「お利口」だとか「真面目」なんて言葉が苦手になる最大の要因だったと思う。それにきっとそれだけが理由でないことは幼心にも感じていたから。たとえば妹には難しいからと私にだけ回ってきた家事は高校生になっても妹に振り分けられることはなかった。妹はストレートに「かわいい」とほめられるのに対し、私の容姿には必ずいじりを挟むことだとか。次第に両親に妹と同等の扱いを期待することはなくなっていった。
それでも愛されたいと思ってしまう心はどうしようもなくて、高校に入ったあたりで眠れなくなった。劣等感と焦燥感に駆られ、歳を重ねるごとに生きづらさが増していった。家族じゃなくてもいい。誰か一人だけでいいから自分だけを見てくれる、愛情を注いでくれる人が欲しかった。
深夜にみじめさに呑まれ息を殺して泣いたことももう数え切れなくなってきた頃にたばこを吸うことを覚えた。重い煙が肺に入っていく感覚だけが夜泣きにも等しい発作をなだめてくれた。5%のチューハイのつまみにタバコ片手に深夜、街を徘徊したり。非日常感とアルコールによる酩酊が劣等感を丸めこみ、頭をとろかしてゆく感覚に1秒でも長く浸っていたくて仕方がなかった。
今だって襲い来る劣等感と焦燥感が怖くてどうしようもなくて、でもライターは忘れてきてしまったのでタバコを吸うこともできないのだ。強制的に思考回路をシャットダウンしようと、長く患っている不眠症のために処方された睡眠導入剤を規定量よりすこし多めに口に放り込み、まだ冷蔵庫にも入れられていない新品のぬるい水で流し込んだ。のろのろとベッドに上がり枕元に置いてあるリモコンに手を伸ばせば、一瞬で部屋が闇に染まる。眠れるとも思わないが目を閉じため息をついた。
「おやすみなさい」
──────────────────────────
あんなに息が詰まって仕方がなかった実家を離れられたのは一人暮らしをする決心を付けたからだ。もう妹のことを意識する必要はないし、期待することもなくなるはず。確実に精神安定上今までよりもいい場所になるはずだ。なのに、ふと自分が出て行った後の実家では変わらず今まで通りの生活が続いているのか、と考えてしまい自分の存在意義を見失いそうになる。
沈みかけた思考をストップし、この段ボールの山をどうにかしないといけないな、と荷ほどきにかかる。なるべく荷物は減らしてきたつもりでも、もう二度と家に帰らなくて済むようにした荷造りはどうしたって増えてしまって。でもこうやってきれいに詰めてしまえばなんだかちっぽけでままごとじみて見えてくる。
夕方に差し掛かり、ある程度荷ほどきがすんだあたりで収納が欲しくなって近くの100均へと足を運んだ。
徒歩15分かけてたどり着いた100均には、雑貨から収納、台所用品など多岐にわたる商品が所狭しと並べられていた。店内をうろつき、目当ての収納も見つけレジに並ぼうとしたところでふと目がレジ横の棚に移った。そこに並んだライターを眺め、取りに戻るべきかと迷うほどに固執していたライターの替えを探し始めた。なるべく持っていたライターにデザインが似ているもので、でも安くてまたどこかに忘れてきてもいいようなものを。前持っていたものは特別いいものだったわけじゃない。ただ父親からもらったというだけが付加価値になっていた安いライターだった。
結局私は黒色に透けたチープな使い捨てライターをカゴに放り込んだ。
──────────────────────────
家に帰れば母から連絡が届いていたことに気が付いた。
「あんた、ライター忘れていってない?」
「ああ、もういいよ。捨てといて」
ベランダに出て、買ったばかりのライターでタバコを吸う。くゆる紫煙が空に昇っていった。
「あ、ライターない」
家に帰ってきてから気づいた。きっとさっきまでいた実家にでも置き忘れてきたのだろう。もう現時刻は23:00、今から実家にとりに戻るには片道二時間かかる上に気力ももうない。
「…あきらめるか」
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私は家族が苦手だった。昭和気質な父と母、愛嬌たっぷりの一つ下の妹、それから私。なんてことはない一般家庭で特に不自由もなく育った。それでもなんだか自分にとって家族といる空間は息が詰まって。だが、両親ともに愛情は注いでもらっていると感じることができた。あからさまに冷たくされたことだってなかった。しかし「隣の芝生は青い」なんてよく言うがまさにそれが私から見た妹だった。妬ましかったのだ。両親によく似て愛嬌のある妹と、馬鹿真面目だけが取り柄の私とでは天と地ほどの差があった。
