閉鎖病棟より、愛をこめて。

雨季日向

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入院一ヶ月目

⒋ 易刺激性との闘い

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 入院して2週間ほどが経ったある日、看護師が両手にお花を抱えて病室にやって来た。
「お友達からお見舞いが届いたんだけど……」

 お花の他にも、イラストが趣味の私のためにぬり絵や色鉛筆、お手紙などたくさん贈ってくれたようで、その一つ一つに自分の趣向を汲み取ってくれたことが垣間見られて愛を感じた。

「ただね、雨季さん、」
 私の担当看護師がとても申し訳なさそうな顔で言い淀んでいた。
「病院では生花の受け取りができなくて……」

 私も知らなかったのだが、最近では衛生面から病院は生花の受け取りができなくなっているらしい。
 残念だが、親に引き取りに来てもらうことにして、自宅での写真撮影と水やりを徹底的にしていただくよう念押しした。

 もう1つの問題はちゃんと私にも分かっていた。
「筆記具ですよね……」
「そうなの……まだ雨季さんは筆記用具の自己管理が許可されていないから、ステーションで預かりになっちゃうんだ、本当にごめんね」

 自己管理をさせてはいけないと思われるような行為をした自分に責任があるのだから、何も文句は言えない。
 寧ろ、大切な友人に貰ったものに対して、宜しくない使い方をしてしまう危険があるうちは看護師さんたちに預かってもらえる方が嬉しかった。

「でも塗り絵は本類だから渡せるよ! あとお手紙も!」
 お手紙はもちろん嬉しかった。ぬり絵も嬉しい。
 でも塗れないぬり絵をどうしろと言うんだ、とちょっと思ってしまった。
 
 看護師が病室を出てから手紙を読み、ぬり絵を開いて「どんな風に塗ろうかなあグヘヘ」と妄想したもののその虚しさに気づいてしまっておもむろに閉じ、結局テーブルの上に飾ることにした。
 また、幸いにも『作業療法』といって、それこそぬり絵や折り紙などの作業をして気分転換や趣味の時間を過ごす治療があったので、毎日いただいたぬり絵を持参して『マイぬり絵女』として楽しむことができた。
 筆記用具の自己管理が許可されてからは、あの色鉛筆を使って。


 この頃になると、毎日ホールに本を読みにくる私の顔は “入院の先輩方” にも覚えられていて、挨拶したり話しかけたりしてくれる患者さんが増えてきた。
 ちょうど同時期に同世代の女性患者が多く入院していて、よく4~5人で固まって『女子トーク』をしていた。

 その中で、病棟で過ごす上でどうしても解決したい急務の課題を発見した。
 看護師の顔と名前が一致しない。

 彼らは常にマスクを着用しているため、余計に覚えづらいのだ。
 それに、日によってメガネだったりコンタクトだったりと非常に紛らわしいやつもいる。
 そこで、彼女たちと遊び半分で看護師にあだ名を付けまくった。
 どんな風にあだ名を付けていたのかは、別の話に載せる。
 我ながら愛のこもった実に素晴らしいネーミングセンスだったと思う。



 この時期の私の病状としては、『易刺激性《いしげきせい》』という、精神障害で併発することが多く些細な刺激に対して過敏になる症状に悩まされるようになっていた。

 元々苦手だった大きな音への恐怖感に拍車がかかり、感受性の高さから周りのマイナスな感情(怒り、気分の落ち込み、悲しみ、助けを求めている、など)を敏感に感じ取るため、怒鳴り声や泣き喚く声が天敵になり、酷い時には働いていた辛い時期のことがフラッシュバックして泣き出し動けなくなることもあった。

 ある夜、ホールで仲のいい女子3人で話していると、急に患者の中年女性にブチギレられた。
「あなたたちこの病院の対応に満足してる!?」
 3人の中で最年長だった私は正義感から対応役に進み出て、
「はい、してますよ?」
と無難に治ってくれと願いながら答えた。すると、
「産まれてくる自分の子供にも目を合わせてそう言えるの!?」

 まるで意味が分からなかった。
 こちとら彼ピもおりませんけど。

 その女性は説教のように怒鳴り続け、「責任者呼びなさいよ!」と言ってきたのをこれ幸いと私が看護師に助けを求めに行った。
 看護師に宥められて尚も叫び続けており、よくよく聞いてみると
「この子たちがかわいそうだよ!」
と、我々は怒られているのかと思いきや、憐れまれていたらしい。
 謎すぎる濡れ衣事件だった。

 とりあえず各々の病室に戻ることにして、私は個室に戻って独り泣いた。
 ほかの2人を守らなければという思いで必死に耐えていたが、ヒステリックな声を聞いているだけで限界だったのだ。
 その女性は翌朝も何やら叫んでいて、さすがに昨晩のような気力もなく病室にこもることにした。

 この易刺激性とは退院するまで闘っていた。
 というか今でも、突然の大きな音や周りのイライラ、怒鳴り声にはかなりの苦手意識があり、いつフラッシュバックしたり動けなくなったりするか分からない綱渡りのような感覚で過ごしている。
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