もう今では言うことも無くなったが、小さい頃は何度も「妹のほうが甘やかされてる!ずるい!」と泣きついていた。そのたびに母親には「別に贔屓してるつもりは…ただお姉ちゃんと妹じゃ性格が違うでしょ?だから叱り方だって変わるし、甘やかし方も変わっちゃうのはしょうがないじゃない」
お姉ちゃんは真面目でちゃんと言うこときくお利口さんだからね、と諭されてきた。
もう何度聞かされたかわからないその決まり文句は私が「お利口」だとか「真面目」なんて言葉が苦手になる最大の要因だったと思う。それにきっとそれだけが理由でないことは幼心にも感じていたから。たとえば妹には難しいからと私にだけ回ってきた家事は高校生になっても妹に振り分けられることはなかった。妹はストレートに「かわいい」とほめられるのに対し、私の容姿には必ずいじりを挟むことだとか。次第に両親に妹と同等の扱いを期待することはなくなっていった。
それでも愛されたいと思ってしまう心はどうしようもなくて、高校に入ったあたりで眠れなくなった。劣等感と焦燥感に駆られ、歳を重ねるごとに生きづらさが増していった。家族じゃなくてもいい。誰か一人だけでいいから自分だけを見てくれる、愛情を注いでくれる人が欲しかった。
深夜にみじめさに呑まれ息を殺して泣いたことももう数え切れなくなってきた頃にたばこを吸うことを覚えた。重い煙が肺に入っていく感覚だけが夜泣きにも等しい発作をなだめてくれた。5%のチューハイのつまみにタバコ片手に深夜、街を徘徊したり。非日常感とアルコールによる酩酊が劣等感を丸めこみ、頭をとろかしてゆく感覚に1秒でも長く浸っていたくて仕方がなかった。
今だって襲い来る劣等感と焦燥感が怖くてどうしようもなくて、でもライターは忘れてきてしまったのでタバコを吸うこともできないのだ。強制的に思考回路をシャットダウンしようと、長く患っている不眠症のために処方された睡眠導入剤を規定量よりすこし多めに口に放り込み、まだ冷蔵庫にも入れられていない新品のぬるい水で流し込んだ。のろのろとベッドに上がり枕元に置いてあるリモコンに手を伸ばせば、一瞬で部屋が闇に染まる。眠れるとも思わないが目を閉じため息をついた。
「おやすみなさい」
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あんなに息が詰まって仕方がなかった実家を離れられたのは一人暮らしをする決心を付けたからだ。もう妹のことを意識する必要はないし、期待することもなくなるはず。確実に精神安定上今までよりもいい場所になるはずだ。なのに、ふと自分が出て行った後の実家では変わらず今まで通りの生活が続いているのか、と考えてしまい自分の存在意義を見失いそうになる。
沈みかけた思考をストップし、この段ボールの山をどうにかしないといけないな、と荷ほどきにかかる。なるべく荷物は減らしてきたつもりでも、もう二度と家に帰らなくて済むようにした荷造りはどうしたって増えてしまって。でもこうやってきれいに詰めてしまえばなんだかちっぽけでままごとじみて見えてくる。
夕方に差し掛かり、ある程度荷ほどきがすんだあたりで収納が欲しくなって近くの100均へと足を運んだ。
徒歩15分かけてたどり着いた100均には、雑貨から収納、台所用品など多岐にわたる商品が所狭しと並べられていた。店内をうろつき、目当ての収納も見つけレジに並ぼうとしたところでふと目がレジ横の棚に移った。そこに並んだライターを眺め、取りに戻るべきかと迷うほどに固執していたライターの替えを探し始めた。なるべく持っていたライターにデザインが似ているもので、でも安くてまたどこかに忘れてきてもいいようなものを。前持っていたものは特別いいものだったわけじゃない。ただ父親からもらったというだけが付加価値になっていた安いライターだった。
結局私は黒色に透けたチープな使い捨てライターをカゴに放り込んだ。
──────────────────────────
家に帰れば母から連絡が届いていたことに気が付いた。
「あんた、ライター忘れていってない?」
「ああ、もういいよ。捨てといて」
ベランダに出て、買ったばかりのライターでタバコを吸う。くゆる紫煙が空に昇っていった。
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